二章 異世界生活もいろいろある(3)


   ガンゼールとラドーレク 


「じゃあ、コーゼスくん頼むよ」

「はい、すみません、受付かわってもらっちゃって……」

「構わないさ、現場もたまには経験しないとね」


「おい、ラドーレク」

「依頼だろう? ガンゼール。なら、コーゼスくんに……」

「違う。今の子供……えーと」

「タクトくんかい?」

「そうだ、タクト……っていうのか。魔力が多いのか?」

「うーん、そういうことは教えられないんだよねぇ。未成年だし」

「……【付与魔法】使えそうか?」

「だから、教えられないんだよ」

「ふん、否定しないってことは、使えるんだな?」

「なんだって君は、そう都合よく考えるのが得意なんだろうねぇ」

「いつもより、角狼が出る時期が早い」

「そのようだね。解毒系の魔法を使える者を、確保しておきたいところだが」

「毎年うちに来てくれる付与魔法師も、まだ来られる時期じゃない」

「もう患者が来ているのかい?」

「いや、まだだ。でもこれから増えるだろう?」

「そうだねぇ……まだ、冬に必要な素材を集める時期だ」

「早いとこ器具や部屋に毒が残らないように、防毒の付与をしてもらわないと間に合わない」

「それは仕方ないことだ」

「だから、あの子だ! タクト!」

「……どうしてそうなるのか、全く解らないんだが?」

「昨日、ガイハックが左腕と頬を角狼にやられて、親父の所に来た」

「何を言っているんだい? どちらにも、怪我などしていなかったじゃないか」

「あいつは『治してもらった』と言っていた」

「へぇ……【回復魔法】か?」

「おそらくな。そして、その日にあいつはタクトを連れてきた」

「……あの子に、【回復魔法】が使えるとは思えないんだが……」

「なるほど、適性には出ていなかったんだな?」

「思い込みが激し過ぎるよ、ガンゼール」

「『使えるとは思えない』……完全に『使えない』じゃないってことは、無属性魔法の使い手だ」

「……」

「無属性の魔法師で、魔法量が多いと言えば【付与魔法】……だろう?」

「……」

「解ったよ、自分で交渉するさ。全く、あんたは確かに組合長だね」

「無理強いはするな。子供に大き過ぎる責任を負わせたりするな」

「……しねぇよ」

「脅したりしたら、おまえの依頼は、今後一切受け付けないからな!」

「わかってるよ」


   ◇◆◇


 その後、昨日街へ入ってきた門と反対方向の門の近くまで来た。

「ここら辺りは、あおの森からの素材を加工している職人の店が多いな」

 西の森の素材は獣の皮とか、木材が中心だと言っていた。

 碧の森はどうやら石とか金属だ。

 町の北側、森の奥に見えるのは火山だろうか。採掘場とかあるのかも。

「武器とか、防具とかも作っているんですね」

 白森側の露店などでは生活用品が多かったのだが、こちら側の店は随分雰囲気が違う。

「シュリィイーレの武具は、質が良い。衛兵隊にも納めてるくらいだからな」

「いい仕事をする職人さんが多いんですね」

「そう、そんで腕の良い付与魔法師をいつも探している」

 そっか、俺が働く時のために、顔つなぎに連れてきてくれたんだ。

 どんどん、ガイハックさんへのご恩返しメーターが上がっていくー!


 いくつも工房を紹介してもらった。何人かの職人さん達とも話ができた。ガイハックさんって、本当に顔の広い人だな。しかも、みんなとっても好意的だ。ガイハックさんがいなかったら、きっとこんなに上手くはいかなかった。

