第2話 変身

 私は踏み潰されたゴキブリに目をやった。やはり死んだらしくピクリともしないが、原型は意外と保っている。これなら管理局の人たちを騙せ……


「……ないか」


 ガックリと項垂うなだれる。


 魔法少女のお仕事は大きく分けて2つある。ひとつは呪体のおはらいをして人間社会の秩序を維持すること。


 もうひとつは、呪体のデータを管理局と呼ばれる部署に送信し、同じような呪素の発生を未然に防ぐことである。


 給料はこの2つの作業に対して、基本的に1:1の割合で支払われる。それ以外の仕事もあるらしいが、私のような下っ端魔法少女にはまず回ってこない。

 

 ここで問題なのが、後者の送信作業だ。送られる内容には呪体の姿形や呪素のタイプ、そして生存状況など、ありとあらゆる情報が含まれる。簡単に言えば、オリジナルの姿を維持できていればいるほど、高い給料を貰えるわけだ。


 逆に言ってしまえば、破損が多ければ多いほど給料は引かれていく。殺しちゃいましたなんてのはもってのほかだ。


「あははは……」


 乾いた笑いが口から漏れる。これでは送信分の給料は見込めない。かろうじて呪素が残ってるのは救いだが……。


 ちなみに、送信作業は魔力通信によるデジタル方式で行われるのだが、30年前までは紙媒体を提出する形だったらしく、偽造し放題であったとのことだ。IT革命恐るべし。


(まあ、やるしかないか……)


 私は落胆しつつも肩掛けのバッグから小さなメモ帳を取り出し、1ページ目を開いた。簡単な魔法陣が描かれている。


「天より降りし聖なる幕よ、かの者をこの世から隔てたまえ」


 魔法陣に左手を置きながら、断切魔法の詠唱を唱える。直後、光のカーテンのようなものが天空から降ろされた。


「よし。これで外界からは見えなくなった」


 断切魔法とはその名の通り、現実世界から呪体を切り離す魔法のことである。魔法少女規則によると、呪体の規模によらずこの作業は必須らしい。


「それじゃあ、始めますか」


 スーツのポケットからスマートフォンを取り出し、とあるアプリをタップする。すぐにメニュー画面が表示される。流石データ部作成のアプリだ。レスポンスが早い。


 私はその中から『変身データ』と書かれた項目に触れた。『基礎 01』と書かれたボタンが出現する。私の指がそのボタンに触れる。


 すると、身体中が眩い光に包まれた。


(はあ、またあのポーズをやるのか……)


 怠さを内心に吐露し、ポーズをとる。左腕を頭の後ろに回し、右腕を精一杯前に向かって大きく伸ばす。右手は人差し指を突き出す感じにし、そして……


「あなたのハートにまっすぐズキュン!呪いをお祓いいたします!」


 悲しいまでに恥ずかしいセリフを言った。


 と同時に光は消え去り、私は新たな姿になった。


 ソックス、ストッキング、ショートドレスにロングヘアの髪色まで真っピンクに染め上がった、女子高生の姿に。

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