裸の天女様~すっ裸で異世界に飛ばされた上に痴女だ魔女だと危険人物扱い~
榊シロ
1話 ~異世界転移~
「わぁあっあぁあァ!!」
駆けまわる。
ひと気のない森の中へ。
とにもかくにも、ひと目のないところへ!
「なっ……に、逃げたぞ、追ええぇ!!」
背後から聞こえてくる、不穏きわまりない叫び声。
さらに、それにかぶせるように混乱した兵士たちの声も聞こえてくる。
そう、兵士たち。ここは今、戦場なのだ。
「い、いやっ、追わない方がいいんじゃないか!?」
「な、なにを言っている!? 戦場にとつぜん現れたんだ、いかにも怪しいだろう!!」
剣がぶつかり合う金属音、どこかから聞こえる爆発音。怒号、悲鳴。
そして、足元に転がる人、武具――死体。
そんな、恐ろしい光景のなかを、走る。走る。
「あ、怪しいのは確かだが……あ、アイツ、だって」
「わあ、あぁァああ!!」
ひそひそ声になっていないその話し声のつづきを聞きたくなくて、大声を上げながら両耳を塞ぐ。
しかし、そんな努力も、むなしく。
「だってアイツ、全裸の変質者だろ!!」
ことの起こりは、金曜日の夜。
気ままなひとり暮らしOLの私は、安い給料の中から捻出した小銭を握りしめて、ひさしぶりに温泉へと足を運んだ。
(温泉って言っても、日帰りだけど)
入浴料800円はなかなかイイお値段なものの、ひっさびさのリラックスタイムだから、とこの時ばかりは自分を甘やかしたのが、その日。
親子連れでにぎわう脱衣所を通り過ぎ、お湯を遠慮なくたっぷり使って体と髪を丁寧に洗ってから、よしメインだ、と大浴場に足を踏み入れたんだ。
金曜日の夜なのに、なぜか露天風呂はガラガラ。
中央にドン、と構えられている特大の風呂には、ひとっ子ひとり入ってなかった。
この時点で、ん? と思うべきだったんだ。
内風呂には人がぎゅうぎゅうにいるのに、外がすっからかんなのはオカシイ、って。
でも、私は『なーんだ、ラッキー! お風呂一人占めじゃん!』なんて能天気に考えて、その特大風呂にザブンと突入した。
デスクワークで凝りに凝った両手両足をグーッと伸ばして、誰もいないのをいいことに、ぷかぷかと気を抜いて。
連日の仕事で疲れていた体が、温泉成分でゆっくりとほぐされていく。
湯けむりがフワフワと暗い空に立ち上って、温泉の端に設置された灯篭のオレンジ色の明かりが、ぼんやりと幻想的に外風呂全体を照らした。
石造りの湯舟は夜気に冷やされていて、岩盤に触れるとヒヤリとつめたい。
うわっ、と手を引っ込めて、お湯の中でのんびりと足を延ばしていると、なんとなく蹴った石の隙間に、親指がキュッと入ってしまった!
「……んん?」
しかし、その石と石のすき間に、なにか、変な引っ掛かりを感じた。
「お風呂の栓? いや、それにしては、なんか……」
くにゅくにゅ、と親指を動かして、触れるものを撫でてみる。
それは、なんというか、ひと言で言えばボタンみたいな丸い形だった。
(なんで露天風呂にボタン? それも、こんな石と石の合間に?)
私は脳内に?マークを浮かべつつ、『押しちゃまずいだろうな』と思って、そっと親指をすき間から抜こうとした。
「あっ」
ただ、うっかり。
本当にうっかり間違って、親指がそのボタンを押してしまったのだ。
「……なぁッ!?」
ポチッ、とボタンが沈んだのを感じたと思ったら、フラッシュのような光に全身が包まれた。
体がカッと熱く燃える感覚と、白く染まった視界と、浮遊感。瞬く間に、意識がスーッと薄らいでいく。
「うわあぁぁ……ひえぇぇ……」
もう、自分でも情けないっていうくらいひどい悲鳴と一緒に、私の意識は消え去ったのだった。
「……で、放り込まれたのが戦場ってあんまりじゃないかな!?」
走りに走って、森の中。
突然転移させられた直後、なにがあったかというと、こうだ。
私は、人とバケモノが剣と牙を交える戦場のまっただ中にいた。
――全裸で。
『おっ……おんなの、子?』
『は……ハダカ!? なんで!?』
ファンタジー系のゲームでよく見るくさりかたびらをつけた兵士っぽい数人が、動きを止めて私を見た。
彼らの後ろでは、テレビで見たヒグマの倍くらいデカいミミズが複数体、それはもう気持ち悪い動きでニョロニョロしている。
『え、えぇっとぉ……こ、ここはいったいドコですかね……?』
私がおそるおそる尋ねると、兵士たちは困惑した表情でお互いに顔を見合わせて、
『はぁ……ここは、フェゼント国北区、だが……』
フェゼント国。まったく聞いたことのない名前に、いよいよ私は危機感を覚えた。
(これって、アレじゃない? 異世界転生、いや、生きたままだから、異世界転移、ってヤツじゃない……??)
そう、恐ろしい予想に身を震わせていると、兵士たちはヒソヒソと話し合い始めた。
『なんで裸……?』
『変態……?』
『どうして裸……?』
いや、聞きたいのはこっちですし、変態とか言ったヤツ表出ろ。
そう口に出そうとした瞬間、別の兵士がハッとした表情で言った。
『こ……この窮地に舞い降りたんだ。もしかして、天女様じゃないのか!?』
と。
天女――天女!?
(つまりは、アレか。これは勇者が異世界に呼び出された、みたいなアレなのか!)
