忘却の海~白き記憶 Ver2

虹のゆきに咲く

第1話 心に突き刺すものとは

はじめに


この作品は主人公が三人存在します。

一人は健作(僕は……)

二人目は幸樹(俺は……)

三人目は秘密です(私は……)


ストーリーが交互に進行していきますので、わかりづらかもしれませんが、ご了承ください。


恋愛小説と言えばそうなのですが……重い作品になります。

テーマは「なぜ生きているのか」です。

よろしければ、お読みください。






グサ


何だ、この音は夢だったのか。

僕は沖縄の小さな島に住んでいる。

周囲は白い砂浜と青い海にかこまれた風光明媚なところだ。

僕は加藤健作、アルコール依存症の父親と家政婦と三人で生活している。

なぜか、父子家庭で父親は仕事もしていないのに、家政婦を雇うくらいの豪華な生活をしている。

それが僕には不思議でならなかった。

朝から家政婦の声が響く。

「ご主人様、朝から飲みますと肝臓を壊しますよ」

「いいんだ、もう、早く死んだ方が……」

寂しげに言う父親だが、僕にとっては日常的な事だ。

何が原因なのかわからないけど、父は僕にとっては軽蔑に値する存在だ。


僕は高校の三年生だけど、進学はせずに大手の出版会社に就職が内定している。

大学に進学しなかった理由のひとつは、父親が一流大学を卒業したと家政婦から聞いており、酒に溺れている姿を見て育ったせいもあるかもしれない。

ああは、なりたくなかったからだ。また、就職先の優遇面も良かった事もある。

僕は高校に入学してから気になっている女性がいた。それは、同じ高校のクラスメートである正美さんだ。

正美さんと、幼馴染の和明と三人でいつも仲良く過ごしていた。いつも、仲良く自転車に乗り三人で帰っていたのだった。


和明は社交的で明るく友達も多かった。そして、同級生の女性からも人気があったのだ。僕はといえば内向的で女性と話すといえば、正美さんくらいであったのだ。そんな和明が羨ましかった。妬みもあったかもしれない。

