第2話 誓い

「キャア、見て、幸樹さんじゃない」

「本当、そうよね。あのテレビにでるカリスマ脳外科医師の村田幸樹さんよね」

「そうそう」

「いいわね、ああいう人と結婚したいな」

「無理よ、無理」

「もう……」

「そういえば、サインをもらえるかな」

「そうね、行ってみよう」

「すみません、もしかして、村田幸樹さんじゃないですか?」

「ああ、そうだけど」

「よろしければ、サインをいただけないですか?」

「ああ、いいよ。これでいいかな」

「はい、嬉しいです。握手してもらえませんか」

「まあ、僕でよければ」

「はい、キャー」


俺は村田幸樹、これでもカリスマ脳外科医師と言われテレビにもゲスト出演している。

あまり、テレビには興味はないが、院長がテレビ局のディレクターと親友らしくて、付き合いということで出演している。

ただでさえ、オペでいっぱいなのに、テレビ出演は遠慮したいところだがそうはいかないかな。


ある日のことだった。


「村田君、今、忙しいかね」

「院長、何か?」

「実はな、私の親戚になるんだが、脳に重度の腫瘍ができている者がいるんだよ。助けてやってくれんかね」

「ええ、検査結果を見せてください」

「ほら、ここの腫瘍なんだけど、私には難しいが君ならオペで摘出できるんじゃないかね」

「そうですね、確かに難しいですが何とかしましょう」

「さすが、カリスマ脳外科医師と言われてるだけあって、頼もしいよ」

「任せてください、何とかしましょう」


一方で患者と母親が話をしていた。


「お母さん、私は後何年生きられるの?」

「大丈夫よ、そういえば、親戚の病院の院長先生があのカリスマ脳外科医師の村田さんを紹介してくれるそうよ」

「村田さんって、あのテレビに出る方ですか?」

「そうよ。だから今度の手術はきっと成功するわよ」

「そうだといいのですけど……」

「大丈夫よ、悲観的にならないで、恵子」

「はい」

「でも、私は手術が成功しても生まれつき体が弱いから……」

「大丈夫よ。恵子はまだ若いから、元気になれるわよ」

「ありがとう。お母さん」


そして、手術の日となった。俺は普段より緊張していた。


「よし、村田君、今からオペを開始するぞ」

「任せてください。院長」

「しかし、この子は美しい子だな」

「そうですね。それよりオペに集中しましょう」

「そうだな、いかん、いかん」


オペは無事成功した、俺は患者の女性に心を奪われた。

あまりに美しすぎたからだった。


「村田先生、患者さんは宮原恵子さんと言う方ですよ。先生は気になっているのではないですか?」

「いや、そんなことはないよ。上田さん」

「私も女性看護師ですから、ピンときました。でも、焼きもち焼いちゃうな」

「俺はオペに集中しただけだ、早く仕事をしたまえ」

「はい、村田先生」

「あ、そういえば、上田さん、宮原さんの病室は何号かね」

「505号室です。先生もしかして、会いにいかれるんじゃないですか?」

「ちがうよ、術後の経過観察だよ」

「本当ですか?」

「そうだよ」

「私は先生のファンですから、あまり仲良くしないでくださいね」

「わかっているよ、上田さん」


俺は毎日のように経過観察という名目で病室へ足を運んだ。


「恵子、村田先生よ。あなたを助けてくれた先生よ。」

「意識がしっかりしてきたようだね」

「はい、幾日かは頭の中がボーとして」

「そうだね、手術したばかりだからね。最初はそんなもんだよ」

「先生、早く外の空気を吸ってみたいです」

「そうだね、来週あたり僕が車椅子で連れて行ってあげるよ。まだ術後だから無理をしない方がいいからね」

「はい、ありがとうございます」


そして、外出の時がやってきた。俺はオペよりも緊張していた。


「確か、君は宮原恵子さんだったよね?」

「はい」

「俺は村田幸樹というけど、これからも君を応援していくよ」

「あの、村田さんですね」

「いや、僕はテレビは実は苦手なんだ」

「そうなのですか?とてもトークが上手ですよ」

「そうかな?でも、君みたいな美しい人と喋るのは苦手かな」

「それだけ、お世辞がいえるのは上手な証拠ですよ」

「そんなことはないよ」

「いえ、それに先生はとても素敵です」

