第52話

私たちが闘技場の控え室の扉を開けると、既に大勢の生徒達が本番前の自主練習をしていた。


緊張と興奮が入り混じり、控室全体が戦い前の臨場感に包まれているようだった。


「わぁ。皆たくさん練習してるね」


「この大会は順位によって成績が大きく変わるので、より一層真剣なのですわ」


「それに、家族が観戦しに来ている人が多いので、皆いいところを見せたいんですよ。私もお父様が見に来てくれるので、気合十分です!」


アシュリーはふんと鼻息を荒し、両手をグッと握る。


家族が観戦か...そういえばお父様とお母様が絶対応援に行くって言っていたわね。


うん。耳にタコができるくらい言われたわ。


今朝なんかお母様は私の似顔絵入りの特性弁当をメイドさんと一緒に作っていたし。


お父様に関しては急に入った仕事を「今日は娘の剣術大会の日だから、絶対にやらん!」ってゴリ押しで断ってたわね。


部下の人すごい困ってたなぁ。


二人とも凄く優しくて大好きだけど、結構親バカな所があるのよね...


それに比べてミリーはとってもお利口だったわ。今日まで凄く冷静だったもの。


さすがしっかり者の妹ね!


そんなことを考えていると、控え室の扉が開き、ソフィアが中へと入ってきた。


ぐるっと辺りを見渡すソフィアの顔が、私たちの方を向いた瞬間、ピタッと止まった。


「あっ! 皆様おはようございます!!」


その嬉しそうな明るい声に、緊張に包まれていた控室の全員がソフィアの方を見る。


「え!? あ、あの、すみませんでした!!」


ソフィアは赤面し、素早く頭を下げる。


ああ、今日も推しが推しをしている。


顔を上げたソフィアは、キョロキョロと周りの目を気にしながら、私たちの所へとやってきた。


(...皆様おはようございます)


あ、今度は小声で言った。


「おはようございます、ソフィアさんっ!!!」


すると、アシュリーが大きい声で挨拶をする。


今度みんなの視線がアシュリーの方を向く。


元気いっぱいなアシュリーの様子に、ソフィアは目を丸くさせた。


それを見たジェシカが補足をする。


「アシュリー様は今日、お父様が見に来られるので張り切っておられるのですわ。ワタクシも両親が見に来るので、頑張らないとですわ」


ジェシカの説明に相槌を打つように、アシュリーが首を縦に振る。


「そうだったのですね! 皆様ご家族の方が来てくれるのですね。あ、じゃあリリー様のご両親も来られるのですか?」


「ええ。行く気満々だったわ。今朝なんか私の似顔絵の特製弁当を作っていたのよ」


「それは良かったですね!!」


「う、うん...」


「皆様のご両親は凄く優しそうですね...」


そう告げたソフィアの表情が、一瞬寂しそうに見えた。


あれ? 今ソフィアの顔がなんだか寂しそうに見えた気が...


バン!!


すると、控え室の扉が勢いよく開いた。


「リリー。そろそろお主の出番なのじゃ。移動するから妾についてくるのじゃ」


「あ、キロ先生。おはようございます」


「うむ。おはよう。時間がないから少し急ぐぞ」


ジェシカ達に激励を受け、私は控え室を後にした。


キロ先生についていくと、闘技場の裏側へと続く通路へと入った。狭くて暗く、奥の方には舞台に繋がってるであろう淡い光が見える。


暫く進み、入口の目の前でキロ先生が立ち止まり、こっちに振り返った。


「お主、守護の腕輪はちゃんと付けておるな?」


「はい。えーっと。たしか防御魔法が付与されているんですよね?」


「うむ。その魔法が強い衝撃を三回まで防いでくれるのじゃ。その三回が無くなった方が敗退だから気をつけるんじゃぞ」


「はい!」


「よし、それじゃあ行ってくるのじゃ!」


キロ先生に軽く背中を叩かれ、私は暗い通路から出た。


「うっ。眩しい」


外の光に思わず閉じた目をゆっくりと開ける。


すると、舞台を中心に取り囲む巨大な観客席が視界に飛び込んできた。


「うおおおおおお!!」

「おおおおおおー!!」


観客たちの熱狂的な歓声が闘技場に響き渡り、その興奮が場内を一気に包み込む。


観衆のエネルギーが闘技場を満たし、まるで燃えるような熱気が漂っていた。


その圧巻の光景に驚きの声を上げつつ、私は舞台の中央へ向かって歩みを進めた。


「わぁ。みんな出店で売っていた旗を振ってるわね」


観客達の手には、自分が応援したい生徒の髪と瞳の色が入った小さな旗があった。


「えーっと。私の髪と瞳の色の金と赤は...ちらほらあるわね」


当たりを見渡すと、金と赤、二色の入った旗がいくつかあるが、殆どが水色一色の旗だった。


そんな中、一般席から少し高い位置にある、貴族が座る席特別な席で、一際目立つ大きな旗があった。


「お姉様ああああああああ!!」


「あ、あれはミリーよね...?」


貴族専用の席から身を乗り出し、私の髪と瞳の色が入った三メートルは有るであろう大きな旗を、小さな身体で一生懸命振るミリーの姿が遠目に見えた。


あ、あれは自作の旗!? 最近部屋に籠ることが多いと思っていたけれど、あれを作っていたの!?


私はその一生懸命な応援を受けて気合いが入る。


邪神教を倒すために、私が絶対に優勝しなきゃっ!!


そして、私が舞台の階段を登ると、反対側からも、相手が姿を現した。


え、ちょっと待って! あの娘ってゲームでソフィアが決勝で戦う相手じゃない!!


私が見たのは、騎士団長の娘であり、ゲームの決勝でソフィアが戦うことになる相手、リナ・ルシルだった。


その水色の瞳には、まるで歴戦の騎士の様な闘志が宿って見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る