それはある日の事だった。


「健作、就職希望の面接が決まったな。でも、なぜかお前だけ面接なしで採用なんだよな」


「そうなんだよ。不思議だよな。そういえば正美さんも同じ面接だね」

「二人とも合格するといいね」


「ああ、もちろんだよ。合格したら祝いでもするか」

「それはいいな」

「そうだろう」

「でも、俺達はまだ未成年じゃないか」

「ああ、俺の父の家が居酒屋だから、その辺はなんとかなるよ」

「それより、正美さんも誘うか」

「それはいいね、和明」

「そうだろう」


なぜ、僕だけ面接がなかったのかが不思議だった。

就職先の出版会社は東京の大手の出版会社の支店であった。

僕はどうやら、営業を任されると聞いていた。

和明も正美さんも合格できたらいいのにと、この時は想っていた。


僕はこのころから何気ない不安感に襲われていた。

夢を見たのもそのせいかもしれなかった。

しかし、それだけじゃないような気がしていた。

なぜかそれは遠い記憶のように感じたのだった。


僕は嫌な胸騒ぎがしていた。


そして、和明と正美さんは見事、就職が内定したようだった。

和明と約束していたように、三人でお祝いをすることになった。


「正美さん、健作と三人で就職祝いをしようか?」

「え、どこでするの?」

「居酒屋に決まっているだろう」

「でも、私たちは未成年じゃない」

「大丈夫だよ。任せとけって」

「どうして?」

「俺の家は居酒屋だからさ」

「そういえば、そうだったわね。でもバレたら採用取り消しになるんじゃない」

「大丈夫だよ。内緒にしておけば。な、健作」

「そうだね」


僕は生まれてから、当然のことだがお酒を飲んだことはなかった。

父親の存在もあるからかもしれない。

和明の話では隠れて、酒を飲んでいたらしい。

そして、就職祝いが始まった。


「正美さんは、お酒を飲んだことがあるの」

「和明君、あるわけないじゃない」

「まだまだ、子供だな」

「だって、子供に決まっているでしょ」

「そうだよ、和明。俺達はまだ未成年なんだぞ」

「まあ、俺だけが大人ってことかな」

「そういうことにしといてやるよ」

「大丈夫かな、健作君」

「まあ、内緒にしておこう」

「そうね」

「そうえば、正美さんはお酒は何が飲めそうかな」

「私は初めてだから飲みやすいのがいいかな」

「う~ん、酎ハイかな?でも最初は生ビールだぞ。就職先でも歓迎会があるから、今のうちに練習した方がいいかもな」

「そういわれてみたら、そうね」

「そうこなくっちゃ、な、健作」

「まあな、僕はジュースでいいよ」

「なんだ、お前も飲めよ。お前が飲まなかったら、正美さんも飲みずらいだろ」

「仕方ないな。わかったよ」

「親父、生を3杯頼む」

「お前たちもほどほどにしておけよ」

「わかっているよ」

「仕方ないな、ほら」

「おお、生が来たぜ。乾杯しようか」


「乾杯~」


「そういえば、健作は営業を任せられるみたいだな」

「お前に営業が務まるかな」


「なんとか、頑張るよ」

「そうよ、大丈夫よ」

「うん、頑張るよ」

「でも、俺は逆に事務職員だって聞いたぜ。俺的には営業だけどな」

「まあ、確かにそうだね。社交的だからな」

「正美さんも事務職なの?」

「そうよ、健作君」

「まあ、俺達で仲良くするぜ、お前だけ営業を頑張れよ」

「言われなくてもわかっているよ」


でも、内向的な僕には営業はとても不安だった。

和明が言うように僕は事務員でもよかったのだけど、仕方がない。


「和明、少しトイレに行ってくる」

「ああ、いっといれ」

「お前の駄洒落は面白くないんだよ」

「そうか、正美さん、面白かっただろう」

「そうね……」

「ほら、正美さんもそう言ってるぞ、さっさと行ってこいよ」

「ああ」


「正美さん、これから二人でどこか行かないか?」

「駄目よ。健作君もいるじゃない」

「あいつはどうでもいいんだ。俺は正美さんの事が前から好きだったんだ」

「え、本当……」

「ああ、本当だよ。正美さんのショートカットが可愛い顔に似合っているよ」

「もう、褒めすぎよ。でも嬉しい」

「そうだろう。健作がトイレから帰ってくる前に行こうか」

「やっぱり駄目よ」

「俺の事が嫌いなのか?」

「いえ、そうではないけど……」

「俺の事をどう思っている?」

「それは……」

「嫌いじゃないだろう?」

「うん……」

「じゃあ、行こう」

「でも、いいのかな……」

「大丈夫だって、明日、俺がごまかすから」

「わかった」

「じゃあ、すぐにでも行こう」

「うん」


トイレから帰ってきたら、誰もいなかった……

僕はすぐに気づいた。

やはり、僕の片思いだったんだと、そう気づいたんだよ。


「健作君、そういえば、あいつは正美さんと二人でどこかへ行ったよ」

「君は行かなくていいのか?」

「いえ、僕は聞いていないので」

「そうか、あいつにはきつく言っておくからな」

「いえ、大丈夫です」


翌日になって、和明が僕に話しかけてきた。


「健作、悪い、悪い、実は正美さんが気分が悪いって言うから、家まで送り届けたんだ。お前に黙って行って悪かったな」

「いいよ、わかっているよ」

「そうか、まあ、そういう事だ、お前も正美さんの事が好きだったんじゃないか?」

「いいよ、ほっといてくれ」

「ああ、お前もいずれ、可愛い彼女ができるよ」

「余計なお世話だよ」


僕はやはり寂しかった、そして、和明が羨ましかった。

僕ももっと積極的になれればいいのにと思ったけど、こういう性格だから仕方ない。


