一章 天才か変態か(6)
「取り敢えず《身体強化》を使わせている」
「……使わせるだけか?」
「一番簡単な魔法である《身体強化》も、時間が経つと個人によって色んな変化が起きるんだぜ? 容量が少ねぇ
説明しながら、ロイドはウィニングの様子を観察した。
ウィニングの《身体強化》は……今述べたどちらの変化にも
「……なるほど、優秀だな。静止している状態とはいえ、時間が経っても出力が全く乱れていない。三級なのが惜しいぜ」
魔力のコントロールが上手いのだろう。
これは将来有望だ。三級でなければ。
しかし──。
(なーんか……脚の方に寄ってねぇか?)
どうも魔力が、上半身ではなく下半身に寄っている気がする。
それで出力が安定しているということは、本人にとってはこれが自然体なのだろう。或いはこの状態に慣れているのか。
「ロイド。私は別に、ウィニングには魔法の才能なんてなくてもいいと思ってる」
ふと、フィンドは言った。
「たとえ才能がなかったとしても、親である私たちが正しく教え、導いてやればいい。……私が不安なのは、ありもしない才能に翻弄されてしまわないかという点だ」
「……なるほどねぇ」
フィンドの考えを聞いて、ロイドは
「お前の個人的な願望はどうなんだ? 息子をどうしたい?」
そんなロイドの問いに、フィンドは少し考えてから答えた。
「できれば領主にしたい。ウィニングは賢いからな」
「ああ、それは間違いねぇな」
ウィニングは賢い。
それはロイドも一瞬で察した事実だった。
「加えて言うと……やはり紋章が不安だ」
「……ま、お前さんのこれまでの人生を考えると、そうだろうな」
ロイドは納得した素振りを見せる。
フィンド=コントレイルの紋章は、ウィニングと同じ三級だった。
だから分かる。三級はある意味、四級よりも厄介なのだ。
なまじ一番下の四級ではないから、中途半端な可能性を夢見てしまう。フィンドもかつてはその可能性に翻弄されて、分不相応にも王立魔法学園の門を叩こうとした。
だが、当然のように入学試験で落ちた。
そして自分と一緒に試験を受けていたロイドは合格した。
苦い記憶だ。
貴族の長男として育てられたフィンドには、貴族としてのプライドがあった。だがあの日、そのプライドをズタズタに引き裂かれてしまった。
結局、その後のロイドの活躍を聞くと、フィンドは己の力不足を認めざるを得なかった。
決して努力を怠ったつもりはない。しかし魔法の世界は残酷だ。
三級と二級の間には、超えられない壁がある。
その壁を痛感したフィンドだからこそ、ウィニングが魔法の道へ進むことには抵抗があった。
「もし坊ちゃんが魔法の天才で、領主になりたくないと言ったらどうする?」
「……その時は、潔く送り出すさ。自分のトラウマを子供に押しつける気はない」
フィンドは静かに答えた。
「だが、貴族の責務も軽いものではないからな。才能がなければ、領主になるための勉強を最優先にする。その場合、魔法は趣味以下に
だがロイドはその表情に
領主になるか、それ以外の道を進むか……二つの道を用意してくれているだけでも優しい方だ。いや、緩いと言った方が正しいか。これが伯爵以上になると、子供の自主性なんて殆ど無視される。長男は家に尽くし、次男は長男に尽くすのが通例だ。
「手紙にも書いたが、俺は他にも仕事がある。教師をずっと続けることはできねぇ」
後頭部をがしがしと
「が、この三日くらいならちゃんと面倒を見てやるよ」
「……ああ。よろしく頼む」
フィンドが
ロイドは再びウィニングは近づいた。
「坊ちゃん。その状態で動いてみろ」
「はい。……あっ」
ウィニングが一歩踏み出した瞬間、《身体強化》が解除された。
「なるほどねぇ。《身体強化》の発動はできても、制御に手こずっているみたいだな」
「はい。動くと、どうしても途切れてしまって」
「そいつは知識だけじゃどうにもならねぇ。習うより慣れよの領域だ。……効果的な訓練法を教えてやるよ」
フィンドによると、ウィニングは《身体強化》をたった一日で習得したとのこと。
だが発動だけならともかく、制御には少し手こずっているようだ。
実際、《身体強化》は発動よりも制御が難しい魔法である。
通常なら発動するだけで一週間から二週間、完全な制御には二週間から三週間かかる。
(ウィニングの坊ちゃんなら、三日で完全に制御してしまうかもなぁ……)
そんなことをロイドは内心で思いながら、ウィニングに指導した。
──甘かった。
◇◇◇
「やっふーーーーーーーーっ!!」
翌日。
ウィニングは《身体強化》を完全に習得できていた。
「……嘘だろ」
子供とは思えない速度で庭を駆け回るウィニングを見て、ロイドは戦慄する。
──成長が早い。
というより、早すぎる。
見間違いかと思い、手の甲で目元を拭った。しかし眼前の光景は変わらない。
ウィニングは元気いっぱいに走り回っていた。
「ロイドさん! 見てください! 階段を一気に跳び越えられます!」
「お、おお、凄いな」
家の中に入ったウィニングは、何度も階段を駆け上っていた。
偶々通りかかった使用人が驚いて花瓶を落としそうになったので、風の魔法で浮かせてやる。
(まさか俺に教師の才能があるとはなぁ……なんつって)
ロイドは一人、乾いた笑みを浮かべた。
自分は特別なことを教えていない。これはウィニングの努力の
一を聞いて十を知るとはこのことか。
目の前の光景にはただただ驚くばかりだが、いつまでも固まっているわけにはいかない。
再び外に出て庭を走るウィニングを、ロイドは冷静に観察した。
(マグレってわけじゃねぇな。明らかに練度が
存外、ストイックな性格をしている。
これは才能の一言で片付けていいものではない。この少年の魔法には、努力の跡が見え隠れしている。
その努力の結果、ウィニングは《身体強化》の発動が恐ろしくスムーズだった。
多分、息をするかのように《身体強化》の発動と停止を行っている。まるで一流の魔法使いだ。
「坊ちゃん。次は出力を調整してみろ」
駆け回るウィニングに、ロイドは言う。
「地面を蹴る時、一瞬だけ出力を上げるんだ。そうすりゃもっと速く走れるぜ」
「魔法の出力が乱れるのは悪いことじゃないんですか?」
「意図的ならいいんだよ」
「なるほど!」
早速、ウィニングは出力の調整を試みた。
まるで乾いたスポンジのようだ。どこまでも無限に知識を吸収していく。
そして、更に次の日──。
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