一章 天才か変態か(3)


   ◇◇◇


 黙々と読書するウィニングを、メティとフィンドは見守っていた。

「ウィニングはやっぱり天才ね。まだ五歳なのに受け答えがしっかりしているし、それに魔法に対する興味も凄いわ。将来はとんでもない魔法使いになるわね」

 メティは嬉しそうにつぶやいた。

 しかし、

「……メティ。あまりそういうことは言わない方がいい」

 フィンドは、ウィニングに聞こえない声量で告げる。

「知っているだろう、ウィニングの紋章は三級だ」

 二年前、ウィニングは「紋章の儀式」を行った。

 紋章とは、人間がおよそ三歳頃になると、身体のどこかに浮き出る刺青いれずみのようなものだ。その紋章を確認して解析することを「紋章の儀式」と呼ぶ。

 儀式なんて仰々しい名前で呼ばれているが、実際には専門家に紋章を軽く見てもらうだけのこと。

 しかしその儀式は、今後の人生を大きく左右するものだった。

 紋章の模様によって、その人物の魔法使いとしての才能が調べられる。

 ウィニングの才能は──大したものではなかった。

「風と火の二属性持ちだと知った時は私も興奮したが、紋章自体が三級ではどちらも満足に使えない。……あの子には、魔法ではなく政治について学んでもらおう。なに、魔法など使えなくてもいい領主にはなれる」

 紋章には一級から四級までの等級があり、数字が小さいほど優れている。

 ウィニングの紋章は三級……下から二番目だった。

 四級と比べると魔法は使えるが、紋章の絶対数は二級が一番多い。

 よって三級は、魔法使いとして活躍の場がほとんど二級以上の者に奪われてしまうため、魔法で生計を立てることが難しい等級なのだ。

 紋章からは、その人物が使いこなせる属性も読み取ることができる。

 ウィニングは火と風の二属性持ちだった。複数の属性が使える者はかなり珍しい。これだけならウィニングには魔法使いの才能があると言える。

 だが、如何いかんせん紋章の等級が低いため、たとえ複数の属性が使えても、これでは使いこなせない。

 父フィンドは、長い葛藤の末、残念ながらウィニングに魔法の才能はないのだと認めた。

 しかし、母メティはまだ諦めていなかった。

「あなた、それは時期尚早では? ウィニングはあんなにもやる気を見せているのに」

「魔法は才能の世界だ。……残酷だがな」

 フィンドは苦虫を噛み潰したような顔で告げた。

 フィンドとて、できればウィニングを応援したいのだ。しかし紋章が──絶対的な才能の壁が冷や水を浴びせてくる。

 メティもそんなフィンドの心境を察してか、これ以上の反論はめておいた。


   ◇◇◇


(あ~~~!! 早く実践したいな~~~~!!)

 ウィニングは本を読みながら、溢れ出る衝動を必死に抑えていた。

 既に知識は頭の中に入っている。正直、やろうと思えばすぐにできる気がした。

 しかしちゃはしない。

 五歳の身体はもろいのだ。また以前みたいに寝込んでしまっては元も子もない。

 だから今はひたすら我慢して、自分が覚えるべき魔法を本で学ぶ。

(やっぱり一番は身体強化魔法だなぁ。無属性の魔法だから簡単に習得できるし、何よりこの魔法を使いこなせたら今まで以上に走ることが楽しくなるぞ……!!)

 身体強化魔法が可能になると、この小さな肉体でも成人並みの速度で走ることができる。

 頭の中で夢を膨らませていると、ふと視界の片隅で両親が話し込んでいるのが見えた。

(最近、俺が魔法の勉強をしているとよく深刻な顔で話すようになったな。……多分、俺の紋章が三級だからだろうなぁ)

 ごめんなさい。俺は立派な魔法使いにはなれないみたいです。

 しかし代わりに弟と妹はどちらも二級の紋章を持っているので、魔法使いとしての名誉はあの二人に譲ろう。

 人より手札が少ないという状態は前世で慣れている。

 ウィニングにとっては、走れるだけで十分恵まれているのだ。それ以上の幸福は、あればもちろん嬉しいが、なかったとしても不幸に思うことはない。

 才能がないならないで、好きにやらせてもらおう。

(魔法を教えてもらえるのは一年後。その前に綿密な計画を立てるんだ。……最初の方針としては、速さとスタミナを無限に伸ばしたい)

 世界中を自由自在に駆け回るためには、その二つが不可欠だと思った。

 しかし、その二つを極めるにはどれだけの時間がかかるだろうか。

 できれば早めに手に入れたい。

(だから、せめて魔力のコントロールだけは先にやらせてもらおうかな)

 ウィニングは体内に宿る不思議なエネルギーを操作する。

 これこそが魔力。

 前世では感じたことのない、不思議なエネルギーだ。

 ウィニングはこれを毎日適当に操って訓練していた。右半身に魔力を寄せたり、左半身に魔力を寄せたり、上半身や下半身にも寄せたり、指先に集中して集めたり……。

 最初はここまでく操作できなかったが、ここ数日でようやくコツをつかめたところである。

 魔法は使っていないから、父や母に後ろめたい隠し事があるわけでもない。消費していないから枯渇することもない。……まあ敢えて言う必要もないと思うので黙っているが。

 そしてウィニングは、ある一つの答えにも至っていた。

 この魔力を更に膨らませて、全身を包めば、恐らくあの時と同じように力がみなぎるはずだ。

 きっとそれが魔法を発動するための条件だったのだろう。

(でも……微妙に感触が違うんだよなぁ)

 魔法について知識を得たことで、ふと抱いた疑問がある。

 初めて立ち上がった時と、初めて走った時、いずれもウィニングは確実に魔力を運用していた。だが、その時の感覚と今の感覚が異なる。

 あの時に感じた魔力は、自分の体内からではなく……どこかから現れたような気がした。まるで自分のものではないような……。

 感覚が異なっていたのはその二回だけだった。他はちゃんと自分の中にある魔力を使っている手応えがある。

 あの二回と今で、どんな差があるのか。

 もしかしたら、あのトラウマと化した高熱の原因は、魔力の枯渇ではないのかもしれない。

(まあ、いいや)

 分からないことは一旦保留にしておく。知識も体力も制限されている今の自分では、たとえ解明できたとしても時間がかかりすぎる。

(脚。とにかく脚だ。脚に自在に魔力を流せるようにしておこう。骨と筋肉、皮膚と爪……全部に流す。この技術は実際に魔法を使う時、きっと役に立つぞ)

 起きて朝食を食べたら、体力が尽きるまで庭を走り回る。

 昼食を食べたら、本で魔法の勉強をしながら魔力のコントロールを練習する。その後、夕食までまた走り回る。

 そんな日々が、暫く続いた。

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