第9話 さっきとは違う場所

 目を開けたら、森の中だった。

 もちろん、さっきまでも森の中ではあったけど。

 さっき直太に向かって迫ってきた土砂はどこにもない。


「あれ?」


 声が出る。土に埋もれたとばかり思っていた。


「どうなってる、の?」


 目の前に見える景色が、さっきとはなんだか違う。降ってきた土砂はないし、それに……。


「大丈夫?」


 すぐ横から声を掛けられて飛び上がりそうになる。声のした方へふり向くと、入江がいた。


「い、入江くん。無事だったんだ」

「竹内くんこそ」


 いつもと同じで表情がよく分からないけど、土で汚れたりしていないのが不思議だ。見間違いかなにかだっただろうか。見間違いにしてはあまりにもリアルだった気がする。


「僕たち、助かってます?」


 友則の声もした。

 少し離れたところで尻もちをついている。


「あれ? あれ?」


 友則の横では青葉が立ち上がって、不思議そうに周りを見回している。


「私たち、こんなとこにいったっけ?」


 そうなんだ。さっきとは、景色がすっかり変わっている。

 さっきまでは遠足とかでよく歩く感じの森の中にいたはずだ。けれど今、直太たちがいるのはどこかの温室の中のような場所だ。


「しかも、なんか蒸し暑くない? さっきまで涼しかったのに」

「温室みたいだよね」

「本当だ! 言われて見ればそんな感じ!」


 青葉がまたきょろきょろしている。


「ええと、いきなり建物の中に入ってるとか、そういうの、ある?」

「あるわけないと思いますけど。でも、変ですね。周りの植物がさっきと違います」

「ああ、本当だ」


 さっきから温室にいるような気分になっていたのは、そのせいもあったのだと気付く。


「確かに、温室の中でよく見るような植物ばっかりかも」


 今、直太たちを囲んでいるのは、いつも道ばたに生えているような木ではない。南の国だか島だか、そんな感じのところに生えているイメージのものばかりだ。


「シダ植物、にしては大きいですね。日本ではあまり見られないと思うものばかりです。青葉さんの言うとおり、普通なら温室くらいでしか見られないですね」


 友則が不思議そうに周りに生えている植物を触っている。


「触ってかぶれるようなものではない、か……」


 なんて言いながら、入江も周りの植物を確かめている。

 で、そんなみんなを見ていてようやく気が付いた。


「そういえば、先生は?」


 直太の言葉で、ようやくみんなも気付いたみたいだ。


「あれ? さっきまで一緒にいたよね?」


 青葉が首をひねる。


「崖崩れがあったときに声が聞こえてきた気はするんだけど」

「まさか、一人だけ巻き込まれたってことはないですよね」

「そんな」

「えー! 先生、大丈夫かな」

「多分、大丈夫。先生はまだ崖からは離れた場所にいたから」


 ちょっとしたパニック状態になっている直太たちに、冷静な声で入江が言う。


「そ、そうだよね。うん! ただはぐれただけだよね」

「はぐれたというか、ここがどこかもわからないわけですが。どちらかと言えば、僕たちの方がはぐれたのでは?」

「うん。でも、とりあえず、少し歩けば遊歩道に出るんじゃないかな。だって、そんなに離れてなかったし。そしたら、きっと先生とも会えるんじゃないかな」


 青葉がみんなを元気づけるように笑った。


「だから大丈夫だよ、友則くん!」


 そう言って、ばんばんと友則の背中を叩く。


「少し離れただけで、こんなに景色が変わるとも思えませんが……」

「うーん。土砂に流されてきた、とか?」

「それなら服が汚れていそうな気がします」

「確かにねー」


 青葉が首をひねる。


「あのさ、まずは遊歩道探す?」


 さっきまで全然しゃべらなかった入江が、ここに来てさっきからすごくまともなことを言っている。


「だね! じゃあ、ちょっと歩いてみよっか!」

「気を付けて行こう。周りがどうなってるかわからないから、気を付けた方がいい」

「おっけー!」


 入江の言葉を理解しているのかしていないのか、青葉がずんずん歩き出す。


「……だから、ゆっくり」


 ため息まじりの入江の声は、青葉に届いていない。

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