第19話 夜中に目が覚めて

 再び、恐竜に追いかけられていた。ティラノサウルスだ。後ろから振動が迫っている。確か、そんなに長くは走れないと聞いたはずなのに、ティラノサウルスは全くあきらめる様子は無い。

 なぜか、周りに誰もいない。みんな先に行ってしまったのだろうか。

 どうして直太は一人で走っているのだろう。みんなはどこに行ったのだろう。わからないけれど、今は走るしかない。

 なんだか泣きたくなってきた。怖くて、さみしくて。

 そう思った途端、どこかから泣き声がした。直太の声じゃない。

 目が、覚めた。

 パチパチと燃える音がした。

 それで、ここがどこだか思い出した。

 恐竜に追いかけられていたのは夢だったらしい。直太は、ほっと息を吐いた。

 だけど、おかしい。泣きそうになっていたのは夢の中の直太だったはずだ。それなのに、どこかからすすり泣くような声が聞こえる。

 直太は目を開ける。

 目の前にはレジャーシートの天井があった。寝る前に入江が設置してくれたものだ。野宿の時はこんな簡単なものでも屋根があるだけで、少しでも安心できるから、と言っていた。確かに寝るときちょっとした屋根があるだけでも建物の中にいるような安心感があった。さすがアウトドアが得意な入江だ。

 レジャーシートの隙間から外を見ると暗かった。暗いけれど、ほんのりと明るい。まだ火が燃えているからだ。直太の鼻を焦げるような匂いがくすぐった。刺すような、甘いような。

 夢から覚めても、まだここは恐竜時代の森らしい。


「う、ぐすっ」


 やっぱり聞こえる。

 直太は身体を起こした。なんだろう。いつもならなんでもないのに、身体中がすごく痛い。それに、顔がひりひりと乾いている感じがする。


「うーん」


 身体を伸ばしてみる。関節がパキパキと音を立てる。なんだか、おじいちゃんになったような気分だ。

 いつも寝ているベッドってすごい。固い地面で寝るとこんなに痛いなんて知らなかった。コキコキと鳴る首を回してレジャーシートから這い出ると、直太は周りを見回す。

 青葉と入江は眠っている。隣にそっと眠らせておいた恐竜だと思われるヒナもすうすうと寝息を立てていた。そのことには、ほっとする。

 そして。

 目が合った。

 友則だった。

 目が赤いのは、炎に照らされているだけだからじゃないと思った。友則は泣いていた。

 直太は慌てて立ち上がった。そして、友則に駆け寄る。


「大丈夫!?」


 思わず大きな声が出てしまった。泣いていた友則が一瞬、ムッと顔をしかめる。

 あ、と直太は思った。こんなところ見られたい訳がない。一人で夜に泣いているなんて、かっこ悪い。そう、友則だって思うに決まってる。

 直太だって自分がそんなところを見られたらすごく気まずくて困ると思う。


「……ごめん」


 謝るけれど、だからと言ってもう見なかったことにも出来ない。


「なんで謝るんですか」

「それは……」

「目に、ゴミが入っただけです」


 嘘だ、と直太は思う。あの泣き声は聞き間違いじゃなかった。それに、友則の顔には隠しきれない涙の跡がある。それでも、違うと言い張ってしまうのが友則らしいとも思う。昼間に入江におぶってもらうのもためらっていたような友則だ。


「今は僕が起きている番です。直太さんは寝ていてください」

「あ、……うん」


 友則に言われて思わず本当にそうしようかと思ってしまう。だけど、と直太はもう一度友則の顔を見た。

 その顔はなんとなく心細そうな気がした。

 だって、さっきまで本当に泣いていたんだ。何かあったに決まっている。

 今、この状況で泣いてしまうようなことと言えば、これからどうなるかって考えて心配になっていたとか。きっと、そういうことだと思う。

 こういうとき、直太ならどうしてもらえば落ち着くだろう。

 放っておいて欲しい?

 なぐさめて欲しい?

 放っておかれたら、きっと心細い。また泣きたくなる。

 なぐさめられたら、きっと気まずくなる。泣いているところを誰かに見られたなんて、意地を張って嫌な態度を取ってしまうかもしれない。

 だったら、ただ隣で座っていようと思った。

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