第58話
「では早速実験を始めましょう! まず、リリー様もご存知の通り、魔法はイメージで作り出しますよね?」
「そうですね。魔法に重要なのはイメージ力と魔力量ですね」
「そうなんです! なので、このチョコが美味しくなる魔法をイメージしても、自分のイメージ以上の美味しさは表現出来ないのです」
これは彼の言う通りね。実は私も以前、食べ物が美味しくなる魔法を作ろうとしたことがあるわ。
だけど結果は良くも悪くも想定内の味。
全てイメージ通りになってしまったわ。
「そこで、この魔道具を使うのです!」
すると、ルイが砂時計を横にしたような、木製の魔道具を取りだした。
「それは...なんですか?」
「これは複数人で一つの魔法を発動する時に使う魔道具です。本来大規模な結界を張る時などに使われます」
「それを一体どう使うのですか?」
「この魔道具はボク達のイメージや魔力を統合し、より強力な魔法を作り出すことが出来ます。つまりボク達二人のイメージを重ねることで、イメージを越えた想定以上の美味しさを作り出そうというわけです!!」
「な、な、な、なるほどおぉぉ!!」
今までイメージを重ねるだなんて考えもしなかったわ!!
二人のイメージが合わされば、自分では想像もつかないような美味しさになるに違いないわね!
「完璧な作戦ですね! ルイ様!!」
「はい! では、早速実験をはじめましょう!」
私たち二人は魔道具に手を翳し、目を閉じてイメージをする。
私はチョコが口の中でとろけるような、甘くて濃厚な味わい。そして、そこにミルクのまろやかさが溶け合うイメージをして、魔道具に送り込んだ。
「イメージできました」
「ボクもです」
私が目を開き、翳していた手を下ろしたその時、瞬く間に魔道具から強い光が放たれ、部屋全体を包み込んだ。
「眩しい!!」
「こ、これがリリー様の魔力っ!!」
私が咄嗟に目を閉じると、ルイの興奮気味な声が横から聞こえてきた。
暫くして光が徐々に小さくなり、私がゆっくり目を開けると、その御神体が姿を現していた。
「ルイ様、これは...!」
「リリー様、これは完璧な魔法です! ボク達のイメージが完全に融合し、想像を超えた美味しさを作り出したのです!」
目を開けた先には、以前の茶色とは似ても似つかない、キラキラと輝く金色のチョコがあった。
こ、これは最高のチョコができてしまったわ! こんなにキラキラ輝くチョコだなんて絶対に美味しいに決まってるじゃない!!
私は思わずチョコを手に取り、二つにわけてからルイに渡す。
ルイはそれを笑顔で手に取り、私たち二人は同時にチョコを齧った。
すると――
「「おええええええええええええっ!!」」
まっず! え、 なにこれ!? まっずっ!!
チョコが口に入った瞬間、最高に甘い天国のような味わいから、一瞬にして超苦い地獄の味に突き落とされた。
しかもその甘さと苦さの変化が何度も何度も口の中で交錯し、繰り返している。
「リ、リリー様ッ! 一体どんなイメージをしたんですか!! おえ」
「う、うぅ...ルイ様こそ! なんですかこの苦味は!!」
「ボクはビターチョコが好きなので、苦味の濃いチョコレートをイメージをしたんです!」
「ちょっと待って下さい!! これは元が甘いミルクチョコですよ! どうして苦くしちゃうんですかッ!!!!」
「じ、自分の好みを優先したことは謝ります。 しかし、いくら甘いチョコが好きとはいえ、これは流石に甘過ぎますよ!!」
「何をおっしゃっているのですか! チョコは甘ければ甘いほど美味しんですよ!! ねぇ、レイもそう思うでしょ?...ってレイ?」
私がレイの方を見ると、レイは私の齧ったチョコレートを興味深そうに眺めていた。
「レ、レイも食べてみる?」
私は冗談で食べかけのチョコを差し出してみる。
まぁ、私たち二人の反応を見て食べたいとは思わないわよね。
「ふふ、冗談――」
「よろしいのですか?」
すると、普段無表情なレイが、声のトーンを少し上げて食い気味に聞き返してきた。
「え、食べるの!?」
「では、いただきます」
「はや!? あっ、ちょっと!」
レイは激マズチョコを受け取り、躊躇なく口に放り込んだ。
「レイ、大丈夫なの!?」
私がそう聞くと、レイは無表情でモグモグした後、チョコをゴクリと飲み込み、ほんの僅かに微笑んで言った。
「至極の美味しさにございます」
「え、美味しかったの!?」
「はい。とっても」
えええええ!? そのチョコ激マズだよ!? 絶対美味しくいないって!!
そ、そうか。レイはこういう味が好みなのね...ちょっと私とは合わないかも...
すると、その様子を見ていたルイが驚愕する。
「本当ですかレイさん!? では勿体ないのでボクのチョコも貰っていただけませんか?」
「あ、それは結構です。ああ、今になって信じられないほどのエグ味が襲ってきました。私このチョコレート嫌い、いえ、大っ嫌いでございます」
レイは右の手の平で口を軽く抑え、もう片方の手で差し出されたチョコを数センチ押し返した。
「そ、そうですか」
ルイは少し困惑したように力なく手を引っ込めた。
良かった〜。レイもちゃんとこのチョコの味がわかったのね!
全然好みが合わないかと思ったわ。
「確かにこのチョコは失敗してしまいました。ですがボク達の実験はまだ終わっていま――」
ゴーン。ゴーン。
その時、帰宅時間を伝える鐘の音が実験室に響いた。
「あ、もう時間ですね。ルイ様、器具を片付けて帰りましょう」
「お嬢様。そう仰ると思い、既に私が片付けておきました」
「ありがとうレイ! あ、ルイ様そういうことですので、私たちはもう帰りますね。それじゃあまた」
「あっ、ちょ――」
ガラガラガラ。
私とレイは何か言いたそうだったルイを置いて、実験室の扉を閉めた。
「ん? 今ルイ様何か言おうとしてた?」
「気のせいではないでしょうか?」
「ま、きっとそうね。さぁ、帰りましょうか」
こうして夕日が赤く染める廊下を二人で暫く歩いていると、レイがゆっくりと口を開いた。
「お嬢様、メイドの身で出過ぎたことを言うかもしれませんが、ルイ様は少々、いや、かなりの変態になる気がいたします」
「いやあんたが言うの!? それになんでわかるのよ」
「同類はなんとなくわかるのです」
「あなた変態の自覚あったのね...」
「とにかく、あの方は非常に危険な香りがします。あと、お嬢様にはミリー様がいらっしゃるではありませんか」
「なんでここでミリーが出てくるのよ...」
まぁ、ルイは好感度が高すぎるとヤンデレになるキャラだし。レイの言う通り危険だわ。
でも、ゲームの魔法実験イベントは、失敗するとルイからの好感度が下がるんだよね。
つまり、今日の失敗でルイからの好感度が下がったはずだわ。
「大丈夫よレイ。心配してくれてありがとう。さぁ、帰ってお口直しのデザートを食べるわよ!!」
「かしこまりました。お嬢様」
こうしてルイとの実験イベントは、無事(?)失敗に終わったのだった。
「うぅ...なんでも美味しくする魔法...実現させたかったなぁ...」
薄暗くなった街を馬車の窓から眺め、私は切実にそう思うのだった。
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