6話 ~スパイ疑惑~

 フェゼント国第十一番隊野営地。


 その一番大きなテントの中で、私はひっそりと身を縮こまらせていた。


「なるほど? じゃああなたは、どうしてここにいるのかも、自分がどこの誰だかもわからないってことね?」


「は、ハイ……おっしゃるとおりです」


(ひえー、気まずい)


 オレンジ色のテントの中だった。

 私と、隊長と呼ばれた人と、青い髪の少年兵の三人きり。


 テーブルとイスが二脚、そしてベッドが一つ、荷物が入ってるらしい木箱がいくつも中にはおかれている。

 そんな中、お互いになんともいえない微妙な表情で、私たちは向き合っていた。


(うーん、気まずさマックス……)


 毛布で軽く体を覆い隠しつつ、ここまで移動してきた。


 幸い、肌を覆う程度では、爆発はしないようだったけど、毛布をずりずり引きずりながらついてくる私は、さぞかし不審人物感まんさいだったことだろう。


 実際、集落にちらほらと立っていた兵士らしき人たちが、私のことを見てぎょっとしていたし。


(というか、いつからこの人たち集落にいたんだろう? 私が入った後なのかな?)


「記憶喪失、ね……覚えてることは、なにもないの?」

「えぇと……ハイ。一般常識的なものも……なにもかも、忘れてしまったようで」

「なるほど……言葉が話せるだけマシ、と言うべきかしらね」


 ふぅ、とため息をつくのは、さっき最後に家にやってきた人物だ。


 手入れの行き届いた美しい金髪を高い位置で結い上げ、印象的な赤い瞳の下まぶたには、紅が差されている。


 整った表情が憂いを帯びて、まるで絵画に描かれているかのようにキレイだった。


 長いスラックスの間からわずかにのぞく足首にも、鎖のようなアンクレットが巻かれている。もしかして、この世界でのオシャレなのかもしれない。


 一言でいうと、すっごい美人だ。

 っていっても、女性と見間違えるようななよなよしさはないし、身に着けている鎧も、さっきの少年兵の子たちと違って格が高そうだ。


 私が縮こまっていると、その人はややあきれたような表情で、ふぅ、と小さく息をついた。


「まぁいいわ。とりあえず、服を着なさいな。……ブラウ、予備の対服があったでしょう? 持ってきて頂戴」

「は、はい!」


 青髪の少年があわててテントから出ていき、残されたのは私と、この一見女性にも見えるほどの美麗な男性の二人きりだ。


(これってもしや……子どもを一時退避させて、尋問オア拷問、ってパターンでは……??

 だって、明らかに私不審人物だし……隊長、って呼ばれてるからには、きっと頭も回るだろうし……)


 テント内にただよう、なんともいえない沈黙。

 嵐の前の静けさを思わせる空気に、私はなにも言えずに口をムグムグさせることしかできない。


 今か今かと詰問されるのを待っていると、彼は不意に、目の前のテーブルにスッと着席し、頬杖をついた。


「ね、ホント?」

「……は、はい?」


 来たか、質問。


 私がすっとぼけたリアクションで首をかしげると、男性は切れ長の目をジッとこちらへ向けて、さらに問いを重ねてきた。


「記憶喪失なんて、実はまっ赤なウソで……ほんとは、違う国のスパイじゃないでしょうね?」


 小さな唇が、容赦なく疑りをかけてくる。


(惜しい! 記憶喪失がウソなのは本当!

 でも、スパイなんてハイレベルなものじゃない!!)


 内心大いに動揺しつつ、こっそりと深呼吸する。


 さすが、隊長と呼ばれる立場の相手だ。こんないかにも怪しい人間をすぐに信用するはずもない。


 それに、もし自分が逆の立場だったら『記憶喪失の上、服もありません。助けてください!』なんて危険人物、同じテント内にすら入れないかもしれない。


 こうして対面で事情聴取してくれる分むしろ温情かも、と思いつつ、フルフルと首を横に振った。


「私はスパイじゃありません。……といっても、その疑いを晴らす手段は……ない、ですけど」


 一度疑われてしまえば、この世界の常識がわからない私にとっては、どうすることもできない。

 武器なんて持ってない! ってことは全裸の時点でわかるだろうし。


(あ、でも、この世界って魔法もあるのかな? だとしたら、全裸は魔法が使えない証明にはならないのかも)


「あ、あの……服だけ頂ければ、皆さまの邪魔にならない場所へでも、その、どこへなりとも行きますから……」


 正直、ひとりで生きていけるかなんてわからない。

 でも、このままスパイと判断されて処刑、なんてことになったら元も子もないし。


(なんとか、見逃してもらえないかなぁ)


 その願いをこめて、目の前の男性をすがるように見つめた。


「へぇ、どこへなりとも?」

「は、はい」

「じゃ、うちの隊についてきて頂戴」

「え……」


 終わった。ダメだった。

 絶望的な気持ちで天を仰ぐと、目の前からはさわやかな笑い声が聞こえてきた。


「ふふっ、こういう部隊って華がないでしょう? 女性がいてくれたら士気も上がるわ。あなたも、こんな場所に放り出されたって困っちゃうわよね」

「え、あ、え??」


 カラッと百八十度変わった、優しい対応だ。


(あれ、どういうこと??)


 思わず目を白黒させると、男性はニコッと微笑んだ。


「スパイがハダカで潜入する、なんて聞いたこともないわ。そもそも、フェゼント国は他国との関係も良好だしね。……同情を得ようとする手段としても珍妙だし、ちょっとカマをかけてみただけよ」


(試されたのか、見定められた――のかな?)


 今まで触れてきたゲームやマンガのいわゆるオネエキャラクターたちは『実はうす暗い過去持ちで根はめっちゃマジメ』みたいなパターンが多かった。


(この人も、もしかしたらそういう感じなのかな)


 ニコニコとおだやかな笑顔に、偽りは見えなかった。


「隊長!! 隊服をお持ちしました」

「あら、早かったわね。ありがとう」


 ブラウと呼ばれていた青髪の少年が、両手で服をかかえて戻ってきた。

 毛布で体を軽く覆いつつ、子どもが隊長へと服を渡すのを見守ったものの、じわじわと不安がわいてくる。


 あの爆発……また起きちゃったら、どうしよう、と。


 もし、服を着るという行為自体がトリガーだったとしたら、正直、また爆発するかもしれない。

 その時、いったいどう言い訳すればいいんだろう。


「はい、お待ちかねの服よ。ちょっとサイズが大きいとは思うけど」

「はい……ありがとうございます……」


 隊長が差し出した隊服を目の前に、ちょっと悩む。


 毛布も、軽く巻くくらいなら、爆発しないままだったし、全部が全部、吹き飛ぶわけじゃないかもしれない。


 でも、このまま受け取らないと明らかにおかしい。


 期待半分、恐怖半分の心境で、おそるおそる隊服を受け取って、指先だけでちょん、と持った。


「そんなおっかなびっくり持たなくても。大丈夫よ、ちゃんとした隊服だから」

「あ、あはは……いえ、すみません。なんというか、恐れ多くて……」


 着たら爆発するかもしれないから、ちょっと怖いんです。


 とは言えず、あいまいに笑みでごまかしつつ、隊服のボタンをそっと外す。

 私の体より一回りくらい大きいそれを広げて、ちょっとだけ間を置き、大きく深呼吸した。


 よし。大丈夫。そう何度も、服が爆発なんてするわけがないし!


 意を決して、ぐい、と腕を通す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る