二章 異世界生活もいろいろある(7)


   ○


 それからも俺は、ガイハックさんとミアレッラさんにお世話になりながら暮らしている。

 二階の部屋に無償で泊めてもらっているのは、やっぱり心苦しい。

 なので、昼間は食堂の給仕を手伝うことにした。

 ランチタイムはもの凄く忙しいのだ。

 ミアレッラさんの料理は、すっごく美味しいからね。

「タクト、これは五番のお客さんだよ」

「はい!」

 バイトで、レストランのホールをやったこともあるから慣れたもんさ。


 少しずつ常連さんとも、いろいろと話すようになった。

「今日は、野菜煮込みとシシ肉焼きだよ、ロンバルさん」

「おお、うまそうだな! タクトは魔法師なんだろ? いいのか、練習しなくて」

「ちゃんとしてるよ、練習も。でも、今の時間は手伝いが優先」

「そうか、ちゃんと【付与魔法】が使えるようになったら、おまえさんにも頼むからな」

「ああ! いろいろできるようになったら、やらせてもらうよ!」

「タクトー、できたよー」

「はーい!」

 こういう何気ない感じ、ホントいいよな。


 隣から時々カン、カンとつちを打つ音が聞こえる。

 日用品や魔道具の手入れと修理専門の鍛冶師である、ガイハックさんの仕事場からだ。

 食堂と同じ入り口だが、すぐ左手に入るとカウンターがある。

 そこで修理品を受け渡ししている。工房はその奥だ。

 裏庭からも、食堂のちゅうぼうと行き来ができる作りになっていて便利だ。

 昼時の食堂での手伝いが終わると、俺は工房でガイハックさんの修理を見せてもらっている。

 ちょっと手伝ったり、色々な素材について教えてもらったりして過ごす。


 夕食時に、また少し食堂の手伝いをする。

 でも、暗くなったら子供はダメだと、すぐに引っ込まされるのだ。

 子供……なので仕方ない。

 夕食後に三人で、お茶を飲みながらいろいろと話をする。

 今日来たお客さんのこととか、どんなものを修理したとか。

 お客さんが教えてくれた、町で聞いた話なんかも。

 ……本当に、家族みたいに。


 その後は部屋に戻って、俺は文字の練習をする。

 表紙に『このノートに書かれた文字は魔法が発動しない』と書いたノートを作った。

 これなら、何を書いても大丈夫。存分に、カリグラフィーを練習できる。

 まだ慣れない空中文字も練習する。

 これは魔法が発動しないノートには、インクが乗らなかった。

 この文字自体が、魔法だからだろう。

 なので、別の紙で魔法が発動しても大して変化しないような単語を選んで練習している。

 空中文字の魔法は万年筆だけでなく、筆にインクや墨をつけても書くことができた。

 まぁ、書道もカリグラフィーのひとつではある。

 ただ、筆の場合は空中文字だと途中でぽたっと墨が落ちてしまい、文字が崩れることがあった。

 筆を使う場合は、インクや墨の量にかなり気をつけないといけない。

 そして、あまり長い文言には向かないようだ。

 空中文字では墨の付け直しができないし、文字が掠れると効果がかなり落ちる。

 相当練習しないと、綺麗に書けないだろう。

 書道でなら縦長の紙に、おふだみたいのを作ってもいいんじゃないかな。

 おんみょうみたいで、ちょっとカッコイイじゃないか?

 こんな検証と練習も、夜の十二刻……日本時間だとだいたい夜の十時くらいまでと決められていた。

 ちゃんと寝ないと、ミアレッラさんにめちゃくちゃ怒られるのだ。

 ……前科があるから仕方ない。


 そして朝。

 天気が良ければ、俺は店の前を軽く掃除してから、ランニングに行く。

 体力作りは、やはり魔法だけに頼っていてはできないようだから。

 心身共に健康だと、いい文字が書ける。はずだ。

 朝の町を走るのは気分が良いし、町の人達と挨拶を交わすのも悪くない。

 時々、早起きのリシュレアばあちゃんと、彼女の店の前で話をしたりする。

 俺はじいちゃんとか、ばあちゃんには弱いのだ。

 リシュレアばあちゃんの店は手芸工房だ。綺麗なししゅういとを沢山売っている。

 アレに魔法を付与できたら、凄い刺繍ができたりしないかなぁと思っている。

 いつか試してみたい。


 朝食の時間までには家に戻る。

 三人で朝ご飯を食べて、ミアレッラさんと一緒に厨房で食堂開店の準備をする。

 食堂は五刻四半時、日本時間の午前十時半からだ。

 そしてまた、ランチタイム。

 そんな風に一日が回っていき、楽しく、ゆったりと時間が過ぎていく。


   ○


 俺がこの町に来て、一ヶ月近くが経った。

 少しずつこちらの文字も覚えてきて、【文字魔法】の勉強も進めている。

 今日は昼に随分お客さんが来て、食堂は大忙しだ。

 そういう、くそ忙しい時に限って変なやつってのは来るものだ。

「おまえか? 『嘘つきのタクト』って」

 ……誰だよ、こいつ。

 初対面の人間に向かって、しかもこの忙しい時間に。無視だな。

「おいっ! なんで無視するんだ!」

「俺は『嘘つき』じゃねーから別人だ」

 ……て言うのが、嘘だけどね。

 人間、生きてりゃ、何度かは嘘くらいつくって。

 でも会ったことのないやつに、文句言われるようなことじゃない。

「そこ、入ってくるお客さんの邪魔だからどけ」

「え? あ、わりぃ……」

 こいつ、意外と素直。でも、更に無視。


 俺はそいつに一切構わず、給仕を続けた。

 そいつはお客さん達の視線に居たたまれなくなったのか、表に出て行った。

 ちゃんとけん売る度胸もねーなら、突っかかってくんな。

 見た目は子供だが、心はアラサーおじさんにメンタルで勝てると思うなよ。

 腕力は自信ないけどな!

