2話 ~割れる川、爆発する魚~

「……む、ムリムリ! ド素人が即席で服つくろうとか、ムリだわ!!」


 どうにかしようと動き始めて、たぶん二時間ほど過ぎた頃。

 私は両手を顔に当てて、うぐぐ、とうめいてギブアップした。


 本当なら、大の字で地面に転がりたい気分だったが、森の中で虫とか土とかを考えるとできなかった。

 だって裸の背中に虫が這ったらって思ったらおぞましいし。


「……昔の人って、どうやって服を作ったんだろ……」


 はあー、とため息をつきつつ、目の前の悪戦苦闘の結果を見下ろした。

 そこには、植物のツルや枯れた葉っぱが大小いくつもおかれているものの、服っぽい形状になったものはない。


 私には、どうやらクラフトの才能は皆無だったらしい。

 不器用ここに極まれり、というしかなかった。


 服に使えそうな大きい葉っぱは、それなりの数見つけた。

 だいたい、人のてのひらサイズのものならあっちこっちにあったから。


 でも、それをうまく繋げるための、ヒモになるものがなかったのだ。

 植物のツタやツルで代用しようとしたものの、長さが足りない上、強度もなくて、途中でプツンと切れてしまう。


 きっと、それでも器用な人は、こう、ツタをいくつも重ねたり、葉っぱをうまく使ってどうこうするんだろうけど、私にはサッパリだった。


「ああー……やっぱり獣の皮とか使わないとダメ? でも、素手でハンティングはさすがに……」


 森の中を服の材料を集めに駆け回っていたとき、まだ明るい時間のせいか、動物らしき姿も、最初に戦場で見たような魔物も見かけなかった。


 ただ、問題は。それらを見つけたとしても、だ。


「皮……剥げないよなぁ……」


 そもそも、獣のすばやい脚力にとても勝てるとは思えない。

 当然ながら、魔物を倒せるという保証もない。


 それに、偶然ゲットできたとしても、心を無にして、動物の皮を剥げる? という問題があった。

 しかも、服の為、というだけで?


(……無理だ。絶対に無理)


「……食べ物もないし……」


 正直、おなかは減っていないものの、今後のことを考えて食事はとっておきたいところだった。


 これから、しばらく森の中で過ごさないといけないかもしれないし。

 それに、サバイバルゲームやドラマでも、食べ物の確保は第一優先事項だし。


 果物や木の実とか、手軽に食べられるものがないかなぁ、とキョロキョロと周囲を見回した。


「まー、そうそう都合よくあるわけない……あっ」


 あった。


 しかも、さも食べてください、と言わんばかりに、真横に。


(なんで今まで気づかなかったんだろう……こんな、大量に実ってる果物っぽいなにかに)


 ぽかん、と大口を上げて見上げた先には、リンゴにそっくりな丸くてピンク色の果実がなっていた。


(なんでピンク? 異世界だから?)


 内心首を傾げつつも、私はがぜん元気になって、パシン、と木の前で両手を合わせた。


「こういうときにド定番のリンゴさん! ……ありがたくいただきます」


 ぺこり、と木に一礼をして、プチッとその実をむしり――むし、れなかった。


「……はえ?」


 ボフンッ


 ボタボタボタッ、と手のひらに果汁がしたたり、大地に吸い込まれていく。

 ボロボロに砕けた果実のかけらが、さみしく手のひらの上に残った。


 そう、リンゴ(仮)は、私が触れた瞬間、無残に爆発四散してしまったのだ。


(え……爆弾きのみ? でも、私にケガはないし……)


 きのみに触れた手のひらはまったく無事だし、爆散したのはもぎ取ったモノだけで、木自体はなんてことない。


「え……えぇ……??」


 なにかの間違いかな、と思って、二つ目、三つ目をとってみても、結果はおんなじだった。


 ボフンッ、ポフッ


 中身はすべて爆発して、すべて粉みじん。食べられる部分はなかった。


「初心者トラップ的なあれ? ダメージはないけど……いや、メンタルにはそれなりにくるけど……!」


 半泣きになりつつ、リンゴもどきの残骸を仕方なく土の上に撒いてならしていると、ピーヒョロロ、とトンビに似た鳴き声が聞こえた。


「あ、トンビまでいるんだこの世界……って、いうか」


 空を見上げて、ハッとする。

 すっかり、日が暮れ始めていた。


 太陽は、遠くに見える山の間に沈み始め、藍色のグラデーションがだんだんと色を濃くし始めている。


 これは、マズい。とってもマズい事態じゃないだろうか。


「ね、寝るところがない……明かりすらないし……!!」


 夢の中なら、寝床って必要なくない? とは考えたものの、

 いや、だとしても、夜をやり過ごせる場所は必要だし……! と自分を納得させる。


 この世界はどうやら魔物が出るファンタジー世界のようだし、たいがいあの手の輩は夜行性だ。


「ど、どこか、休めるところ……あと、火とかも必要だよね……」


 火を起こす手段もないし、明かりに代わるモノなんて持っていない。装備が皆無の状態で夜を過ごすなんて、どう考えても無謀だ。


 でも、人里がどこにあるかもわからない。その上、さっきの兵士たちがまだ私を探している可能性もある。


(はー、万事休す……)


