第4話 幸せと不安

恵子との結婚生活は幸せだった。

何が幸せかと言っても、ただそばにいてくれるだけ幸せだったのだ。

恵子の優しい笑顔、優しい振舞い、全てが俺を癒してくれた。

このまま、幸せでいてくれることを切に思った。

それは、ある日のことだった。


「幸樹さん、幸樹さん」

「どうした、恵子」

「びっくりしないでくださいね」

「恵子のその表情でもうびっくりしているよ。どうしたんだ」

「実は……」

「わかっているよ」

「え、何がでしょうか?」

「俺と恵子の子供ができたんだろう」

「どうして、わかったのですか?」

「これでも、カリスマ医師だからな。それに何より恵子を愛しているからだよ」

「うれしいです。本当ですか?」

「もちろんだよ」

「可愛い子供が産まれてきますかね?」

「ああ、恵子に似た可愛い女の子が生まれるんじゃないか?」

「私は幸樹さんとの子供なら、男の子でもいいです」

「でも、俺としては女の子ができればいいな」

「そうですね、でも……」

「どうした?」

「私は体が弱いから、無事に出産できるかが心配です」

「大丈夫だよ、俺がついている、俺が必ず守ってみせるよ」

「でも、産婦人科の先生からリスクがあると言われました」

「じゃあ、どうするか?」

「やっぱり、幸樹さんの子供を産みたいです」

「そうだな、でも、恵子の体が心配だけど、俺も恵子の子供がほしいよ」

「そうですよね」

「ああ」

「やっぱり、私も幸樹さんの子供が産みたいです」

「そうだよ、きっと神様も応援してくれるよ」

「頑張ります」

「いや、無理しない方がいいよ。俺が今日から家事をするから」

「でも、幸樹さんは仕事があるじゃないですか?」

「大丈夫だよ。恵子の事を思えば大したことじゃない」

「ありがとうございます」


そういいながらも、俺は不安がつきまとっていた。

確かに出産にはリスクがあったからだ。

しかし、恵子の幸せそうな表情をみていると出産に反対することはできなかった。

俺は、産婦人科の医師でも評価の高い医師、たまたま親友であったが頼むことにした。


「幸樹、リスクがあるけど、どうするか?」

「ああ、内山、俺もその点を悩んでいあるんだ」

「まあ、今の医学は進歩しているし、俺の腕もあるからな」

「そうだな、頼むぞ」

「ああ、任せておけ」

「ありがとう」


俺は、恵子と一緒に妊娠の報告を恵子の母親にした。


「お母さん、恵子さんとの子供ができました」

「それは、良かったね」

「お母さん、私は無事に子供を産めるかしら」

「そうね、恵子は生まれつき体が弱かったから心配ね」

「そうなの、お母さん。だから悩んでいるのよ。でも幸樹さんの子供を産みたくて」

「それは、あなたが決める事よ。でも、お母さんは応援するわよ」

「本当?」

「もちろんよ。恵子は私の可愛い一人娘じゃない。出産まで安静にしていなさいね」

「はい」

「あなた、恵子が妊娠したのよ」

「何?恵子は体が弱いじゃないか。出産はやめろ」

「いえ、お父さん、私は幸樹さんの子供を産みたいです」

「大体、わしは恵子の結婚に賛成していないじゃないか。だからそもそも許さない」

「お父さん、どうして、わかってくれないの」

「それは、恵子が可愛いからだ」

「それじゃ、私が幸樹さんと幸せになるのは反対なの」

「駄目だ、テレビの出演するようなチャラチャラした男は駄目だ」

「お父さん、どういう人でも反対するのでしょ」

「まあ、そうだな。可愛い恵子は誰にも渡したくないからな」

「ひどい、お父さん」

「とにかく、出産には反対だ。中絶するんだ。それがお前のためだ」

「お父さん、どうして……」

「恵子はわしの一人娘だからな」

「幸樹くんかね、無事出産できるのか?」

「はい、信頼できる産婦人科医に依頼しているので大丈夫です」

「もしもと言う時は責任をとれるのか?」

「いえ、もしもということはありません」

「じゃあ、わしと約束するか」

「はい、わかりました」


俺は不安があったが、恵子の幸せそうな表情をみていると反対はできなかった。

