一章 天才か変態か(4)


   ◇◇◇


 一年後。

 六歳になったウィニングは、庭で母と向かい合っていた。

「ウィニング。約束通り、魔法を教えるわ」

「やったーーーーーーーー!!」

 ウィニングは飛び上がって歓喜した。

 ついに──魔法の授業が始まる。

 座学はもう十分である。あらゆる本を読み尽くし、必要な知識はほぼ身につけたと自負している。

 ここから先は待ちに待った実践だ。

「まずは《身体強化》から覚えましょうか」

「俺が一番覚えたかった魔法です!!」

「そう、ちゃんと勉強しているのね。ちなみに他には何を覚えたかったのかしら?」

「《脚部強化》と《疾風脚》と《爆炎脚》です!」

「……随分偏ってるわね」

 ウィニングの頭には、覚えるべき魔法のリストがズラリと並んでいた。

 走るために必要な魔法は全て覚えるつもりである。

「ウィニング、体内の魔力は感じる?」

「はい」

「じゃあ、まずその魔力をぐるぐる回してちょうだい。こう、渦を巻く感じで」

 メティの言葉に従い、ウィニングは体内にある魔力で渦を描く。

 魔力の操作を続けてきてよかった。ウィニングは一瞬で魔力を渦巻かせることに成功する。

「できました」

「え、もう? ……それじゃあ次は、その渦巻いている魔力を全身に行き渡らせてちょうだい。指先までね」

「はい」

 ウィニングは全身に力を入れた。

 渦を作らず、普通に全身へ魔力を行き渡らせたらどうなるんだろう? と疑問に思ったが、恐らく渦を巻いた方が魔力にが生まれるのだ。この流れを利用すると、全身へ魔力を広げやすくなるし、出力もきっと向上する。

「全身に魔力を行き渡らせたら、一気に身体の外へ出してみて。一箇所からじゃなくて、ちゃんと全身から同時にね」

「む、むむ、む……っ」

 少し難しいことを要求された。

 ウィニングはうなりながら、魔力をコントロールする。

 必死な形相をするウィニングに、メティは微笑ほほえんだ。

「すぐにできなくても大丈夫よ。身体強化は無属性の中でも一番簡単な魔法だけど、それでも習得には一週間か二週間くらい──」

「──できました!」

 ウィニングの全身を、魔力のよろいが覆っていた。

 全身に力が漲ってくる。その感覚はやはり、初めて立ち上がった時と初めて走った時とはまた別のもの……ちゃんと自分自身の魔力を使っている手応えがあった。

 多分、これが正常なのだろうとウィニングは察する。

「…………え?」

 一方メティは、そんなウィニングを見て目を見開いた。

 まるで、信じられないものを目の当たりにしたかのように。

「そ、そう。凄い、わね……本当に」

 メティは妙に動揺した様子で言う。

 一旦メティは深く呼吸して、落ち着きを取り戻した。

「でも、その状態を維持して動けるかしら?」

「え? ……あっ!?」

 試しに身体を動かそうとしたら、一瞬で《身体強化》が解除されてしまった。

「難しいでしょう? 魔法は発動だけでなく、その後の制御も難しいのよ」

 魔法の発動と、身体を動かすという動作は全く異なる。まるでピアノを弾くように、あるいはドラムを叩くように、一度に二種類の動作をするに等しい行為だ。

 悔しい。

 正直、この一年間ずっと魔力の操作を練習し続けてきたので、《身体強化》くらいなら簡単に使いこなせると思っていた。しかし発動と維持で別々のテクニックが要求されるとは……完全に想定外である。

 せっかく、この状態で思いっきり走りたかったのに……まだそれは実現できないようだ。

 全ては己の未熟さゆえ。

 だったら──もっと努力するしかない。

「《身体強化》は一番簡単な魔法であると同時に、発動も制御も学ぶことができる初心者にぴったりの魔法なの。だからまずは、この魔法をしっかり使いこなせるようになってね」

「分かりました」

「それと……ウィニング。魔法の四大要素はちゃんと覚えているかしら?」

「はい。属性、容量、発現量、発現効率です」

「正解よ」

 メティは満足げに頷く。

 属性は単純に、習得できる魔法の属性を示している。たとえばメティは水で、フィンドは土だ。メティは水属性の魔法のみを使うことができ、フィンドは土のみが使える。二人とも異なる属性の魔法は習得できない。

 ただし無属性の魔法だけは誰でも習得できる。《身体強化》はその一つだ。

 次に容量。これは魔法の燃料となる魔力を、どれだけ体内に蓄えられるかを示している。魔法を発動すると体内の魔力を消耗し、最終的にはガス欠……魔法を一切使えない状態になる。

 容量が大きければ大きいほどガス欠になりにくい。更に魔法の中には大量の魔力を消耗しないと発動できないものが存在する。いわゆると呼ばれるものだ。大魔法は、ばくだいな容量を持つ人間にしか発動できない。

 発現量は、一度に消費できる魔力の上限を示している。最大火力と言い換えてもいいだろう。たとえ容量がどれだけ大きくても、発現量が小さければ大きな魔法は使えない。

 そして発現効率は、いわゆる燃費である。これが高ければ高いほど、少ない魔力でより大きな魔法を発動できる。

「残念ながら、この四つの素質は生まれた時から決まっているわ。紋章の等級がそれを示しているの。でも決まっているのは最大値だけで、最初から全ての能力が高いわけじゃない。だから怠けている一級よりも、真面目に努力した二級が勝ることはある」

 敢えて二級で説明したあたり、たとえ死に物狂いで努力しても、四級や三級では怠けた一級にすら勝つことが難しいのだろう。メティは子供が相手でもうそをつくことはなかった。

「ウィニングの紋章は、火と風の二属性持ちという珍しいものだけど、三級だから容量が少ないわ。だから無茶しないでね。魔力が底をつくと最悪、気を失ってしまうから」

「分かりました」

 メティの説明にウィニングは頷いた。

(属性魔法は魔力を大量に消耗する。なら俺は、無属性の魔法を学ぶべきだ)

 果たしてこの方針が長期的なものになるかどうかは分からない。

 いずれは属性魔法にも手を出したいが、先の話は基礎を身につけてから考えよう。

(まずはこの《身体強化》を極めよう……それこそ、眠っている間でも発動できるくらい)

 ウィニングは早速、《身体強化》の練習を始めた。

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