二章 異世界生活もいろいろある(5)


   ○


「すまねぇ、脅かしちまったかな。でもよ、こういうことが起こることがあるって解ってて欲しいんだよ」

「はい、大丈夫です。俺、魔法の使い道が解って、少し浮かれてたのは事実ですし」

「おまえの魔法は、きっともの凄く役にたつだろう。多分、おまえの想像以上の効果を上げる」

「……大袈裟ですよ」

「そんなこたぁない。【回復魔法】にしろ、それ以外にしろ、おまえの魔法はおそらく全部強力だ」

 ……そうかもしれない。魔力量も珍しいくらい多いらしいし。

「おまえの魔法を求めて、遠方から来るやつだっているかもしれない」

「……」

「でも、その魔法を使うか使わないか決めるのは、おまえ自身だ」

「俺、自身……」

「そうだ、誰がなんと言おうと、どんな状況だろうと、たとえ大勢の命がかかっていようと、おまえ自身を犠牲にしてまで、その魔法を使わなくていいんだ」

「でも……大勢の命がかかっていたら……」

「いいや、おまえはまず、自分のことを考えろ。自分が幸福になることを、だ」

「……利己的に感じます」

「そうだな。はたから見ればそうだろう。でもな、自分の幸福を考えられるのは自分だけなんだぞ」

「自分の幸福を優先しろってことですか?」

「そうだ。誰もおまえの幸福を優先してはくれない。おまえ自身の幸福は、おまえが護るべきたったひとつのものだ」

 いいのかな……そんなんで。

「後ろめたいか?」

「少し」

「自分の幸福より、他人の幸福に価値があるというならそれでもいい。でも絶対違う」

「……」

「自分の幸福も他人の幸福も、同じ価値なんだ。自己犠牲なんて、全く意味がない」

 自己犠牲……とても、美しい言葉なのかもしれない。けど、俺もこの言葉は嫌いだ。

 その上に立って涙を流すやつらは、絶対に自分を犠牲にしないからだ。

 そして感謝されたって、犠牲になった人は幸福にはならない。

「幸福の価値は同等……っていうのは、わかります」

「うん、それだけでも解りゃいい」

 ガイハックさんは、強くて優しい。だから、そう言い切れるんだ。

 俺は、そんなに強い心を持てるだろうか。

「まぁ……最終的に決断するのは、おまえ自身だ。どう生きるか、何を選ぶか、全部」

「はい」

「俺は、多分おまえがすることに反対したりもすると思う」

「……なるべくしないで欲しいですね」

「するさ。おまえが、自分を大事にしないような決断をしそうならな」

「はい……」

「いいか、自分が嫌なことはしなくていい。どうしてもしなきゃいけなくても、最後まで別の道を探すことを諦めるな」

「きつそう……」

「頑張れとは言わねぇ。ただ、責任が取れること以外は、絶対にするな」

「はい」

「責任ってのは、他人に対してだけじゃねーぞ? 自分自身の心に対しても、だ。自分を裏切るようなだけは、しないでいろ」

 ガイハックさんって、本当にお節介で、説教好きで……いい人だなぁ。

「お、おい、別にいじめてるわけじゃねーし、怒ってるわけでもねぇからな?」

「解ってますよ、でも、人にこんなに心配してもらえるの、凄く久しぶりだから……」

「タクト……」

「ちょっと……いえ、結構、うれしいなって、思ってるだけです」

 俺にとって一番大切なこと、大切にしたいことをもう一度考えよう。

 それで、自分の行動を決めれば、きっと後悔しないだろう。


   ガンゼールとガイハック 


「おい、今日はいるんだろうな? あの子は」

「……何の用だ、ガンゼール」

「昨日話したかったのに、おまえがなかなか連れて帰らないから、今日になっちまったんだよ」

「だから、何の用があるんだと聞いている」

「とにかく会わせろ! タクト……だったか? 二階か?」

「ダメだ! 今は具合が悪くて寝てる」

「起こせよ! 急ぐんだ」

「タクトがおまえの言うことをきく必要なんかない!」

「あー、わかった、悪かったよ。そうムキになるなよ」

「……出て行け。会わせるつもりはないし、おまえの言うことを聞かせるつもりもない」

「【付与魔法】が使えるんだろ? うちの器具や、部屋の防毒付与を頼みたいんだよ」

「そんなこと、他の魔法師にやらせろ」

