二章 異世界生活もいろいろある(4)


   ○


 検証を繰り返す。

 そして、工房の人達から聞いた【付与魔法】と比べてみる。


【付与魔法】

 効果が発動するように物品に直接、魔力を込める。

 文字で書くのは発動条件というより、込めた魔法が消えないようにする封印。

 文字が消えたり欠けたりしても、すぐに魔力はなくならない。

 魔力さえもう一度供給すれば、何度でも同じ効果が発揮される。

 ものによってはその魔法の発動、効果維持のために使用者の魔力が必要。

【文字魔法】

 書いた文字そのものに、魔力が宿っている。

 文字で書かれた意味が、現象として発現・維持される。

 文字が消えたり欠けたりすると、全く効果を発揮しない。

 消えた部分だけ書き直しても、効果は格段に劣る。

 使用者本人の魔力は、おそらく必要ない。


 これは……求められている【付与魔法】とあまりに違うのでは?

 付与魔法師ってこと自体が、詐称になるレベルの違いではないのか?

「つまり、俺が考えなければいけないことは……」

 文字が消えないようにする方法。これが一番大事で、一番……難しい。

 なにせ、付与したい物品に直接書けなければ【文字魔法】を書いた紙をずっと触れさせておくしかない。

 書かれている文字が見えるように、でも消えないように……

 大きさ制限もあるし、なにより美しい文字でなければ、より良い効果は得られない。

 試しに、彫ったあとにペンで文字を書いてみた。

 だが、字が汚いと判定されたのか、なんの役にもたたない程度の効果しかなかった。

 ……彫刻やレリーフで、美文字なんて無理。

 だって俺、文字書きだもん……


 こういう時は、心を落ち着けるために大好きな文字を書くに限る。

 カリグラフィーは、最近練習していなかった。

 久々にゴシッククアドラータとかで書いてみちゃうかなー。

「うーん、何にしようかなー」

 書く単語を考えながら、空中でスペルをつづる。

 ……空中に……文字が浮かんでいる? インク漏れ? いや、浮いてるし。

 俺は手に触れていた金属板を、そっと近づけてみた。

 銅板に、青いインクの文字がくっついた。

〝SILVER〟

 そう、俺が空中で書いた単語。

 俺が頭の中で組み立てていたゴシッククアドラータの書体で、銅板に文字が書かれてる。

 そして、銅板が銀に変わっていた。


   ○


 銀色になったんじゃない。材質が、銅から銀に変わったようだ。

 いや、それよりも!

 銀に変わった板には、インクと同じ色で文字が書かれたままだ。

 こすっても、水を掛けても、消えないしにじまない。

 洗剤でも、アルコールでも落ちない。削ってみても削り取れなかった。

 周りに傷が付いても、文字そのものは全く傷付いていない。

 油性マーカーで黒く塗りつぶしても、時間がつと文字が浮き上がった。

 この他の文字も同じ場所に書けるのか?

 銀板の『SILVER』の隣に、なにか書いてみよう。

 金属板に触れないように少し浮かせて万年筆を走らせる。

 インクが、空中に文字を書く。

〝SWORD〟

 文字が板に付着。

 すうっ、とインクが金属に吸い込まれ……銀の板が小剣になった。

 質量は変えられないのだろう。カッターくらいのサイズだ。


 次はSWORDの文字の真上から〝BOARD〟と書いてみる。

「上書きされた……!」

 SWORDの文字が消え、BOARDに書き換わった。

 そして剣から板に戻った。

 今度はその上から漢字で〝剣〟と書く。

 さっきは西洋の両手剣、今回は日本刀みたいな形になった。

 でも、つかつばなどはなく、刃の部分だけだ。

 同じ意味の言葉でも、文字が違うとできあがるものが違う。

「空中で書いた文字は、くっついた物の状態を変化させられるんだ」

 試しに紙に空中文字を書いてみる。

〝SILVER〟……銀紙になった。折り紙の銀色の紙みたいな感じだ。

 カタカナで書いても、何も変わらない。〝シルバー〟が、日本語ではないからだろう。

 紙に直接書くとその物品が現れたのとは全く違う。

 だが、紙が金属にはならなかった。元の素材と同系統の物にしかならないのだろう。

「【文字魔法】……いろいろでき過ぎだろ? これ。もう、錬金術とかいう感じ?」

 金属であれば〝GOLD〟と書けば、金になるだろう。石に〝DIAMOND〟と書いたら、ダイヤにもなるのだろう。絶対に悪用しちゃいけないやつだ。

 それにしても……空中文字は【付与魔法】に近くないか?

 マーカーとか鉛筆でも試したが、万年筆以外では空中文字は書けなかった。

 勿論、指で書いてもダメだった。

「金属の方は無理だけど、紙の方なら破れるかな?」

 空中文字で銀紙になったものを、文字が切れるように破ってみる。

 普通の紙に戻った。

 つまり、鉄を金にしても、それを溶かすと文字も溶けて鉄に戻る……のかな?

 小さめの紙に『この紙に触れた金属は溶けろ』と書いて、銀の剣の文字の上に乗せる。

 とろり、と金属が溶けて銀が銅に戻った。

〝剣〟の方は消えていないからか、溶けて離れた分が少なくなった小さな銅剣になった。

 溶けた銅は、机の上でまだ液状のままだ。

 溶けろと書いた紙を取り除くと、そのままの形で固まった。

 やべぇ、理科の実験みたいな気分になってきた。


   ○


 翌朝、俺はほぼ徹夜でふらふらだった。

【文字魔法】の検証実験を繰り返して、寝そびれてしまったのだ。

 楽しくなっちゃって、められなかったんだけどね……


 朝食を食べてる途中で、何度となく居眠りをしてしまった。

「タクト、昨夜ゆうべずっと起きていたでしょ? 何してたの?」

「えーと……魔法の……練習」

 ミアレッラさんに、大きなためいきをつかれた。

「食べるより、眠る方が先ね。ほら、あとでまた食べればいいから」

 でもー、立ち上がりたくなくてー……

「おいおい、なにやってんだ、タクト!」

 ガイハックさんに、ひょいと抱き上げられた……本気の子供扱いーっ!