「なにからなにまで……本当にありがとうございます」

 いや、多分この町に来ることすらできず、あの小屋で獣に襲われて死んでただろう。

「ガイハックさんは、俺の命の恩人ですね……」

「……バカ言ってんじゃねーぞ。子供をまもるなんて、当たり前のことなんだよ」

 子供、か。

 考えが甘くて、行き届かなくて、確かに俺は本当に子供なのかもしれないな。

 魔法が使えるから、あのコレクションがあるから、俺は自分ひとりでどうにかなると思っていた。ひとりでなんか、何もできない。俺の考え方は本当に浅はかだった。

 あーっ! 自分がこんなに涙もろかったとは、我ながらあきれるぜ。

「昼飯にしよう! こういう時は……そうだな、肉だ! 肉を食いに行くぞ!」

「はいっ!」

「よしっ! 子供はそれでいいんだ!」

 ……でもやっぱ、あんまり言われると……凹むっす。


 ガイハックさんの家に戻った時には、もうが傾いていた。

「すぐに夕食だからね」

「はい、ありがとうございます」

 俺は貸してもらっている部屋に戻って『身体洗浄浄化』と書いた紙を、頭の上に置いた。

 あちこち行って汗もかいたし、水で洗うよりこっちの方が早そうだし。

 思った通りの効果だ。髪もさらさらになったし地肌さっぱり。

 汗のべたつきも、ほこりっぽさもなくなった。

 浄化って書いたから、ばい菌とかも消えてるだろう。

 除菌とか滅菌にしちゃうと、表皮にいる常在菌まで取り除いちゃいそうだからね。

 あ、でも念のため、手だけはちゃんと洗っとこう。

 ん? 洗浄浄化が終わっても、文字が薄くなっていない。

 そういえば、翻訳とかも何度も使えている。

「文字が薄くなって一回しか使えないのは……何かしらの物品が出るものだけ?」

 火や水、食べ物が出たものは、文字が薄くなった。

 でも、今、手元にある翻訳と鑑定の時のもの、そして洗浄浄化の文字は濃い色のままだ。状態の維持が、これひとつでできるということだ。

「この『身体洗浄浄化』も、お守りに入れておこう」

 絶対便利だぞ、これ。


   ○


 お夕食も美味しくいただきました。

 ミアレッラさんに、お店の手伝いをしたいと言ったんだけど断られてしまった……

 夜に、子供を働かせちゃダメなんだって。

 子供って……うううっ、本当に、誤読ショック甚だしい! 練習するぞ、練習!

「どうせ書くなら、検証しながら書こう」

 試してみたいのは、紙以外のモノに書くこと、だ。

【付与魔法】は金属製のものや、木工製品に使われるのが当たり前だ。

 むしろ、紙に書くなんて、全くないと言っていい。

「だとすると万年筆じゃ書けないから……油性マーカーで試すか」

 金属板とベニヤ板を出して、それに書いていく。

 銅、アルミ、鉄、ベニヤ……書くことはできる。

 でも油で落ちてしまえば、すぐに使えなくなる。

 他のペンだって、かすれたり文字が傷ついて欠けてしまうと効果がなくなった。

「……字を彫らないとダメなのかな?」

 工房で見た何人かの付与魔法師は、文字を彫っていた。

 ベニヤ板で試したが、全く発動しなかった。

「書く」ということでないと、俺の魔法は使えないということか。

 文字の保護のための魔法を別に付与する……なんてやり方では、文字数が多過ぎだ。

 そもそも、そんなに面積のあるものばかりじゃないし……

 うー……ちょっと、詰まった感。


 悩んでいた時にうっかりマーカーのキャップを閉め忘れて、思いっきり手に書いてしまった。

「やべっ! でも洗浄浄化……あれ? 消えない……?」

 俺は慌てて、お守りの中を確認した。

「……文字が薄くはなっていないし……あ!」

 取り出した途端に、手に付いていたインクがなくなった。

 なんでだ? しまっていたって、翻訳なんかはちゃんとできてるのに。

 何が違うんだ?

「……! そうか、身体洗浄浄化は……紙が大きかったから、折って入れたんだ!」

 その他のは付箋くらいのサイズに書いていたから、紙を折っていない。

 でも浄化の方はハガキ大だ。中に文字が隠れるように、折って小さくして入れていた。

 開いた途端に、効果が発揮されたんだ。

「紙を折らなければ……袋やポケットに入れてても効果がある。それじゃあ!」

 かばんに紙を入れ、コレクションの中にしまう。

 手にマーカーで書いて……消えない。

 うー、コレクションの中だとダメなのか?

 いや、鞄の中だからか?

 しかし、既に何か書いた紙は、コレクションの中に戻せなかったし……

「……書いた紙が、五枚以上あったら……?」

 今持っている状態変化・維持系のものはみっつだ。

『自動翻訳』『鑑定偽装』『身体洗浄浄化』

 あと、ふたつ……

 何を書いていいか解らなかったので、普段から思っていることを書いた。

『視力回復』

 視力は、眼鏡めがねが必要なほど悪いわけではない。多分、0・7くらいだ。

 さほど良くもないから、1・2くらい見えたらすっきり見えるだろうと思っていた。

『体力増強』

 体力は本当に自信がない……あ、でも、これすぐには解らないな。

 まぁ、いいか。

 五枚の紙を持って、コレクション画面に近づける。


 しゅっ


 やった! 入ったぞ! うん、効果も持続している!

 これで持ち歩いてても、落とす心配はなくなったぞ!

 でも、どこに入ったんだろう……?

 ……コレクションの総ページが増えてる!

 分母が『20』から『21』になってる!

 一番最後に増えていたページは【文字魔法】……

 文字……魔法? 【付与魔法】じゃなくね?

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