「ミトカのやつ、何を言ってんだか……」

「知ってるやつなの?」

「うちの近くの木工工房の弟子だ。おまえと同い年……十八だったかな?」

「俺は十九歳だよ、ロンバルさん」

 ロンバルさんの木製食器の店は、たしか南西・橙通の六番だ。

 この町では、店に個別の名前をあまりつけない。

 名前だけ言われたって、どこにあるか判らなくちゃ意味がないからだ。

 この食堂も『南・青通三番の食堂』って呼ばれてる。

 凄い、効率重視な感じ。


 それから一時間くらいして、やっと一息ついた。

 まだ食事中のお客さんもいるけど、ピークは越えた感じだ。

 そしたら、またあのミトカってやつが入ってきた。こいつ、外で待っていたのか?

「おまえか? 『嘘つきのタクト』って」

 あ、やりなおした。なかなかの強者つわものじゃねーか。

「ミトカ! いい加減にしろ」

「あ……ロ、ロンバルさん? なんでまだいるんだよっ」

「飯はゆっくり食うもんだからな」

 そう、この町の人達には食事をゆったり楽しむ習慣が根付いているのだ。

 特に昼食には、三時間近く掛けて、食事・デザート・お茶を楽しむ人もいる。

「なんで俺が『嘘つき』なんだよ? ちゃんと説明できたら話、聞いてやる」

「お、おまえ……っ! 嘘つきと話なんか……」

「じゃ、帰れ」

「聞けよ!」

「初めて会った人を、根拠なく嘘つき呼ばわりするようなやつの話なんて聞きたかねぇよ」

 あくまで上から目線。

「証拠もないくせにそういうこと言うやつ、大嫌いだしな」

「ガンゼールさんに嘘ついただろ!」

 ……ガンゼール……って誰だっけ?

 あ! あの医療事故の医者か!

「ガンゼールって人が、そう言ってるのか?」

「そうだよ! 魔法も使えないくせに、付与魔法師だって言って迷惑掛けたんだろ!」

「その人に、俺は一度も会ったことがない」

「え……?」

「ガンゼールって人を俺は知らないし、会ったことも話したこともない」

「……嘘だ」

「それに、俺は一度も誰かに、自分が付与魔法師だって言ったことはない」

「嘘だ!」

 ミトカは随分と、そのガンゼールってやつに傾倒しているんだなぁ。

「おまえ、初めから俺の話を信じる気がないなら、なんで話しかけてきたんだよ?」

「ガンゼールさんはいい人だ! 俺達みたいなのにも優しいし……」

「俺にとっては、会ったこともないくせに俺の悪口をふいちょうする悪いやつだ」

「……おまえ、本当に会ったことないのか?」

「信じなくてもいいよ。でも事実じゃないことをこれ以上言いふらすようなら」

 ちょっと脅しちゃおうかな。オトナゲなく。

「おまえもその人も、絶対許さねぇから」


 ロンバルさんが、溜息混じりに割って入る。

「タクト、そう熱くなるなって」

「名誉の問題だからね。こいつの方が嘘つきだって認識させないと、俺が認めたことになる」

「ミトカ、タクトは嘘は言ってないぞ。こいつは一度も自分を付与魔法師と言ったことはない」

「……ロンバルさん……で、でも」

「ガンゼールがなんて言ったかは知らんが、タクトは嘘つきじゃないよ」

 ……ありがとうございます、ロンバルさん。

 実はちょっとムキになり過ぎて、着地点を見失っていました。

 ロンバルさんの言葉に、ミトカは黙ってしまった。

 ミトカにとって、ガンゼールはいい人なのかもしれない。

 でも、俺にとっては『絶対関わりたくないやつランキング』の第一位になった。

 そのままミトカは去っていったが、最後まで俺をにらんでいた。

 絶対に、また絡んできそうだ……


「……おさまったかい?」

「すみません、ミアレッラさん」

「いいんだよ。あんなこと言われて、黙ってる方がおかしいからね」

 子供の喧嘩だから見守っていてくれたんだな。

「でも、タクトはよくあいつを殴らなかったなぁ? 俺ならぶっ飛ばしてたね」

「やめとくれよ、デルフィーさんったら。タクトは暴力なんて振るわないよ!」

「あはは……腕力は全然ですからね、俺」

「いいんだよ、それで! 殴り合いだなんて、冒険者じゃあるまいし!」

「そりゃ、そうだな」

 冒険者ってやっぱり、そういう方法で解決する人達なんだ……

「まぁ、あれで帰らなかったら、あたしがぶっ飛ばしていたかもしれないけどね」

 ……ミアレッラさん?


 こうして初めての同世代との交流(?)は終わった。

 同世代……と、言っていいのか疑問だが。

 今後も良い関係には、ならなそうである。

 まあ、つまり、


 大失敗だ。



   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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