第28話 ものすごくピンチ
「こ、このやろー!」
いつもはこんな言葉、口にしないけど。
今は気合いだ。
すでにティラノサウルスは目前。どう猛な呼吸が聞こえる。失敗したら、多分死ぬ。
だけど、どうせ死ぬなら。
やるだけやってみなきゃ、絶対後悔する。
目をつむってしまいそうになるけど、ちゃんと開けて。
ティラノサウルスの鼻が、もう目の前にあって。
「今だ!」
青葉の声が聞こえた。
ぷしゅ。
スプレーを発射する。
ティラノサウルスが吠えた。耳がびりびりする。
思わず目を背ける。
「貸して! もう一発!」
今度は青葉が直太の手からスプレーを奪った。そして。
のたうち回るティラノサウルスの顔が近くに来たところで、その目を狙ってスプレーを食らわせる。
再びティラノサウルスが吠える。息が、生臭い。
ティラノサウルスにもジョロキアは効いたのか、顔を地面にこすりつけるようにのたうち回っている。
直太の一撃は鼻に、青葉のは目に。熊にだったら効いて、逃げてくれるはずだけど。
「やった!?」
転げ回っているティラノサウルスを見て青葉が言う。
だけど、これは。
「ダメだよ。ひるんで逃げてくれないと。これじゃ、僕たちの方がすぐに逃げないと!」
直太は青葉に向かって叫ぶ。
テリジノサウルスたちの方を見る。親テリジノサウルスは少しケガを負っているのか、それとも疲れからなのか、よろよろとした動きで子どもたちを連れて逃げようとしている。逃げ切ってくれればいいと思う。少しでも逃げるための時間を作れたなら、それでいいと思うしかないのかもしれない。
後はこのティラノサウルスがいつまでこうしていてくれるか、だ。
「青葉ちゃん、行こう!」
「う、うん」
さすがの青葉も今あったことで足が動かないのか、なかなか走り出さない。
「大丈夫。一緒に、走ろう」
直太は青葉の手を取った。直太だってまだ震えが止まらない。
だけど、二人でならきっと動ける。青葉も手を繋いだことで少しだけ落ち着いたのか、うなずいた後、歩き出した。
後ろからティラノサウルスの気配を感じながら、直太は必死で足を動かした。
友則と入江は、さっきと同じ場所で直太たちを待っていた。
「どうして逃げてなかったの!」
青葉がよろけながら言う。
「だって、青葉さんたちが……」
震える友則の手に何かが握られていた。
「それ……」
青葉も気付いたようだ。友則の手には、直太が持っているのと同じスプレーが握られていた。どうやら、友則も持ってきていたらしい。
「もしかして、助けてくれようと思って?」
「だって、だって……、怖いけど。二人が食べられでもしたら……」
がくがくと足を震わせながら、友則は言う。
「水を差すようだけど」
急に入江が割って入った。
「ティラノサウルス。倒したわけじゃないから、すぐ移動した方がよさそうだ」
言われて、直太は振り向く。
まだティラノサウルスはそこにいた。ジョロキアが効いているおかげで、まだ追ってくる様子はない。
だけど、逃げてはいない。
もう一度スプレーが通用するかもわからない。
歩き出すと、隣に並んで入江が言った。
「すごいな、竹内くん」
「え?」
「俺なんか足、動かなかったのに」
「そう、かな」
こんなときなのに、なんだか照れた。直太がすごいって言われるなんて。
青葉が危険な目に遭うと思ったら、足が動いてしまった。それだけなのに。
「がんばって引き離そう。走れる?」
「がんばる!」
「がんばります」
直太も走り出した。いつもよりはすごく遅いと思う。さっきのことで足の震えがまだ止まらない。それでも、止まらずに走った。
このままならなんとか逃げ切れる。少しだけ安堵したときだった。
ガサガサと目の前の木が揺れて、目の前に、
「……っ!」
現れた。
あの時の、大きいティラノサウルスだ。
みんなの足が止まる。
「別の方向に逃げよう!」
青葉が叫ぶ。
「だって、足が遅いんだから」
だけど、直太たちの足も、もう限界だった。
それなのに、
「マジか」
後ろを見た入江が呟くのが聞こえた。
ものすごく嫌な予感がして直太も振り向く。
今度は、若いティラノサウルスが追いついてきていた。回復してしまったらしい。しかも、心なしかさっきよりも、ものすごく威嚇をされている気がする。鼻息もなんだか荒い。
「お、怒ってる?」
恐る恐るという感じで青葉が言う。
「怒ってる、と思う……」
なにしろジョロキアスプレーを食らわせたのだ。怒ってない方がおかしい。そもそも、テリジノサウルスではなく直太たちの方へ来た時点で、怒りがこちらへ向いているのがわかる。
「まさか、親子だったんでしょうか。ティラノサウルスは単独で狩りをしていたと考えられがちですが、実は集団で狩りをしていたかもしれないと最近の研究でわかってきたんです」
こんな時にまで友則は知識を披露してくれる。
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