 隠れる場所を探すついでに、どこかに移動しないと。

 同じ場所にずっといると、その分危険が増す気がする。


「あれ……泉?」


 歩いていると、急に目の前がパッと開けて、岩がゴロゴロと転がっている中に小さな池が現れた。

 どうやら、森の奥がなだらかな傾斜になっているようで、小さな水流が流れてちょうどここに溜まっているようだった。


 大きさとしては、人間が三人で両手を広げたくらい。

 水は青く澄んでいて、魚の影も見えた。


「よごれ……落としておこうかな」


 しつこいようだけど、裸なのだ。

 今のところ、特にケガもないし、足の裏もキレイだけれど、気分的には気になる。


「あ……そういえば、寒さ暑さ、感じないなあ」


 水辺に近づこうとして、ハッとした。

 全裸なのに、肌に温度を感じない。


(うーん、今は夏でも冬でもないのかな? いや、でも……なんていうか、変、なんだよなぁ)


 風が吹いているのは感じるし、日差しのほんのりとした温かさもわかる。

 でも、すごく暑いだとか、寒いだとかっていう、不快感はない。


 やっぱり夢だから? と自問自答しつつ、肩をすくめた。


「まぁいいや。お風呂代わり、ってことで」


 と、右足を池に向かって踏み出した、その瞬間だった。


 ザッバアァァァア


 足の先から、池がものの見事にまっ二つに裂けた。


「わあ……すごい」


 もう、わけがわからなすぎて、リアクションすら薄くなった。


(水が割れるって、何? 有名な映画のアレ?)


 私は混乱しつつ、目の前の半分になった池を見下ろした。

 呆然と、茶色い池の底を見やって、あ、と口が開く。


「お、魚」


 水から飛び出してしまったであろう、跳ねる魚が数匹。

 銀色の体に、うっすらと紫色の筋がいくつも入っている。魚の種類には詳しくないけれど、アユとかイワナに似ている気がした。


(このままじゃかわいそうだし、水の中に戻してあげよう)


 私はそんな親切心を出して、池の真ん中、水がない土に降りた。


「ハイハイ、すぐに水に戻してあげるからね」


 ピチピチと元気よく跳ねる魚の尾びれをつまんで、ポイポイと水の中へ放り込む。

 池は、いったいどういう仕組みになっているのか、私が中央に入っても、そのまま裂けた状態でちゃぷちゃぷしていた。


「あ、そうだ。食用に、一匹くらいもらおうかなぁ」


 火を通す手段はないものの、日干しにでもしておけば、食べられるようになるかもしれない。

 ピチピチと土の上で跳ねている一匹を、おそるおそる手のひらの上にのせた。


「えぇと……内蔵とかとらないといけないんだっけ? いったい、どうやっ」


 ボフンッ


「……うわ、グロ」


 手にもった魚が、瞬く間に爆散した。


 内臓どころか、目玉や肉片があたりに散らばる。


 プシャッ、と魚から液体がふき出したものの、不思議と肌に触れる直前、まるで蒸発したかのように消え去ってしまった。


(えぇと、もしや、触れるものすべてを爆発させる能力でも持ってる?

 でも、さっき木の葉を集めたときは平気だったし、魚も尾びれつかんだだけだったら大丈夫だったしなぁ……)


 いろいろ脳内に仮説が駆け巡ったものの、当然、答えなど出るはずもなく。


「…………。……寝るところ、探そうか」


 とりあえず、今はなにを考えても結論はでない。

 体と心を休められる場所を見つけないと。


「うう……せめて……せめて、髪がもっと長かったら……」


 ヘアアレンジだとか、ヘアケアが面倒だという理由で、ショートヘアにしていたのが災いさいた。

 もし髪が長ければ、少なくとも胸くらいは隠せていたかもしれないのに。


 いくらひもじい胸とはいえ、マッパの羞恥心くらいは、少しはごまかせたかもしれないのに!!


 うぐぐ、とうめき声を漏らしつつ、手に持った魚の残骸は、かわいそうなので土に埋めて供養した。

 なむなむ。

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