二章 異世界生活もいろいろある(2)


   ◇◆◇


 翌朝、俺はすがすがしい目覚めを迎えた。

 森に放り出され、途方に暮れていた昨日きのう。小屋を見つけ、なんとか野宿は免れたと安心した。発見した能力とその使い方が解って、生きていくことができるかもと思った。

 しかし、まさか町の中で、しかもふわふわのベッドで朝が迎えられるなんて。

 神様、ガイハック様、ありがとうございます……!

 てか、神様は俺を森に落としたくらいだから、感謝しなくてもいいんじゃね?

 ミアレッラさんのご飯もしかった。

 実は味は素材を生かしたというか、もっとシンプルなものかと思ってたのだ。でもハーブとか香辛料とか沢山使ってて、もの凄く美味しかった。イタリア料理みたいでもあるし、トルコ風でもあるかも。勝手に中世レベルの料理に違いないとか疑って、申し訳ありませんでした。これなら俺が日本の調味料を出して使っても、怪しまれないに違いない。


「朝食も美味しい……!」

「沢山食べな。おかわりするかい?」

「はい! 凄く美味しいですね。なんの煮込みなんですか?」

「ありきたりな豆ととりにくだよ、おおだねぇ」

 そう言いながらも、凄い笑顔で大盛りによそってくれた。

 ミアレッラさん、本当に料理上手だなぁ。

「今度、俺にも料理を教えてもらえますか?」

「そりゃあ構わないけど、ここにいる間はそんな心配しなくていいんだよ?」

「料理するの、結構好きなんですよ。ずっと作っていたし……」

 あれ……ミアレッラさんが、可哀かわいそうな子を見るような目をしている。

 そんなに俺、料理とかできなそうに見えるのかな?

 まぁ……不器用ではあるけど、そこそこは、できるんだからな。

「タクト、食い終わったら町の中を案内してやるから」

「はい! ガイハックさん、すぐ行きます!」

 やった! 歩き回ろうとは思っていたけど、案内してくれるなら心強い。

 この世界で押さえておくべき常識も知っておかないと、だしな!


 ガイハックさんに案内してもらって、色々な商店を見て回った。

 いろいろ買ってくれようとするので断るのが大変で……

 ……ほとんど、買ってもらってしまった。

 服とか靴とかは、今の格好がこの町で浮きまくりだったから、ありがたかった。

 ガイハックさん達は、凄く世話好きなんだなぁ。

 俺、本当にちゃんと恩返ししよう。

「次は役所だな。在籍登録をすれば、身分証を出してもらえる」

「それは助かります……本当に何も持ってなかったので」

 身分証明は大事だよね。信用されるためには、特に。

「あ……でも俺、こっちの文字は書けないんですけど……」

「ん? おまえの故郷と、字が違うのか?」

「はい、全然違うんです」

 ガイハックさんは、うーん……とうなって天を見上げたがすぐに笑顔になった。

「まぁ、何とかなる!」

 ……なると、いいな……


   ○


「ここが役所だ」

 思ったより、こぢんまりした建物だ。でも、壁の石が他の建物と違ってつるつるだ。高級素材を使っている、ということなのかな? 技術が高い建築なのかも。


 中は……なんか、役所っていうより、銀行か郵便局みたいだ。

 椅子が置いてあって、順番待ちをしている人がいる横を通り抜けていく。

 奥の方のカウンターは……なんか、作りが全然違うな。

 こんな風に、ひとつひとつ区切られたカウンター……どっかで見た……

 あ! ひとりひとりで食べるラーメン屋さんに、こんな感じの所があった!

 店員さんの顔も見えないんだよな。

「あー、こっちだ、こっち」

 ガイハックさんがそっちに向かって歩き出した。

「書類を全部自分で書けりゃあ必要ねぇんだが、字が書けないやつはこっちでてもらうんだよ」

「……? 何を?」

「おまえ自身の『魔法鑑定』をしてもらうんだ」

 ……鑑定……? ですと?

 え、それって、ばれたくないことまで、全部解っちゃうやつですか?

