第5話 母親への想い
僕は想った。お母さんはどのような人だったのだろうか?
父さんとは別れたと聞いてはいるけど、会いたいな。
会いたくてたまらないよ。
一度でいいから、お母さんと呼んでみたい。
僕はある時に気になって父さんに聞いてみた。
「父さん、お母さんはどういう人だったの」
「ああ、健作に似ていたよ」
「どうして、お母さんと別れたの?」
「それは……」
「どうして、教えてくれないんだ。今は何処にいるの?」
「ああ、遠いところだ」
「父さん、僕はお母さんと会えるのかな」
「いや、会うことはできない」
「どうして……」
「もういい、一人にさせてくれ」
父さんの表情はいつもより寂しく感じた。
お母さんに会いたい。会いたいよ。
だから、生きている意味がわからないのかな。
僕にはお母さんがいないからそう思うのだろうか。
そうだ、家政婦さんなら、知っているかもしれない聞いてみよう。
「家政婦さん、僕のお母さんはどのような人だったのですか?」
「それは、きれいな人でしたよ」
「今はどこにいるのですか?」
「それは……」
「どうしたのですか?」
「遠いところにいますよ、そうだ、買い物に行かないといけないのでした」
「家政婦さん……」
家政婦さんが口ごもっていたのが気になった。
なぜ、遠くに住んでいるのだろうか。
どうして、別れたのだろうか?
僕は気になって仕方がなかった。
僕は診療所にいくつもりはなかったが、バスの中の少女と再会したいがために、診療所へ向かった。
しかし、バスの中には少女は乗っていなかった。
運転手の斉藤さんが僕に声をかけた。
「健作君、あの少女は昨日のバスに乗っていたよ。残念だったね」
「そうですか……」
そして、診療所へ着いた。
相変わらず、診療所には誰もいない。
前回と同様に、しばらくしてから、看護師の山上さんが現れた。
「健作君、今日も待たせてごめんね。先生を呼んでくるから」
「はい」
相変わらず、いつもの様に適当な診察が始まった。
「あれから、調子はどうだね?」
「やはり、良く眠れません」
「う~ん、もっと強い薬をだそうか」
「いえ、結構です」
僕は診察はどうでもよかった。
帰りのバスに今度こそ少女が乗っているのを期待しているだけだった。
しかし、話しかける事ができない自分に
そして、しばらく停留所で待ってから、いつものように、バスに乗り込んだ。
すると、斉藤さんが僕に声をかけた。
「小さな声で言うよ。ほら、今度はあの少女が乗っているよ」
「本当ですね」
しかし、やはり、僕は話しかける勇気を持ち合わせていなかった。
なんて、ぼくは意気地なしなんだろう。
バスから降りて一瞬だけ少女に目をやるだけだった。
長い黒髪が風になびいていた。
やはり、寂しげな表情だ。
どうして、僕はこんなにも積極的になれないのだろうか。
和明なら、とっくに声をかけているに違いない。
しかし、少女はどうしてバスに乗っているのかが気になって仕方がなかった。
なぜ、寂しげな表情なのだろうか?
僕は少女の残像が残ったまま自宅へと向かった。
仕事へ復帰しても、僕は積極的に営業をすることができず、佐藤さんがリードするばかりだった。
僕は佐藤さんにお願いをした。
「佐藤さん、僕は営業が向いていません」
「どうしてだ。慣れだよ。慣れ。だけど相変わらず顔色が悪いな」
「そうですか、僕は事務職の方が合っているように思えるのですけど、変えていただけませんか?」
「駄目だよ。自分から逃げたら、克復していかないと。営業の成績は気にすることはない。私の力不足のせいもあるから、気にするな」
「はい、わかりました」
しかし、僕は次第に自分に自信を無くしていったのだった。
バスの中では何度か少女に会うことができたが、声をかけることが出来なかった。
職場では和明と正美さんが仲良くしており、僕は一層、自信を無くしていった。
僕はもう生きていく自信がなかったので、自ら命を断とうと決意した。
生きていて、楽しい事はなかったような気がした。
もう、思い残すことはない。そう思って、命を断とうとした瞬間だった。
なぜか、偶然にも父さんが部屋に入ってきた。
「健作、やめるんだ」
「どうしてだよ」
「お前は生きないといけないんだ、生きる理由があるんだ」
「どうして、そう言う。父さんは朝から酒ばかり飲みやがって」
僕はもう、どうでも良かった。しかし、なぜか父さんの目は鋭かった。
意外だった。初めて父さんの真剣な眼差しを見たのだった。
僕は父さんの強い説得で命を断つのはやめることにした。
意外な父さんの一面を見る事ができたのだった。
「お前は生きろ。強く生きるんだ」
「父さんから言われたくないよ」
「いいから、生きるんだ」
「どうして、父さんは朝から酒ばかり飲んでいるんだ」
「健作さん……」
「家政婦さんまで、どうして……」
「ご主人様も若い頃にいろいろあったのですよ」
「いいんだ、俺の事は、健作、お前は生きるんだ」
「もういいよ」
僕はそう言いながらも父さんに対してみる目が少しだけ変わった。
しかし、僕はどうしていいかわからず、その日は酔いつぶれるまで酒を飲んだ。
なぜか、少し父さんの気持ちがわかったような気がした。
不思議だった。なぜか不思議だった。
若い頃に何があったのだろうか?
僕も父さんみたいになるのだろうか?
もう、何もかも投げ出したいよ。
こういう、気持ちで父さんも飲んでいるのだろうか?
「いいわね、ああいう人と結婚したいな」
「無理よ、無理」
「もう……」
「はい、嬉しいです。握手してもらえませんか」
「まあ、僕でよければ」
「私は先生のファンですから、あまり仲良くしないでくださいね」
「わかっているよ、上田さん」
父さんは若い頃はどんな人だったのだろう?
僕と似ていたのかな?
「和明、少しトイレに行ってくる」
「ああ、いっといれ」
「正美さん、これから二人でどこか行かないか?」
「駄目よ。健作君もいるじゃない」
「あいつはどうでもいいんだ。俺は正美さんの事が前から好きだったんだ」
「え、本当……」
「嫌いじゃないだろう?」
「うん……」
「大丈夫だって、明日、俺がごまかすから」
「わかった」
僕の父さんとは一体誰なんだろう?
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