第4話 熊よけスプレーを作ろう
「うちのおばあちゃん辛い物好きだからさー。それはいいとして、えっとね。熊よけって唐辛子が入ってるんだって。それで、相手をピリピリさせてひるませるって仕組みなんだって」
「唐辛子の成分で粘膜に刺激や痛みを与えて、撃退する仕組みですね」
「そうそう。それで、自作じゃ効かないかと思ったんだけど普通の唐辛子じゃなくてジョロキアならどうかなーと思って。ちょうど家にあったし!」
ごそごそと、青葉がジョロキアを取り出そうとする。
「あ、待ってください。これ、ちゃんとつけてくださいね」
「そうだった。危ない危ない」
友則がビニール手袋を青葉に手渡す。
「よし!」
青葉は手術をする医者のようにビニール手袋を手にはめる。
「手袋?」
「手で触るだけでも痛みが出てしまうので手袋が必要なんです。ジョロキアを触った手で目なんかこすったら大変なことになりますから」
「うわあ」
考えただけで恐ろしい。唐辛子を目に入れたことなんてなくても、なんとなく想像は出来る。
ただの山歩きで、そんな危険なものが本当に必要なのかと言いたいが、きっとまた青葉をがっかりさせてしまう。
「エタノールはなに? まさか熊に注射でもするつもりとか?」
注射となると逃げたくなるのは熊でも同じなのだろうか。
「そんなわけないでしょ!」
青葉が笑う。
「唐辛子に入っているカプサイシンは水では溶けにくいので、アルコールに漬けておくといいんです。それでエタノールを使うんです」
「そうそう」
わかっているのかわかっていないのか、うんうんとうなずく青葉。
「じゃあ、さっそくだから作っちゃおう。二週間くらい漬けておかなきゃいけないみたいだし、ギリギリだからね!」
「そうですね」
「直ちゃんも手伝ってくれるなら、ちゃんと手袋はめてね」
「わかった」
直太は素直にうなずく。
それから、三人でジョロキアのアルコール漬け作りに取りかかった。といっても、ジョロキアが手につかないように気を付けながらスプレーボトルに入れて、アルコールを注ぐだけだった。
とは言っても、ジョロキアが手に付くと危険なのは確かだ。青葉は真剣な顔になっている。
作業に集中している青葉を見ながら、友則がこっそりと直太に耳打ちをする。
「青葉さんにはないしょなんですが、これ、本当は家庭菜園の虫よけスプレーの作り方なんです」
「そ、そうなの?」
ひそひそと話している二人に青葉は全く気付いていないようだ。昔から何かに夢中になると他のことが見えなくなる性格だ。
「でも、作りたいって聞かないんで、とりあえずやってみようかと思って」
「そうなんだ」
少しほっとした。だって、本当に危ないものならどうしようかと思っていた。
「あ、でも、ジョロキアなら本当に危ないかもしれないんですけど。まさか、普通の唐辛子じゃなくてジョロキア持ってくるなんて聞いてませんでしたから」
が、続く友則の言葉で再び不安になる。
「まあ、人に向けなければ大丈夫だと思います。普通に虫よけにも使えますし」
「それなら、大丈夫かな」
熊よけスプレー(?)作りに熱中している青葉を見る。
好きなことしていると、ちょっと周りが見えなくなって、突っ走るところがある青葉だ。だけど、人を傷つけるようなことは絶対にしない。だから、危ないものを作っていても大丈夫なはずだけど。
「よし! 後は漬けておくだけ!」
出来上がった熊よけスプレー(?)を青葉がかかげる。
「振り回したら危ないから!」
「だね。でも、これで熊が出ても安心だね!」
一応、直太はうなずいてみせる。だけど、熊が出るような危ないところに先生が直太たちを連れて行くことはないと思う。多分。
「熊よけスプレーもいいですけど、化石が出そうな場所とか調べておいた方がいいんじゃないですか?」
「そうだった!」
今思い出したという顔で青葉が言う。
まさか、熊と戦うことばかり考えて恐竜の化石のことを忘れていたんじゃないだろうか。青葉ならありえる。
「一応、今度行くところには化石が出る地層自体はあるみたいなんですけどね」
「本当! じゃあもう見つかったようなもんじゃない?」
「いえ、そんな簡単には見つかるものではないと思いますよ。化石と言っても貝とか、植物とか、そういうものですから。それにまず、そういう化石ですら見つけるのは大変なんです」
「でも、恐竜が見つかるときもあるんでしょう? この前だって、ニュースになってたじゃない」
「それは、本当にすごいことだからニュースになるんです」
「そっかあ。でも、絶対出ないって決まったわけじゃないし! 当たり前だけど見つけるつもりで行くよ? 最初からあきらめててどうするの。あと、熊がいたら倒そう」
青葉がぐっとこぶしをにぎる。本当にやる気だ。
「そこは逃げようよ」
「えー」
青葉が不満そうな声を上げるけど、虫よけスプレーで熊を倒すなんてさすがに無理だ。
青葉が想像している冒険は一体どんなものなのか不安になる。もちろん、わくわくするような冒険はしたいけど命の危険があるような冒険はちょっと怖い。
「恐竜が出てきても倒せるかな」
「いや、さすがに恐竜は出てこないって」
「絶滅してますからね」
さすがに友則もあきれている。
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