 ぶわっと汗が出てきた。

「解るのは名前と年齢と出身地、それと魔法の種類くらいだ」

「わりと、全部じゃないですか、それ……」

「いや、魔法の種類だけじゃ、実際どういうのが使えるかなんて解らねぇし、その他は身分証明には、絶対必要だろ?」

 えええええー……確かにそうですけど……出身地が一番ヤバイのでは?

 万一『異世界』とか出てしまったら、どーしたら?

 しかし、鑑定は断れない……この町にいるなら必要なことだし。

 そうだ!

「ちょっとだけ時間ありますか?」

「ん? ああ、まだ順番が来るまで時間掛かるからな、ここらで待ってろ」

 よかった!

 俺は手で隠しながら小さめのせん紙とペンを取り出し、こそこそと書いていく。

 鑑定の妨害はダメだ。再鑑定なんてことになったら、もっと面倒だ。

 目くらましになるように。疑われないような鑑定結果を出さないといけない……


『この紙を持つ者はいかなる鑑定魔法でも

【名前タクト 出身地ニッポン 年齢28 魔法の種類 付与魔法】

と表示される』

 よし、これを持っていればせるかも!

 書いた付箋紙は、首から提げているお守り袋に入れる。

 ここには、自動翻訳の紙も一緒に入っている。

 ガイハックさんが、次だからこっちに来いと手招きしてくれて、慌てて側に行く。

 俺の文字が役人の魔法に通用するか解らないが、くいってくれ……!


 個別カウンターのひとつに入ると、相手の手だけが見える。

 顔を合わせないのは、プライバシーの保護とか? まぁ、助かるけど。

「では、鑑定します。両手をこの板に乗せてください」

 手を乗せると石板が細かく振動して、少しだけ光った。

「はい、終わりました。今から鑑定結果を写した身分証を作りますから、そのままでいてください」

 待合室に戻りたい! ひとりでここにいるの、プレッシャー!

 異世界の物をポコポコ出せるとか、異世界人とかばれたらどーしよーっ!

 は、迫害されちゃったり? いや、もしかしたら追放とか投獄とか……!

 どんどんネガティブになっていく自分の思考に、歯止めがきかない。

 プレッシャーに弱過ぎだろ、俺!

「お待たせー。はい、これが君の身分証ね」

 と、通った……! やったーー! 大学の合格発表よりドキドキしたー!

 受付のお姉さん(多分)から、手のひらサイズより少し大きめの金属プレートが提示された。

「読めないと思うから、読み上げるね。大丈夫よ、音を遮断する魔法で、周りには聞こえないから」

 そっか、読み上げてくれるから個別ブースなのか。

 本当は読めるけどね、翻訳できるから。でも内緒。

 名前、出身地、魔法の種類は、さっき紙に書いた通りだった。

「え? 二十三歳? いや、俺は……」

「誤魔化してもダメよー。ちゃんと鑑定されているんだから!」

 ……もしかして、小さい紙に詰めて書いたせいで誤読された? 魔法に、誤読とかあるのか?

 ご、五年も、さば読んでしまったことになるのか……

 しかも自分の書いた文字が、たとえ魔法とはいえ誤読されてしまうなんて……!

 正確に相手に伝えるための文字が書けていなかったなんて、めっちゃへこむ。

 カリグラファー失格だ……

「魔力量は二千三百もあったよ! 凄く多いよ! この年だと珍しいよ!」

 ……魔力量……とかも出るのか。そっか、指定した以外の項目は、素直に出ちゃったのか。

「しかも【付与魔法】なんて、この町では引っ張りだこになるね」

「そう……なんですか?」

「そうよー。この町では武器とか生活用品とか作っているから、魔法付与ができる人は絶対必要だもの」

 そういうものに、魔法を付けるのか……

 あ、そうか、ランプの火がずっと一定なのが、凄いと思っていたんだよな。

 あれは【付与魔法】で、一定の炎が燃え続けるようにしているのかも。

 なるほど、面白いことが知れたぞ!