 でも、眠くて抵抗できない……

「ずっと魔法使ってやがったな? 魔力切れ寸前じゃねーか」

 魔力って……使い過ぎると、こんなに眠くなるのか……

 そのままガイハックさんは、俺を脇にかかえるようにして部屋まで運んでくれた。

 すみません……お手数おかけします……ガイハックさん、めっちゃ力持ちだなぁ。

 ねむ……


 起きました。

 ……どうやら、もう昼過ぎのようだ。

 まだ少し身体がだるいのは、例の魔力切れってやつの影響かも。

『体力増強』じゃ、カバーできないんだな。

 魔力がどういうものかよく解らないから、魔力の自動回復なんてできないだろう。

 体力の完全回復……ってのも無理だろうなぁ……

 そうだ『魔力切れ症状の軽減』っての書いておこう。

 そしてもう少し、自重しよう……


 食堂の方に降りるとミアレッラさんがお昼ご飯を出してくれた。

「朝は……すみませんでした」

「そうだよ、無理しちゃダメだからね。ちゃんと夜は寝て、身体を休める! いいね?」

「はい、気をつけます」

 硬めのパンだけど、香ばしくって美味しい。

 今日はトマトのスープだ……沢山野菜も入ってて、腹にしみる……あ、肉。うまうま。

 食べ終わった頃にちょっと渋い表情のガイハックさんに、上の部屋に来るように言われた。

 ……無理しちゃったからなぁ……お説教かなぁ。


 ガイハックさんの部屋に入ると、机の上に見慣れない物があった。

「これは、音が周りに聞こえないようにする道具だ」

「他の人に聞かれない方が、いい話なんですか?」

「そうだな。おまえの魔法に関することだから」

 ……昨日の検証を見られていたのか?

「おまえの……【回復魔法】な……」

 あ、違った。小屋で使った治療の魔法のことか。

「あれは……かなり、特別な魔法だ。おそらく【回復魔法】っていうのとは違うものだ。絶対に、他のやつに知られない方がいい」

 そういえば、初めて見るタイプの魔法だって……

「普通じゃねぇってのは言ったと思うが、普通の【回復魔法】から説明するぞ」

「はい」

 ガイハックさんの話で、普通の【回復魔法】とはかなり違うことが解った。

 まず、傷はすぐには消えない。

 五分以上魔法をかけ続けて、浅い傷がやっとふさがる程度らしい。

 傷は治せても、毒を消すことはできない。

 俺が治した時には、角狼の毒が完全に消えたらしい。あいつ、毒持ちだったのか……

 そして、古傷は治せない。一度ふさがった傷の傷跡は、回復では消せないらしい。

 だが、ガイハックさんの右の足にあった、昔の傷跡までなくなったという。

 ……あの時書いたのは……『傷を完治』だ。そうか、身体の傷跡全部に反応したのか。

「おまえの魔法は、効き過ぎる。医者でも治せないものが、治せるかもしれねぇ」

「それは、有効活用できるのでは……?」

「その力を使ってひんのやつを助ければ、医者に行くよりおまえに治してもらおうとみんな思うだろう?」

 うん、俺だってそういう人がいたらそうする。

「でもな、力も魔力も有限だ。全員を治せるとは限らねぇ」

 ……そうだ。途中で今日みたいに、魔力が切れて使えなくなったら……

「しかし、おまえに治してもらえなかったやつらは、おまえを恨むだろう」

「……」

「それに、どんな怪我をしても全部すぐに治せるとなりゃ、今まで慎重に行動していたやつでさえ、ちゃをするようになる」

 その通りだ。危機感のボーダーラインが、下がってしまう。

「だが、そいつらが怪我をした時に、いつでもおまえが治せる場所にいることはできねぇ」

「そう……ですね」

「勘違いするなよ、絶対に使うなって言ってるんじゃねぇ。無闇に使うなって言ってるだけだ」

 でも、使うことのリスクはもの凄く高いってことだ。

「それに……回復系の魔法が使えるやつは……狙われやすい」

「狙われる? 誰に、ですか?」

「冒険者って呼ばれているやつらに、だ」

 冒険者……?

「冒険なんてもんが好きなやつらは、基本的に無茶をする。大怪我だって日常茶飯事だ」

 そうだろうなぁ……まぁ、だからこそ慎重な人もいるんだろうけど。

「そいつらにとって、回復できる魔法師は喉から手が出るほど欲しい人材だ」

「そっか……怪我しても治せれば、またすぐに冒険に出られる」

「あいつら、良いやつもいるがだいたいが荒くれ者で、力尽くで相手に言うことをきかせるやつも多い」

 ……荒くれっていうか、それって『ならず者』ってジャンルでは……

さらわれて、従わされてる魔法師もいるらしい」

「それ、逃げられないんですか? 他の町に行った時に、保護を求めるとか……」

「そういう魔法師は隷属契約させられていたり、逆らえないように脅されていたりするようだ」

 隷属契約なんてあるのか。

 大き過ぎる力や、優れた能力は狙われやすい。

 そして、もし知らずに隷属なんてさせられたら……

 俺は、今までの人生では考えられない種類の恐怖を感じた。

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