第1章 サラリーマジックガール

第1話 不釣り合い

 末広町駅。電気製品とオタクの街・秋葉原とアメ横で有名な御徒町のほぼ中間に位置するこの駅は、乗り換えができないこともあってか、銀座線の中ではマイナーな存在だ。駅の周りには背の低いビルが立ち並んでおり、ランドマークの類はこれといってない。まあ、あまり混んでいないのはメリットのひとつだが。


 そんな没個性的な街に、同じく没個性な私が立つ。お腹をグ〜と鳴らしながら。


「ああもう、私の810円……」


 必死に自分を肯定する。たかが810円、たった810円、だけど810円、それがあったら昼ご飯食えたのに……。


 自分言いくるめ大作戦は無事失敗に終わった。結果は、お腹の音が無駄に強まっただけ。


「……くそっ」


 長い信号待ちと一緒に鬱憤を吐き出す。母親が聞いたら怒るんだろうな。そんな下品な言葉を使うんじゃありませんって言うんだろうな。まあ、もういないんですが。


 信号が青になったのと同時に、他の人と調子を合わせて渡る。気分はまるでモブGだ。


 だけど、そんなモブGにも朗報と悲報があった。まずは朗報から。はっきりと呪素じゅその気配を感じられる。次に悲報。……はっきりと呪素の気配を感じられる。


 呪素とは、呪体じゅたいを構成している基本物質のことだ。まあ、呪体がなんなのかというのは置いといて、この呪素は一般人には感じられない。それどころか、魔法少女の中でも感じられる強度には限界がある。経験を積み重ねレベルアップすればするほど、より強力な呪素を感じられるといった具合だ。


 今回の呪素は、駆け出し魔法少女たる私でもはっきりと感じられるレベルしかない。某大人気アクションゲームで例えるなら、緑色の甲羅を背負った亀ほどの強さだ。


 徐々に重くなる足を前へ前へと押し進める。例え亀レベルだとしても、呪体は呪体、給料は給料だ。


 なぜならば、魔法少女は歩合制なのだから。


 曲がり角を何回か曲がり、ビルとビルの間にある狭い路地に到達した。ここから呪素の気配がする。具体的に言うと、頭にムズムズとした感触が走っている、そんな状況。


「どこ……?」


 注意深く一歩を踏み出す。注意深く、そっと、そーっと。


 すると、なにかを踏み潰したような、嫌な感覚が足裏に響いた。


 咄嗟とっさに下がってその正体を見る。後悔するのに2秒もかからなかった。


「うわっ!」


 思わず声をあげる。踏み潰したもの、それはG。つまり……ゴキブリだ。


「うわあ、とことんついてないな、今日の私」


 そう独り言を吐き、立ち去ろうとした瞬間だった。呪素が弱まったのだ。


(えっ……?)


 一歩下がってみる。呪素が強まる。


 もう一歩下がってみる。やっぱり呪素が強まった。


「まさか……」


 結論から言うと、そのまさかであった。今回の呪体は、さっき踏み潰したゴキブリだ。


「……ほんっとついてないな、私……」


 私は呆れた。ただただひたすらに、呆れた。

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