季節は春であったが、僕の中には冷たい風が吹いていた。


僕はやはり、寂しかった。

どうして、和明みたいに積極的になれないのだろうか。

正美さんへの片思いより、自己嫌悪の方が強かった。

会社に入って営業が上手く出来るかが心配だ。

父親のせいにしたくないけど、僕は父親に似たのかな。

いずれは、僕もそうなるのだろうか。

そう思うとより不安になってきた。

相変わらず、家に帰ると父親は酒を飲んでいる。

僕は白髪でやせ細った父親を見ていると将来の自分が見えてきた。

自分もそうなるのだろうか。

そうなるのだろうか。

そう思うと辛かった。


家政婦が僕の様子に気づいたのか話しかけてきた。


「健作さん、元気がないですよ。何かあったのですか?」

「いえ、何もないです」

「そうかしら、顔色も悪いですし、心配です」

「そうですか?」


「はい、私はもう若くはないからいいけど、健作君は将来があるから……」

「それに、就職先も決まったのですよね」


「毎日、睡眠はとれていますか?ちゃんと眠れていますか?」

「いえ、それが最近よく眠れなくて」

「一度、この島の診療所で診てもらった方がいいのではないですか?」

「いえ、大丈夫です」


僕は体調が悪いとは思っていなかった。ただ、自分が嫌なだけで心の問題だと思っていた。その時は……


いよいよ、就職先の初勤務の日であった。


「よう、健作、今日から勤務だな。俺と正美さんは事務職、お前は営業か、頑張れよ」

「言われなくてもわかっているって」

「まだ、根に持っているのか」

「いや、そんなことはないけど、もういいよ。ほっといてくれ」

「わかった、わかった。まあ、今日から俺達はライバルって訳だな」

「まあ、そういう事にしておくよ」

「元気をだせ、健作。頑張れよ、営業をな。今日は初めての挨拶周りだろう」

「ああ、そうだ」

「ネクタイが少し変だぞ」

「わかったよ」


僕が上司の佐藤さんに初めて出会った時のことだった。


「君が加藤健作君かね」

「はい、よろしくお願いします」

「君があの……」

「どうしたのですか?」

「いや、なんでもないよ。今日から一緒に頑張ろう。早速挨拶周りに行くぞ」

「はい」


僕は佐藤さんの言葉が気になった。よほど、僕の父親の評判が悪いらしい。

そう思うと、もっと父親が憎くなった。

でも、僕はあの父親の息子なんだ。

母親は僕の記憶の中には存在しない。

家政婦の話によると若い頃に別れたと聞いている。

僕の母親はどんな人だったのだろうか。

よく、そう思う事がある。


そして、挨拶周りが始まった。


「失礼します。今日は新人を連れてまいりました。」

「先日は私どもにお付き合いいただいてありがとうございました」


「ああ、いつも、接待してくれてうれしいよ。そういえば隣は君の部下かね?」

「申し遅れました。今日から入社したばかりの加藤健作といいます。どうかご指導のほどお願いします」

「そうか、仕事が出来そうな顔をしているよ」

「いえいえ、今から私が育てていきますので」

「そうだな、若いというのは夢があるな。私も若い頃があったよ」

「そうですか、社長は若い頃は女性にモテていたのではないですか」

「まあ、どうかな、人並みといったところだよ」

「また、ご謙遜なさって」

「そんなことはないよ。それより、健作君といったな。君もいい面構えしてるじゃないか」

「ここだけの話ですが、彼は面接なしの採用の子ですよ。以前、お話したじゃないですか」

「ああ、この子か、そうだな、健作君も運がいいよ」

「そうですよ、社長、これからもビシビシご指導ください」

「ああ、よろしくな」

「はい、頑張ります」

「健作、もっと大きい声で言わないと」

「まあ、いいよ、新人だからな、時期になれてくるよ」

「はい、頑張ります」

「そうだ、その感じだ」


僕にはこの時は何を意味するかわからなかった。


「よかったな、社長から気にいられて」

「佐藤さん、僕の父親は何かあったのですか」

「いや、それはだな、まあいいじゃないか。それより仕事の事を考えなさい」

「はい、わかりました」

「そうだな、今日は俺がおごってやる、一杯どうだ。あ、そうか君はまだ未成年だったな」

「はい」

「じゃあ、食事にでも連れて行ってやるぞ」

「ありがとうございます」


月日はいつの間にか二年を経過していた。僕は20歳になり成人になった。

和明と正美さんは、交際が続いていた。


「和明さん、昨日はありがとうございました。新車は素敵でしたね」

「そうだろう、オープンカーでカッコよかっただろう」

「はい、また、乗せてください」

「おっと、健作がいたな。お前は車の免許はまだだったな。そういえば」

「ああ、営業で忙しいんだよ」


「そういえば、佐藤チーフが運転してくれているんだな」

「不思議だな、新人のお前が運転すべきなのにな」


確かに不思議だった。佐藤チーフは僕に優しかった、優しかったというよりは気を使ってくれていたような気がする。

それが、不思議でならなかった。


父親と何か関係があるのだろうか?僕はそう思っていた。

しかし、今はアル中だ。どうしようもない奴だ。

若い頃は働いていたそうだが、何をしていたのだろうか?

家政婦に以前に聞いたけど、サラリーマンだったとしか返事が返ってこない。

佐藤さんが僕に気を使うほどの事はないと思っていた。


その時はそう思っていた。

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