「ここに書かれていることは以上よ。解らないことある?」

「いえ、大丈夫です」

「じゃあ、もう一度この板に触れて」

「はい……」

 さっきの石板のように手を乗せるとまた少し光って、プレートが小さくなった。

 手のひらサイズだったのに、今ではドッグタグぐらいのサイズだ。

「はい、できあがり」

「これが、身分証になるんですか?」

「そうよー。君の魔力で大きくもできるから。いつもはこの大きさで、必ず身につけておいてね」

「はい」

「できることが増えたりすると追記されるから、たまに確認してね」

 へぇ……内容が自動更新されるのか。便利。

 あ、だから生年月日じゃなくて、年齢表記でも平気なのか。

「身体を洗う時も、寝る時も離しちゃダメよ? 盗まれて、悪用されることもあるからね!」

 き、気をつけます……

 お守り袋もちゃんと強化して、破れたりしないように。れても平気なようにしよう。


   ○


 もらった身分証には、表に名前だけ表記されている。

 裏には、この身分証を発行した町の名前が記載されているのみだ。

「ほら、タクト、身分証はこれで、首から提げておけ」

 ガイハックさんがくれたのは、身分証を入れることのできるケースで首から提げる鎖も付いている。

 スライドさせて入れるらしい……ますます、ドッグタグになってしまった。

 でも、なんかカッコイイ。え、こーゆーの好きだよね?

 男は! 好きなんですよっ、こういうの!

「ありがとうございます……これなら、なくさないですね」

「他の町に行ったりすると、門の所で必ず見せるように言われるからよ」

「そうなんですか。でも、暫くここにいますし」

「巡回の衛兵からも言われたりすっから。すぐに取り出せるようにはしておけ」

 ……職務質問とかされないように、言動には注意しよう。


 その後、ガイハックさんが連れて行ってくれたのは魔法師組合だった。

 ここで魔法師として登録しておけば、仕事が受けられるらしい。

 そうか、そのためにも身分証が必要だったんだな。

 ガイハックさんが行き届き過ぎてて、俺はどれだけ恩を返せばいいか解らないぞ。

「……珍しいな、ガンゼールがここにいるなんて」

「ああ……依頼を出しに来たんだよ」

 そうか、依頼したい時も仕事を探す時もここに来るのか。

 ……ハロワかな? 異世界版の。

「おや、ガイハック。珍しいことだな」

「久しぶりだな、ラドーレク。組合長が受付にいるなんて方が珍しいぜ」

「ははは、今はコーゼスくんが休憩中でね……ん? その子は?」

 また子供扱いだよ。くっそー、童顔が憎い。

「俺んちに住まわせてる子だ。魔法師だから、登録しておこうと思ってよ」

「いらっしゃい、登録は初めてかい?」

「はい」

「じゃあ、身分証を出してくれ」

 さっきのドッグタグを取り出す。

「この上に置いて」

 また石板だ。この世界では、石板が媒介でいろいろ鑑定できるのか?

 それとも、鑑定魔法が付与されている石板なのか?

「ふむ……タクト……二十三歳か。ほぅ! 大した魔力だね」

 うううっ、本当は二十八歳なのにーっ! また、誤読ショックがよみがえってきた……

「おまえー、やっぱりまだ子供じゃねーか」

「そ、そんなことないですよ!」

 ガイハックさんがどう思おうと、成人してるんだから……

「本人がなんて言っても、二十五歳で成人するまでは、子供なんだよ。こ・ど・もっ!」

 ……成人、二十五なの? だとしても、本当はオトナなんですよーーっ!

「そうだねー。じゃあ、保護後見人はガイハックでいいんだね?」

「ああ、もちろんだ」

「じゃあ、おまえの身分証も置いてくれ」

 ……まだ、保護者が必要な年齢だったとは……

「よし、登録できたよ。はい、身分証を返すね」


 身分証の裏には【魔法師組合】【後見ガイハック】が追加されていた。

 ……絶対に、ガイハックさんに迷惑は掛けられない。マジで、ちゃんと生きねば。

 そして、表の名前の下に【魔法師 三等位】と書かれている。

 なんの魔法が使えるかは、明記されていない。

 つまり、おおっぴらに公開するものじゃないってことか。

「名前の下の、これってなんですか?」

 字は読めないことになってるからね。

「ああ『魔法師 三等位』のことかい?」

「三等位?」

「登録したてはそこからなんだよ。仕事をして、技術と魔法が認められていけば、上の階級になるから」

 一番下っ端が、三等位ってことなんだな。

「まぁ、未成年だし、暫くは上がらないと思うけど頑張ってね」

 未成年って言葉やっぱりキツイーー!

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