「できるやつがまだこの街に来ていないから、頼んでるんだ!」

「おまえの態度は、人に物を頼む態度じゃない。出て行けと言ってるんだぞ、俺は」

「これから、角狼にやられる患者が増えるんだぞ?」

「防毒付与なんて、おまえが部屋の清掃や器具の煮沸を横着したいだけじゃねぇか」

「ぐ……で、でも、やっておかないともし毒が散ったら……」

「それを綺麗にすることを含めて、おまえの仕事だろう」

「やってる暇がなくなるんだよ、清掃なんて!」

「どうしても必要なら、馬でも走らせて付与魔法師を迎えに行けばいい。結局、おまえが楽したいだけだ」

「あの子ができるならその方が早いし、大勢の患者が救えるんだぞ?」

「患者を救うのはおまえの仕事だと、何度言わせるんだ。あの子には、なんの責任も義務もない」

「でもよ……」

「加えて言うなら、俺が、おまえに便宜を図ってやる義理もない。もう一度言うぞ? 出て行け。おまえをタクトに会わせるつもりはない」

「……今度うちに治療に来たって、診てやらねぇからな」

「ほう……命を脅しに使うのかよ、医者のくせに」

「くそっ! もういい! 帰りゃいいんだろ!」

「ああ、そうしてくれ」


   ◇◆◇


 ガイハックさんがこんなことを言い出したのは、俺が寝ている間の来客のせいらしい。

 ガンゼールさん……?

 ああ、組合の受付で見た人か。医者だったのか。

 俺に無理矢理会おうとした理由が、防毒の【付与魔法】を掛けて欲しいから……という話だった。

 どうも状態維持系の【付与魔法】は魔力を多く使用するため、長期間の付与が難しいらしい。

 優れた魔法師でも半年から九ヶ月、普通なら二ヶ月から四ヶ月くらいまでということだ。

「でも、断った」

「なんで……?」

 まぁ、俺のためを思って……だろうな。

「ガンゼールは……元は悪いやつじゃあねぇんだが、ちょっと自分勝手が過ぎてよ」

 医者が自分勝手って怖い……

「親父さんは凄腕のいい医者なんだが、それがあいつには負担だったのかもしれねぇ……」

 偉大な父親を持つプレッシャーってやつか。解らなくはないけど。

「……ぜいたくな悩みですね」

「ははは、そうなんだけどな。あいつも頑張ってはいたんだよ」


 あの事件が起きるまでは……と、ガイハックさんが聞かせてくれた。

 独立して、自分でも医者として開業を始めた頃にあった事件のようだ。

 防毒の魔法を付与してもらったのに、角狼の毒が部屋に残留していた。

 たまたまその時に治療していた患者に、運悪くその毒が付着してしまったらしい。

 その患者は両足が動かなくなった……という話だ。


「アレはあいつが横着して、掃除をちゃんとやらなかったせいだ。器具にも毒が残っていた」

 医療事故ってやつか。

「……もしかして、ガンゼールさんは、それを付与魔法師のせいにしたんですか?」

「そうだ。効かねぇ魔法で大金とりやがったって騒いでな」

 ひでぇ話……そっか、このことがあったから、ガイハックさんはいろいろ言ってくれたんだな。

 善意でやっても、仕事でやったとしても、失敗は発生する。

 わざとじゃなくても、その不運に当たってしまった人は恨めしく思うだろう。

 でも明らかに、すべきことをしていないなら別だ。

 事故の調査で、魔法師組合と医師組合とで部屋と器具の魔法の状態を確認したらしい。

 その結果、魔法に不備はなくその防毒効果を超える毒が残っていたことがわかったようだ。

 つまり、ガンゼールさんの衛生管理不十分ってことだった。

「それ以降、この町の付与魔法師は、やつの依頼を受けなくなった」

「だから、別の町の魔法師に頼んでいたんですか」

「でも今年は、いつもより早く毒の患者が出そうだからな。頼んでいた魔法師がまだ来られねぇんだ」

 それで、事情を知らない俺に、魔法を使わせようとしたのか……

「断ってくださってありがとうございます」

「……家族なら当然だ」

 家族……?

「不思議そうな顔すんな! ひとつ屋根の下に暮らしてりゃ、家族なんだよ! 一時的でもな!」

「……はい!」

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