二章 異世界生活もいろいろある(6)
じゃあ……家族には、俺のことも、ある程度知っておいてもらった方が良いな。
で、話そうとしたら、一度ガイハックさんに制止された。
「それは、本当に話して大丈夫なことか? 秘密なんてもんは、一度でも口に出したら広まるぞ?」
「秘密……じゃないですけど、ガイハックさんがぺらぺら
「人なんて、知ってることをずっと確実に黙っていられるとは、限らねぇ生き物だぞ」
「ガイハックさんでも?」
「当たり前だ。いつでもちゃんと意識があって、脅されてねぇとは限らねぇってことだ」
そうか……薬や暴力で無理矢理自白させられる可能性も、家族を盾に脅されることもあるかもしれない。
そんな時まで、他人の秘密を話さないでいられる保証はない。
俺だって、多分話しちゃうもんな。
他人に自分の秘密を共有してもらおうなんて、虫のいい話ってことだ。
「大丈夫です。俺だって、そこまで話さないです」
「……おまえが大したことないと思ってることが、とんでもねぇ場合もあるんだけどな」
う、それは否定できない。
なにがとんでもないってレベルなのかまだよく判っていないから、慎重にいこう。
「まず……俺は、まだ正確には【付与魔法】を使えないんです」
「は?」
「俺の故郷の物だって言ったあの欠片、えーと、これです」
「ああ、俺の傷口に当てたやつだな?」
「そうです。この道具で書くと魔法になるんですけど、この欠片以外には書けないんです」
俺は手近にあった布に、万年筆で字を書いてみせる。当然、文字は滲んで読めない。
「ね? 他の物には、まだ書けないんですよ」
嘘は言っていない。空中文字を使っていないだけだ。
「つまり……この欠片以外だと、魔法の効果は出ないってことか?」
「はい。未熟なもので……それで練習していて、昨日は魔力を使い過ぎちゃって」
これも本当だしね。
「この欠片に書いたものも……えっと、仕方ないか。ちょっと借ります」
近くにあったガイハックさんのナイフで、腕を浅く切る。
「ばかっ! 何を……!」
「大丈夫ですって。……ほらね」
俺は欠片に文字を書き、傷を半分だけ治してみせた。
「……全部は、治っていないじゃねぇか」
「はい、必ず全部治るってもんでも、ないんです」
まぁ『傷を半分だけ治す』って、書いたからなんだけどね。でも嘘じゃない。
「じゃあ、俺の怪我が全部治ったのは?」
「偶然です。偶々、あの時は上手くいっただけなんです」
これも本当。あんなに治るなんて、思ってなかったんだから。
「それに、見てください。文字が薄くなってるでしょう?」
「本当だ……さっきまで青かったのに、色がなくなってやがる」
「こうなるともう、なんの効果もないんです」
何度か傷に当てても、全く傷は治らない。
『一回のみ』って、回数制限を書いたからなんだけどね。
「一度だけしか、使えねぇってことなのか!」
「そうです。で、もう一度上から同じことを書いても……」
「……傷の治りが悪いな」
「効果は、ほぼなくなってしまうんです」
これも上から同じようになぞっても、効果は低いって検証済の事実。
綺麗な字で書かなかったんで、大した効果が出なかったってのもあるけどね。
「この欠片じゃねぇとダメで……効果は一定じゃなくて、しかも一度だけ、か」
「はい、まだ魔法を使えるようになったばかりですから」
三日前からね!
「はははははっ! そうか! こりゃ、俺が先走っちまったなぁ」
「いえ、ちゃんと言わなかったんで、俺も」
「そうだよなーぁ、おまえ、まだ子供だもんな! 魔法だって、そこまで使えねぇよなぁ!」
……オトナですが、ここは未成年免罪符を利用しよう!
できないのは子供だからってことで、他をスルーしていただこう!
ガイハックさんは、明らかにほっとしたような顔になった。
安心してもらえるなら、俺のプライドなんて、どーでもいいや。
○
ガイハックさんとの話が一区切りついて、俺は一度部屋に戻った。
あとで魔法師組合に行って、俺の現状を報告しようと言われた。
そうしておけば無茶な依頼などは来ないだろうし、断りやすくなるということだ。
それにしても……回復できる魔法師が少ないってのは、びっくりだった。
一番、需要が多そうなのにな。素質の問題なのか?
なんにしても、気をつけなくちゃな。
そうだ、偽装して身分登録しちゃったから、本当だとどういう表記になるのか確認してみよう。
変化があると内容が更新されるみたいだから、きっと変わるはずだ。
コレクションから役所で書いた紙を取り出して、ふたつに折る。
こうすれば【文字魔法】は発動しないはず。
そんで……ドッグタグ、じゃない、身分証……っと。
取り出して、両手で持つと細かく振動してわずかに光り、大きくなった。
んん?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
名前 タクト 家名 スズヤ
年齢 19 男
出身 ニッポン
魔力 2685
【魔法師 三等位】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【文字魔法】……は、いいとして、【付与魔法】もちゃんと使えるようになってる。
空中文字を使えるようになったからか?