「君こそ、美しいよ。本当だよ。明日も散歩にでかけようか」

「はい」


俺は毎日のように彼女と散歩をするようになった。

次第に打ち解けてきて、彼女は俺の事を幸樹さん、俺は恵子と呼ぶくらいの中になった。

しかし、入院も長くはなく退院の時期を迎えてきた。

その頃だった。


「村田君、どうかね?」

「何がですか?院長」

「宮原恵子だよ。美しいだろう」

「そうですね。でも、そろそろ退院ですね」

「いや、私が交際できるようにしてあげよう」

「いえ、それは私から言い出しますからご心配なく」

「さすがは、村田幸樹君、テレビでのトークで彼女を口説きおとしたんじゃないか」

「いえ、これからです」

「はははは、そうか、参ったよ」

「任せてください」


俺と彼女が交際するのに何も問題はなかった。

そして、退院の日を迎えた。


「恵子、おめでとう」

「ありがとうございます。幸樹さん」

「そういえば、恵子は海が好きだったんだよな」

「はい」

「今度連れていってあげようか」

「本当ですか?」

「ああ、もちろんだよ」

「私はいつの日か沖縄の離島に行きたいという気持ちが強いです」

「そうか、沖縄は遠いな」

「明後日にでも近くの海じゃ駄目かな?」

「うれしいです、幸樹さんと海にいけるだけでも幸せです」

「お願いしてもいいかな?」

「何をでしょうか?」

「恵子が作った美味しい、お弁当が食べたいな」

「もちろんですけど、私はあまり、料理が上手ではありません」

「恵子の作るお弁当が食べたいんだよ」

「本当ですか?」

「ああ」

「じゃあ、頑張って作ってきます」

「楽しみにしてるよ」


優しい海が俺と恵子を待っていた。


「わあ、きれい」

「そうだな、東京から少し離れるときれいな海もあるな」

「そうですね」

「さすがに、沖縄の海ほどきれいではないけど貝殻のひとつでも落ちていないかな」

「探してきます」

「ああ、転ばないようにな」

「はい」


恵子は美しかった。


「幸樹さん、貝殻が一つありました」

「ピンク色で開いています」

「じゃあ、その貝殻を合わせようか」

「どうするのですか?」

「こうやってくっつけるのさ」

「でも、手を離せば開いてしまいますね」

「いや、手を離さないんだよ。俺と結婚してくれないか」


俺は初デートでプロポーズした、ためらいは全くなかった。


「本当ですか?幸樹さんはトークが上手ですから……」


「本当だよ。幸せにするよ。幸せな家庭を作れるようにするよ」

「だから、俺と結婚してほしい」


「はい、ありがとうございます」

「こんな体の弱い私でいいのですか?」


「俺が必ず守ってみせるよ」

「本当に私は体が弱いのですよ」

「だから、俺が必要なんだ。そして愛している」

「ありがとうございます」


そして、恵子の両親に会いに行く事になった。


俺の両親は既に他界していた、しかし、恵子の両親は健在であったので、結婚の許可をいただくために、挨拶に行く事になった。


「幸樹さん、心配です‥…」

「どうして?」

「私の父は私を溺愛していて、結婚に賛成するか不安なのです」

「大丈夫だよ」

「そうだといいのですが……」


そして、恵子の実家に到着した。


「お母さん、お父さん、今日は大事な事を報告に来ました」

「どうしたの、恵子?」

「紹介したい方がいらっしゃっています」

「まあ、どうぞ。恵子も早く言ってくれたら片づけていたのに」

「ごめんなさい」

「どこの奴だ」

「あなた、お客さんに失礼でしょ」

「ああ、聞こえていたぞ、娘は誰にでもやらんぞ」

「お父さん……」

「あなたったら、もう。どうぞ、お上がりください」

「はい、失礼します」

「散らかっていますけど、今から片づけますので」

「いえ、おかまいなく」

「君か、恵子が紹介したいのは」

「はい、村田幸樹と申します」

「あら、あなた、テレビにでてくる村田さんじゃないですか」

「わしは、ああいうチャラチャラしたテレビに出る奴は嫌いだ」

「どうして、お父さん、そういう失礼な事を言うの」

「ところで、君はどこの大学の出身かね?」

「東京大学です」

「ほお、親の金で入ったのではないかな」

「あなた、失礼ですよ」

