第27話 青葉ちゃんを助けろ!
「って、ゆっくり話してる場合じゃないみたい! ええと、これ違う。ここか?」
ごそごそとどこかの猫型ロボットみたいに、青葉が自分のリュックを探る。
「あったー! まだ残ってる! よし、行ってくる」
「「「え」」」
声を上げたのは直太たち、男三人だ。
「え? だって、私が一番運動神経いいでしょ? 鼻の頭にこれ、吹きかけてこればいいんだよね」
「いやいやいや」
なんて言っているうちに、すでに青葉は走り出していた。青葉の本気の走りに直太がついていけるわけがない。それでも、青葉を一人で行かせるわけにはいかない。
「直太さん! 青葉さん!」
「竹内くんまで行ったら危ないよ!」
後ろから友則との声が聞こえたけど、直太は止まらなかった。
「二人はそこで待ってて!」
振り向くひまなんてなかったから、前を向いたままそれだけを言った。
青葉が走りながらスプレーのフタを開けている。本気でやるつもりだ。
「あ」
ティラノサウルスの牙が親テリジノサウルスの爪を抜けた。俊敏な動きでその腹に食らいつこうとする。
思わず目をつむりたくなった。
悲惨な場面はさすがに見られる気がしない。
テレビの向こうでも恐竜映画の怖い部分は目を背けてしまう直太だ。
それでも、目の前の青葉は走っていた。
「間に、合えー!」
走りながら、青葉は叫ぶ。
その声があまりに大きかったから。
今にもテリジノサウルスに噛み付きそうになっていたティラノサウルスが青葉の方を向いた。
目の前で起こっているのに、遠くで起こっているような気がしていた。画面の向こうみたいな、そんな気が。
そう思うことでなんとか気力を保っていたのかもしれない。
けれど、今、あの恐竜はこちらを向いた。
ティラノサウルスは、こちらを見て鼻を鳴らした。
直太は足がすくんで立ち止まりそうになった。
安心、していたのかもしれない。他人事なんだって。
でも、もう違う。
ターゲットが、変わった。
青葉は立ち止まった。スプレーをまるで銃でも構えるかのように前に持って、ティラノサウルスを待ち受ける。
ゆっくりとティラノサウルスの体がこちらを向いた。
獲物を品定めするような視線が刺さる。青葉と、それと直太に。獲物を狙う肉食獣の目ににらまれて足がすくむ。
ティラノサウルスの視線の動きで後ろに誰かいるのか気になったのか、後ろを向いた。
「直ちゃん!?」
誰も来ていないと思ったのか、青葉が驚きの声を上げる。
その瞬間。
ティラノサウルスの足が地面を蹴った。
「青葉ちゃん!」
「え?」
青葉がティラノサウルスの方を向く。ティラノサウルスは一気に距離を詰めてくる。
「ちょ、ちょっと待って……!」
せっかくスプレーを構えていたのに、直太に気を取られて手を緩めてしまっていたらしい。直太がついてきてしまったせいだ。助けるつもりで来たのに。青葉をピンチにしてしまった。
足がすくむけど。
手も震えているけど。
正直、ちびりそうだけど。
「そんなこと……、言ってる場合じゃない!」
口に出して叫んだ!
口は渇いて、声は出なくて、半分も言えなかったと思うけど。
直太は地面を蹴って。
「青葉ちゃん! それ、貸して」
慌てて上手く構えられない青葉の手からスプレーをもぎ取って。震える手で、スプレーをティラノサウルスに向けた。
ティラノサウルスは直太より大きいけれど、今は前傾姿勢で走ってくるおかげで目線の高さは同じ。
どうして飛び出して来ちゃったんだろう。
今悩んでるヒマなんてない。
さっき青葉がやっていたように、銃みたいに構える。へっぴり腰で青葉みたいに決まらないけど。それでも。
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