第15話 逃げろー!
「……すみません。はぁはぁ、げほっ、……立ち上がれなくて」
友則は地面に座り込んでしまっている。息も苦しそうだ。
直太は今にでもティラノサウルスが追いかけてくるのではないかと、ちらちらと後ろを確認してしまう。
かなり遠くでティラノサウルスの吠える声がした。
びくんと肩が震えてしまう。
だけど、さっきまですぐ後ろにいたはずのティラノサウルスがいつの間にか遠くにいる。ずいぶん走ったとは思うけど、こうして追ってこなかったのだろう。
途中で他の獲物でも見つけてそっちに行ったのだろうか。
走るのに必死で、いつの間にかいないなんて気付かなかった。
「大丈夫? 立てそう?」
青葉が友則に手を差し出す。
「が、がんばります」
よろよろと友則が立ち上がる。
「急いで逃げないとまた追いついてくるかも。おんぶしようか」
青葉が背中を友則に向ける。
「……それは、ちょっと」
「それなら、俺が背負うから。ほら」
「えと、すみません」
女の子におんぶされるのは恥ずかしかったのだろうか。青葉の申し出にはとまどったように体を引いた友則だったが、入江の背中には素直に収まった。
「俺が一番体力あるから」
入江は言うが、楽ではなさそうだ。
「このままだと走れないと思うから追いつかれたらまずいけど」
「ゆっくりでも、少しずつでも逃げれば大丈夫だと思います」
「どういうこと? 走らなくて大丈夫?」
「多分、そうだと思います」
「えー、でもティラノサウルスって走るの速いんじゃないの? ほら、直ちゃんと一緒に観た映画でも車を追ってきたりしてたよね」
「うん」
青葉の言葉に直太もうなずく。
「だから、早く逃げないとまずいんじゃない? 追いつかれちゃうかも」
「あれは映画だからで、ティラノサウルスはそれほど速く走れなかったと言われています。あの大きさの体で速く走ろうとすると体重を支えきれなくて骨折してしまうみたいです。だから、速く走れたとしてもそれは短い時間なんです。現代だとチーターみたいなものです」
「じゃあ、俺たちは逃げ切れた?」
「だと思います」
直太は体の力が抜けた。
「そっかあ」
ため息ととも安心の声が出る。
「よかったああああ」
青葉も同じみたいで、ふにゃんと座り込む。
「でも、ゆっくりでも追ってくる可能性もあるので、移動はした方がいいかもしれません。嗅覚がよかったという説もあるので」
「え、マジで」
友則の言葉に、シャキン! と青葉が立ち上がった。
◇
「とりあえず、大丈夫そうかな?」
しばらく歩いてから、入江が言った。
ティラノサウルスが追ってきているような気配は無い。
「結構歩きましたし、縄張りを出たのかもしれません。下ろしてもらって大丈夫です。……ありがとうございます」
「いいよ」
すとん、入江が友則を下ろす。友則を背負っていた入江が一番疲れているはずなのに、座り込んだりはしない。
「入江くん、大丈夫?」
心配になって声を掛ける。
「大丈夫」
とは言っているけど、汗をかいているのは見ただけでわかった。
「ちょっと、この子いい?」
青葉にタオルに包まれたヒナを渡す。
「あわわ。私が抱っこして、大丈夫?」
「そっと抱えれば大丈夫だよ」
不安そうにしながらも、青葉はそっとヒナを抱いてくれる。よしよし、と人間の赤ちゃんでも抱っこしているようにあやしているのが、なんだか可愛い。
直太はリュックの中から水筒を取り出す。
「これ、よかったら」
「ありがと。でも、俺も持ってるから大丈夫。それは竹内くんが飲んで。みんな飲んだ方がいい。汗で水分が奪われてると思うから」
入江に言われて、みんなで水分を取ることになった。
ヒナは地面のタオルに包んだまま地面の危なくないところに下ろした。やはりまだ自由に動けないのか、じっとしている。
あまりに逃げるのに必死で気付いていなかったけど、確かに喉はすごく渇いていた。まるで百年ぶりにお茶を飲んだみたいに美味しかった。青葉はあんまり慌てて飲もうとしてむせていた。
みんなで座ってお茶を飲むと少しだけ落ち着いた。
だが、水筒を振りながら友則が不安そうに言った。
「でも、ここってコンビニもないし自販機もないし、これ飲んじゃったら大丈夫ですか?」
「それは大丈夫、だと思う」
答えたのは入江だ。
「一応森の中だし、水は探せばあるはず。それに、キャンプで簡単なろ過器なら作ったことがあるし、多少濁ってる水でもいける」
「え、なにそれ、すごい! なんか冒険な感じ!」
こんな状況でも青葉はキラキラと目をかがやかせている。
「あとは安全なところがあればいいんだけど」
入江があたりをを見回す。
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