「で、仕事はタレントか?」

「いえ、医師をしております」

「あなた、そういえば、恵子の手術をしてくださった方よ。それに、こんなに素敵な人はいないじゃないですか」

「俺は気にくわん」

「お父さん……」

「お父様、結婚を許してもらえませんか?」

「お前から、お父様と言われる筋合いはない」

「あなた、あなた」

「うるさい、帰れ」

「わかりました、出直してきます」

「いや、こなくていい」

「わかりました」


俺は何度もお願いしたが結婚を許してもらえなかった。


「ごめんなさい。幸樹さん」

「いや、俺の力不足だよ」

「いえ、父が頑固なだけです。もう、二人だけで結婚をお願いできませんか」

「そうだね、そうしよう。ささやかに結婚式をあげればいいよ」

「はい」

「恵子が言っていた、沖縄の小さな島にある教会で二人だけの結婚式をしよう」

「ありがとうございます」


すでに、このころは俺のマンションで同棲していた。


「恵子、沖縄のこの島で結婚式をあげようか」

「いいですね。わあ、きれい。夢のようです」

「せめて、お母さんだけでも呼ぶか」

「いえ、父が許しませんので駄目だと思います」

「そうか、でも二人だけの結婚式もいいね」

「はい」

「結婚式をあげて、東京に戻って来てから披露宴でもするかな。僕の仕事関係もあるからね」

「もしかして、テレビのタレントさんとかも来るのですか?」

「ああ、そうだろうな。付き合いだから仕方ない」


幸せだった。ただ、ただ幸せだった。

そして、沖縄の小さな離島に向かった。


「わあ、飛行機からきれいな海が見えます」

「本当だな」

「海が次第に近づいてきます」

「いよいよだな」


結婚式は島の小さな教会で行われることになった。

俺と恵子は永遠の愛を誓いあった。

沖縄の海はどこまでも美しかった。


「幸樹さん、海がきれいです。透明な色をしています」

「本当だな」


バシャバシャバシャ


俺と恵子は海の中に膝がつかるまで入っていった。


「気持ちがいいですね。ほら、魚が泳いでいますよ」

「本当だな。捕まえてみるか」

「それとも、泳いでみるか?」

「そうですね、でも、水着を持ってきていません」


「俺はこのままで泳ぐ」

「ほら、見てみろ」

「気持ちいいぞ」

「ほら」


「キャア、水をかけないでください」


ははははは


「魚を一匹捕まえたぞ。そこで焼いて食べようか」

「駄目です、可愛そうです」

「そうだな、返してやるか」

「幸せです。幸せです。幸樹さん」

「ああ、俺も幸せだよ」

「どうか、神様、この幸せがずっと続きますように」

「ああ、もちろん、続くさ」

「でも、私は体が弱いから」

「大丈夫だよ、俺がついている。それとも、俺じゃ役不足か?」

「いえ、そんなことはありません」

「だから、大丈夫だよ」

「俺が必ず守ってあげるよ」

「はい」


「幸樹さん、ほら、海に夕日が沈みますよ」

「本当だな、海が紅色にそまっているな」


「はい、砂浜も白いです」

「海もきれいです」

「幸樹さんも素敵です」


「恵子も白い砂浜に負けないくらいきれいだよ」

「本当ですか?」

「ああ」

「でも、日焼けしそうですね」

「そうだな、パラソルでも持ってくればよかったな」

「はい、でも幸せです」


夕日が沈み空には満天の星たちが輝き始めた。

俺と恵子は砂浜で愛を語り合った。


「幸樹さん、生きているということはこういうことでしょうか」

「そうだね。俺は恵子がそばにいるだけで生きていると実感できるよ」

「私は幼い頃から体が弱くて海に行く事ができませんでした。でも、こうやって幸樹さんと、白い浜辺で一緒にいることができて幸せです。」

「そうだな、これが生きているということなんだろうな」

「そうですね。今度は子供達を一緒につれてきましょうか」

「そうしよう。ここで家族と一緒に過ごすんだ」

「そういう日が来るでしょうか?夢みたいです」

「ああ、必ず来るさ。家族がそろう日が必ずくるよ」

「はい。とても幸せです」

「俺もだよ」


俺は沖縄の小さな島に永遠の時を感じたのだった。

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