そして、家事をしないといけないため、テレビ出演は控えた。

しかし、生まれてくる子供の事を思うと不安もあったが、幸せでいっぱいだった。

恵子は案の定、つわりが酷かった。

見ている俺もつらかった。


「恵子、つわりが辛いんじゃないか」

「はい、でも、大丈夫です」

「ゆっくりしていてくれ。今日は素麺でも作るよ」

「ありがとうございます」

「どうだ、さっぱりして美味しいだろう」

「はい、幸樹さん……」

「どうした?」

「生まれてくる子供はどんな子供かしら」

「この間も言ったけど、恵子に似た可愛らしい子供だよ」

「不安ですけど、楽しみです。早く子供の姿を見たいです」

「楽しみだな」

「はい。生まれてきたら、沖縄の島に家族でいきましょう」

「そうだな。それまで俺が支えるよ」

「ありがとうございます」


恵子がお腹をさすりながら、幸せそうな表情が印象的だった。

俺も早く無事に産まれてくることを願った。

それは、恵子の診察の後だった。

複雑な表情で俺に話しかけ来た。


「幸樹さん、実は……」

「どうした?」

「生まれてくる子供が双子なのです」

「良かったじゃないか。一気に二人も誕生するんだぞ」

「でも、私は出産は無理だと思います」

「そんなことはないよ」

「そうでしょうか?」

「ああ、大丈夫だ。泣かないでいいじゃないか」

「でも、不安です……」

「大丈夫だよ……でも、心配だったら中絶してもいいんだぞ、今ならまだ間に合うから」

「どうすべきでしょうか?せっかく幸樹さんの子供が授かったのに。子供が可哀そうです」


俺も不安でたまらなかった。


「恵子の判断にまかすよ」

「考えさせてください」

「わかった」


恵子は悩んだ結果、出産することを決めたようだ。


「幸樹さん、私はやはり、子供を中絶するのは可哀そうだと思います」

「だから、頑張って出産します」


「わかった、俺も全力で恵子を支えるよ」

「ありがとうございます」


俺も不安だったが、恵子の不安は想像以上だろう。

どうか、無事に出産してくれと願うばかりだった。

そして、安静に過ごして、定期的に診察を受けることで細心の注意を払ったのだった。

二人の出産にむけての戦いが始まったのだ。

双子の出産の場合は安定期というものが存在しないため、俺と恵子は必死だった。

料理や洗濯、持ち物をもつなど、俺は必死でささえた。

恵子が愛しくてたまらなかったのだ。

俺も、オペの仕事を出来るだけ受けないことにした。


「幸樹君、恵子さんの体調面はどうかね?」

「はい、何とか二人で頑張っています」

「きっと二人の祈りが通じるよ。子供も無事に産まれてくるから心配しなくていい」

「はい、ありがとうございます」

「村田先生、これがあります」

「上田さん、それは安産のお守りだね。ありがとう」

「私も無事に出産できるように頑張ります」

「助かるよ」

「私達も応援していますから」

「みんな、ありがとう」


ある日、恵子のお母さんが訪ねてきた。


「恵子、体の具合はどう」

「辛いですけど、早く幸樹さんの子供をみたいです」

「きっと、無事に生まれてくるわよ」

「そうだといいのですけど……」

「大丈夫よ、幸樹さんがついているから」

「そうですね」

「そうよ」

「はい」


恵子の目からは溢れるものがあった。


それは、恵子と二人でいた時のことだった。


「幸樹さん、今日は雪が降っていますね」

「そうだな」

「私もあの雪のように解けていくのでしょうか」

「何を弱気になっているんだ。大丈夫だよ」

「もし、私が……」

「何を言う。大丈夫だって言うだろう。何度言わせるんだ」

「ごめんなさい」

「あ、いや、俺が言い過ぎた」

「いえ、私こそ、ごめんなさい」

「大丈夫だよ。恵子、必ずかわいい子供が産まれてくるよ」

「辛いです。不安です。怖いです」

「俺がついている、心配するな」

「はい」


そう言いながらも、俺の心の中にも冷たい雪が降っていた。

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