【蒐集魔法】ってのはコレクションのことかな。
そうか、アレも魔法か。だよな、うん。
魔力が増えてるのも気になるけど、なんだ、この年齢?
……じゅうきゅうさい?
なんで? なんで? なんで若返ってるの?
これじゃ、マジで子供じゃねーか! あっちの世界でも、成人前じゃねーか!
いや、今は選挙権あるし、成人式も十八歳だから……微妙か。
でも俺の感覚では、大人は二十歳から、なんだよな。
あ、鏡! こっちに来てから、鏡を見ていなかった。
窓
確か、仕事用の鞄の中に手鏡があったはずだ。
カルチャースクールは、基本的におばさま達相手だから『身だしなみは必ずチェックして!』ってきつく言われてたんだよ。
鏡に映っていたのは……明らかに若返った顔だった。
こりゃー、誰が見ても子供だわ。異世界って、来ると若返るものなの?
「とにかく、隠しておきたい項目が表示されないように、書き換えよう」
『身分証に『家名スズヤ』【蒐集魔法】は表示されない』
家名なんて項目がわざわざ出るってのは、きっと意味があるからだ。
面倒事かもしれないから、隠しておく。
【文字魔法】は……説明できるけど、【蒐集魔法】の方は説明できない。
特殊なものでないと判ったら、表示すればいい。
中に入ってるものを出せって言われたら困るし。
『魔力は『2300』で表示』
これもあまり多いとマズイらしいし、一日で三百八十五も上がっていたら
『いかなる鑑定魔法でも、身分証の表示以外のことは鑑定に出ない』
うん、いきなり魔法を使われることはないと思うけど、用心に越したことはない。
小心者で結構。自己防衛だよな。
年齢は……毎年書き直すの面倒だし、この外見だし。
役所の記載違いってことにしてもらっちゃおう……ごめんなさい……役所の皆さん。
そして書いた紙をコレクションにしまって、もう一度身分証を確認する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
名前 タクト
年齢 19 男
出身 ニッポン
魔力 2300
【魔法師 三等位】
文字魔法 付与魔法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うん。これでいいや。
……魔法師組合に、年齢の訂正も伝えておこう。
更に子供期間が長くなってしまう……早くオトナになりたい……
魔法師組合にやって来た。
ガイハックさんがラドーレク組合長に俺のできること、できないことを説明してくれた。
上手いこと【回復魔法】のことは伏せてくれて良かった。
ちょっとガイハックさん、過保護過ぎないかなぁとは思ったけど甘えておこう。
ありがとうございます。
「そうか、ガイハックが確認した通りなら、まずは安心だね」
「ああ、目の前でやって見せてくれたからよ。間違いねぇ」
「良かったよ、あまりに優秀過ぎる未成年は本当に危険だから」
狙われるってやつ?
「魔法が不安定なのに、おだてられて使って大怪我……なんてこともあるしねぇ」
……物理でも、大変なことになるんだな。マジで気をつけよう。
その後、簡単に実演してみせて、ラドーレクさんはすっかり納得してくれた。
流石に回復はまずいから、少しの水を出しただけだったけど。
「あ、あのぅ、もう一度、身分証を見てもらえたりしますか?」
「ん? 一度登録してるから、別に確認しなくてもいいよ?」
「いえ、さっき大きくしてみたんですけど、なんか文字が初めと違う所があって……」
「文字が違う?」
「ああ、こいつはまだ、こっちの文字が読めねぇんだよ」
ガイハックさん、ナイスフォロー。
「はい、故郷と全然違うので、これから覚えようと……」
「そうか、じゃあ確認してみようか。ん……? おや?」
石板に乗せた身分証から映し出された文字を読んで、ラドーレクさんが首をかしげる。
ですよねー、年齢、変ですよねー。
「タクトくん……きみ、十九歳なのかい?」
「実は……なんで二十三歳って出たのかずっと不思議で。それ、直っているんですか?」
「うん、十九歳になってるね、今は」
「おいおい、なんだそりゃあ? 役所の鑑定魔法が間違えるなんて、あるのか?」
「初めてだよ……もしかしたら、君が他国の出身だから年齢の換算が狂ったのか?」
「ああ……暦が違うって国も、あったな。そうか、それでか」
そうなんですか?
暦って、全世界共通じゃないのか。あ、グレゴリオ暦と太陰暦みたいな違いか?
「それと【文字魔法】って初めて見たよ。さっき説明してくれたやつだね」
「そうです。俺の故郷の文字なんで、こっちでは認められていなくて出ないんだと思ってました」
「なるほどな……じゃあ、おまえは文字魔法師でもあるってことか」
文字魔法師……!
いいな、うん、嬉しい。嬉しいついでに贅沢、言っちゃおうかな。
「文字魔法師……故郷では『カリグラファー』って呼ばれているんです」
「ほう、美しい響きだね、カリグラファーか」
「うむ、いいな。おまえに似合ってるじゃねぇか」
くくぅ! ふたり共、いいこと言ってくれるなぁ!
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