私はがぜんテンションが上がり、きっとそうだ、と胸を張ろうとしたものの、
『いや……もし天女様だとしたら、もうちょっとこう、美人なんじゃないか?』
『ああ……言えてるな。裸だけど、こう……プロポーションとかもふつうだし』
『なんでだろうな……すっぱだかなのに、別にエロさは感じないんだよな……』
と、ヒソヒソと兵士たちが呟き合っている言葉に、堪忍袋の緒が切れた。
『テメェら、おい、好き勝手いってんじゃねぇぞ!!』
こっちだって、好きですっぱだかなわけじゃない。
なんの説明もなく異世界(?)に飛ばされたというのに、あんまりすぎる!!
ドスの利いた声を聞いた兵士たちは、私の対応にハッと持っていた剣を構えた。
『そ、その口調……やはり、天女様ではないな!!』
『もしや、魔物が人間に化けて、我々を篭絡しようとしに来たのではないか!?』
『ならば、倒さなくては! 剣を持て、皆!!』
『……えっ、ちょっ』
まさかの討伐宣言に、ぞわっと体が震えた。
(こっちは武器も防具も服もない、まったくの無防備状態なんですけど!?)
刃を向けてくる兵士たちに慌てて背を向けて、視界の遠くに見える森に向かって全力で走りだす。
『……ぅわっ!』
と、ぐにゃっとやわらかい”何か”を踏み込んで転びかけた。
『な、なん……って、も、もしかして、これ……っ』
思わぬ足止めに、舌打ちのひとつでもしたい気分で見下ろして、ヒッとのどが引きつった。
『こ、これ……し、死体……っ!!』
足の裏が踏みつけたのは、人間だった。
それも、四肢がバラバラになって血だらけの、昔うっかりURLをクリックしてみてしまったグロサイトの映像とソックリの死体だった。
ちぎれた断面は、まるで獣にやられたかのようにズタボロで、あふれた血は地面にまでしみ込んでいる。
――魔物の。魔物の、仕業なのか。
さっきの兵士たちの言葉を思い出して、私がゾッと鳥肌を立てていると、
『……オイ! こら待て変態!!』
『ち、ちがう! 違うし!! ……って、ついてこないでくださいよ!!』
背後からド失礼な言葉を叫んでいる追っ手から逃れるために、全速力で走りだした。
そうして、迫ってくる兵士たちの追跡を逃れるため、走って、とにかく走って――ようやく彼らをまけたのは、真上にあった太陽が、だいぶ傾いたころだった。
「うー、走った走った……もう、ついてきてない……よね?」
ようやく、誰の人影もない森の中へ突入して、ペタンとその場に座り込んだ。
あちこちをがむしゃらに走ってきたせいで、まったく地理はわからないものの、周囲には木々しかないし、他に物音もしない。
「はあ……この世界にも太陽ってあるんだ……って、あれ??」
木々の間から空を見上げたところで、ハッと気づいた。
(……全然、疲れてない?)
戦場からこの森まで、体感で約3キロほど。
その距離をずーっと全力疾走してきたというのに、まったく息が切れていないのだ。
それどころか、裸足でここまで駆け抜けてきたのに、足の裏にはかすり傷ひとつ残っていなかった。
「ああ……そっか。これはきっと、夢なんだ」
私は、現実逃避するようにつぶやいた。
それなら、すべて説明がつくから。
夢オチ、よくあることじゃん、と。
ただ、夢にしてはやけに意識がハッキリしているだとか、音がちゃんと音として耳に入っているだとか、景色がモノクロではなく非常に鮮やかに映っている、だとか。
そういう言い訳できないモロモロはたくさんあったものの、すべて脳内で黙殺した。
こんな。こんな恥ずかしい現実が、あってたまるか!
「夢だとしても、とにかく服を手に入れないと……!」
このまま、いつ痴女と思われて捕まるともしれない危険な状態でいるわけにはいかない。
しかし、今いるのは森の中だ。
服を手に入れるには、村か町を探さなくてはいけない。
「……ん? 待てよ。町に入るには、服が必要。でも、服を買いにいくには、服を着ていかないと……」
服を買いに行く服がない(本当の意味で)というヤツだった。
つまりは詰みだ。詰んでしまった。
さらに言うなら、私は今、すっぽんぽんなわけで、当然、お金なんて持っていない。
つまり、もし奇跡的に服屋に行けたとしても、服を購入することもできないのだった。
「…………」
アホー、と、カラスらしき鳥類の鳴き声が頭上から響く。
(こんな悲しい冒険の始まりなんてあるか??)
と思いつつ、私は眉間に指をグリグリと押し当てて、考えた。
「なんか……布とか。葉っぱとかで服……作れないかな」
例えば原始人のように、自然のモノをつかって腰巻や胸当てをこしらえられないかな、って。
みっともないかもしれないけど、全裸よりはマシだし。全裸よりは。
「……うーーん……」
うず高くそびえたつ木を見上げる。
樹木の種類には詳しくないけれど、スギっぽい木だ。
さっきはカラスっぽい声も聞こえたし、時代背景はわからないものの、そんなに環境が違うわけでもないのかもしれない。
「あ……ていうか、道、全然確認してなかったけど……」
とにかく追手を撒くことばかり意識が行っていたせいで、方向感覚がまったくなかった。
確か、駆け込んでから通ってきたルートには、人工的な道みたいなものは無かったから、人の手が入っていない森なのかもしれない。
「ということは……つまり……遭難……」
(イヤイヤ、これはきっと夢だし、大丈夫……たぶん)
恐ろしい単語が浮かんだものの、むりやり意識をそらして立ち上がった。
「変な虫とか……獣とか……遭遇しないといいんだけど」
とりあえずはまず、服を作れるような素材を見つけること!
そう心の中で自分を鼓舞して、ザッ、と足を踏み出した。
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