第22話 求めていた冒険

「うう、お腹、減った……」


 最初に根を上げたのは青葉だ。


「とりあえず、少し休憩しよう。ここなら開けてて少し安全そうだから」


 入江が周りを見回しながら言う。

 青葉は倒れるようにその場に座り込む。


「大丈夫? 青葉ちゃん」


 直太は青葉をのぞき込む。その時、直太の背中から鳴き声がした。タオルにくるんでリュックの中に入れてあるのだが、時々外を見るように顔を出している。少し動けるようになったらしい。


「よしよし、君もお腹空いたよね」


 まだ足が本調子ではないのか、慣れてくれたのか、リュックを下ろしても逃げ出したりしない。

 ピィピィと直太を見て鳴く様子を見ていると、まだ家に来たばかりのだいふくのことを思い出す。

 大福に会いたい。さみしくて帰りたいとかじゃなくて。そのはずだ。


「その葉っぱなら柔らかそうかな」

「いいんじゃないかな?」


 青葉と二人でヒナのための葉っぱも探す。まだヒナだから、なるべく柔らかそうで食べやすそうな葉っぱを選ぶ。

 昨日も、おそるおそる葉っぱを食べさせてみたら嬉しそうに食べたのだ。だいふくもあげれば葉っぱとか草も食べるのかもしれないけど、いつも穀物みたいなものを食べている。

 直太は集めてきた葉っぱをヒナの口元に近付けた。昨日はヒナの方もおそるおそるだったけど、今日は最初から食いついてくれる。自分の手からえさを食べてくれるのはやっぱり嬉しい。

 くちばしでついばむようにではなく、もしゃもしゃと口を動かして葉っぱを食べている姿を見ると、やっぱりこのヒナは草食恐竜なんだなと思う。

 直太が目を細めてヒナを見ていると、


「うらやましい……」


 いつの間にか青葉が隣に来て草を食べるヒナをのぞき込んでいた。


「うらやましい、って。葉っぱが? 青葉ちゃんもあげてみる」

「違う違う。食べたいってことだよー。マヨネーズとかつけたらいけそう。持ってきてないけど」


 青葉が言った瞬間、どこかから低い鳴き声のような音が響く。

 さっ、とみんなが身構える。周りにまた恐竜が迫っているかもしれない。

けれど、次の瞬間。


「ごめん、これ、私のお腹の音」


 青葉が言って、みんながずっこけた。


「確かに、お腹は空いたね」

「青葉さん、朝もしっかり食べていましたからね。入江さんが止めていたのに」

「えー、だってお腹空いて」

「こんな時だから取っておいた方がいいとあれほど言っていたのに、さすが青葉さんですよね」


 はあ、と友則がため息を吐く。いつもの友則だ。昨日のことがあったから、朝、最初に顔を合わせるときはちょっと気まずかった。直太がそうなんだから、友則はもっと気まずかったはずだ。心細さだって消えてなんかいないはずだ。

 それなのに普段通りに見えるようにしている友則はやっぱりすごい。直太より年下なのに。


「バナナも、朝食べちゃったし……。先生が三百円分とか言わなければもっと持って来れたのに……」


 いつも元気な青葉がしゅんとしている。そうだった。青葉はお腹が空くと元気が無くなるんだった。


「別に遠足じゃないんだから、こっそり持って来ちゃえばよかったなあ」


 昨日の夜友則に言ったとおり、青葉がいれば暗くなんてならない、はずだった。ただし、青葉のお腹さえ満たされていればの話だった!

 ヒナは僕らの事情なんか全く知らないで、美味しそうに葉っぱを食べている。


「……先生、俺たちのこと探してるのかな」


 ぽつりと言ったのは入江だった。


「そういえば、そうだね」


 あまりに色々なことが起こりすぎて先生のことは忘れていた。


「そうですね。目の前で僕たちが崖崩れに巻き込まれたんですから、探してはいるんじゃないですか。でも、そこを探されても……」


 普通に話し出した友則だったが、段々と声が小さくなっていく。友則の言おうとしていることはわかる。


「そこで探されても、しょうがないもんね」


 続きは直太が言った。


「はい」


 友則が頷く。


「よくわからないけど、僕たちは恐竜時代に来ちゃってるんだから」

「そう! そうなんだよ! 考えてみれば、恐竜の骨を探しに来て恐竜時代に来てるってすごいことだよね」


 へたりこんでいた青葉が急に立ち上がる。


「これこそ、私たちの求めていた冒険なんじゃないの!? 骨なんか現代にもあるけど本物の恐竜見れるなんて私たちだけだよ!」


 今の状況をめちゃくちゃポジティブにとらえられる青葉はすごい。


「帰れないかもしれないんですよ」

「でもさ、こういうのって冒険する漫画とかアニメでよくあるけど、そのうち帰れたりするでしょ? それなら、楽しんだ方がいいんじゃない?」

 

 青葉がきらきらと目を輝かせて言う。冒険だと思ったとたん元気になったみたいだ。


「ねえ、そう思わない? 入江くん! サバイバル得意なんだよね? それなら、木の実とかキノコとか取ったことあるんでしょ? それでワイルドに食べたりさ!」

「え、いや、俺がやってるのはただのキャンプなんだけど。サバイバルって言うよりどっちかと言えばアウトドア、だと思う」

「サバイバル……アウトドア……。どっちでもいいや。昨日から入江くんがすっごく頼りになるからさ! せっかくなら楽しもうよ。お菓子がないなら木の実でもなんでも見つけて食べればいいじゃない! パンがないならお菓子を食べればいい! みたいな言葉なかった?」

「それ、マリー・アントワネットですね。そういう意味じゃないと思いますが」

「そうなの?」


 青葉が首を傾げる。


「確かにそうだね。じゃあ、果物とか食べられそうなものを探しながら歩こうか」

「白亜紀にはすでに被子植物は繁栄しているはずですから、果物もきっとありますね」

「ひし、しょくぶつ……?」

「果実を付ける植物のことです。難しい言葉で言ってすみません」

「理解した! そうと決まったら果物、探そう!」


 青葉が急に元気になってずんずんと歩き出す。


「まったく、青葉さんは」


 友則がまるで青葉よりも年上のように、ため息を吐く。

 直太と友則は顔を見合わせる。そして、少し笑って歩き出した。もちろん、草を食べ終わっていたヒナも一緒だ。入江の足取りもさっきよりも軽くなっている気がする。

 やっぱり、青葉がいると周りまで明るくなる。

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