3話 ~絶対絶命~

「わあ……朝を迎えてしまった」


 ほら穴に差し込む太陽の光に、絶望のため息がこぼれた。

 さしこんでくる光は色鮮やかで、ひと晩経って現実世界に戻る――ということはなかったらしい。


 昨日、アレから森の中をさまよい歩き、ようやく岩壁にあるほら穴を見つけて体を休めたのが遠い昔のように思える。


 というのも、朝にかけての時間、私は眠ることができなかったのだ。


 目を閉じても、横になってもダメで、ボーっと長い夜をただ過ごすだけ。

 眠気もないし、食欲もない。喉も乾かなければ、排泄欲もない。


 やっぱり、これ、夢なんじゃ?? という思いはより強くなったものの、ためしに頬をセルフビンタしても目が覚めないし、ひたすらゴロゴロして夜を明かしたのだった。


 そうして睡眠はとれなかったものの、不思議と疲れはないし、徹夜したとき独特のあの妙な高揚感もない。

 本当にわけがわからないなぁ、と独り言をつぶやきつつ、のっそりとほら穴から這い出した。


「うーん……で、どうしよう」


 見上げた空は快晴。雲もなく、雨が降る様子もない。

 さんさんと降り注ぐ光を肌に浴びながら、今後の行動を考える。


 武器なし、食料なし、服もなし。

 一番いいのは、裸の女が突然現れても追い払わない、寛容な村があることだ。


(……あるか? そんな村)


 脳内で即座に打ち消しが入ったものの、気を取り直して建設的な方へ考えを向けた。


 そうだ、村。もしここがファンタジー世界なのであれば、某竜探索RPGのように、一定の間隔で町や村があるはずだ。


「そもそも、この森から出られるのかなぁ……」


 遭難のち野垂れ死に、が一番ありえそうというのが恐ろしい。


(そうならないためにも、一刻も早くどこか村を見つけないと――!)


 よっこいせ、と小さく掛け声を上げつつ、今日は森の中を駆けずり回ることが決まった。







「……よ、ようやく……!!!」


 森の出口付近である。


 ほら穴から離れてまず思ったのは、道に迷ったら生死に関わる、ということだ。

 こういうときにはド定番、ヘンゼルとグレーテルの逸話を参考にして、木の枝や小石で道しるべを作りつつ、ウロウロとあちこちを歩き回った。


 さんざん警戒していたものの、獣や魔物らしき影はほとんどなかった。

 ただ、何回か、遠くに怪しい影を見つけたこともあったものの、そっと息をひそめて距離をとったおかげか、戦いになるということもなかった。


 そうして、疲れない体は便利だなぁ、なんて思いつつ散策しておおよそ半日もしたころ、ようやく道が開けたのだった。


「こっちが、森の出口……??」


 森の出口、というか木々が切れた場所は、傾斜ができて丘のようになっていた。

 木の間からこっそりと地表を見下ろすと、兵士たちに追われたのとは違う方に出たのか、見覚えのない地平線が広がっていた。


 見渡す限り平野が広がる光景の中で、ひとつ。すぐ森のそばに、人里らしき集落が見えた。


「……うーん……」


 人里。いかにも村です、と言わんばかりの小さな民家の集合体だ。

 農業で生計を立てているらしく、あちこちに畑も見える。ただし、今は時期でないのか、野菜の苗は見当たらない。


 せっかくの村だ。ぜひ、助けを乞いにいきたいところだ。


 でも、でも、だ。

 この恰好――すっぱだかで飛び込んでいった場合、思わしくない事態に陥る可能性が高い。


 最初のときのように変質者として叩き出されるとか、下手すると捕まえられる可能性だってある。

 それに、さらに悪い方でいえば、いわゆるエロ同人展開だってありうるのだ。


「うぐぅ……」


 かといって、じゃあ、他に選択肢があるのか、と言われると、なかった。


(うーん、どうしよう。一か八かで飛び込むか、それとも他の方法を考えるか)


「行きたくない……が、行かないわけにも、いかない……」


 正直なところ、このまま森で引きこもっていたい。


 恥をさらすなら、平穏に過ごしていたい。


 でも、このままじゃいけない、っていうのもわかっている。


(よし。あの村へ行って、盗賊にみぐるみをはがされたとでも言って助けを乞おう)


 震える唇をキュッとかみしめて、そう、覚悟を決めたときだった。


「グルルルル……」


「……えっ」


 背後から、低くとどろく、恐ろしい獣のうめき声が聞こえてきたのは。







「う、ウソでしょぉおおおぉぉぉ!!」


 渾身の叫び声を上げながら、全速力で丘を駆け降りる。


 後ろから襲い来るのは、超巨大な獣だった。

 見た目的には、オオカミを五倍くらい大きくして、色合いを緑っぽくした怪物だ。


 わかりやすく言うと、某獣の姫にでてくる山犬の2Pカラー(想像)みたいな感じだった。


「グルルルゥ、ウガアッ」

「しっ……し、死ぬ死ぬ、死ぬッ!!」


 私の身長ほどあるキバが、ギラギラと唾液に濡れて光っている。

 大地を掻くツメも、するどく研ぎ澄まされていて、今にもつかみかかってこんばかりだ。


 犬は好きだし、大型犬は実家でも飼っていたけど、こんな異世界のバケモノは、さすがにどうにもならない!!


「ぅううっ……む、村まで、もう少し……っ!!」


 急坂によって加速した勢いそのままに駆け降りていくと、あっという間に集落が目の前に迫ってくる。


 もう少し――あと、ちょっと!!


「たっ……た、助けてください!!!」


 華麗なスライディングで村の中に滑り込み、砂けむりを上げつつ集落の中へ飛び込んだ。


 しかし、だ。


「うっ……ウソだぁ……は、廃村……!?」


 目に入った光景に、パカンとあごが落ちた。


 あっちこっちに建つ家は、どれも屋根がはがれたり、壁にツタが這いまわっていて、人の住んでいる気配がない。

 キョロキョロと大急ぎで周囲を見回しても、人っこ一人、見当たらなかった。


 ――そんな!! せっかく、せっかくここまで来たのに!!


「……グルルルル」

「うっ……う、わ」


 すぐ真後ろから聞こえた低いうなり声に、ボキャブラリーのかけらもないみっともない悲鳴がこぼれた。


 おそるおそる振り返った視線の先で、オオカミの怪物は、口をニンマリを大きくゆがめた。

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