第47話 メイドは回るものが好き
遊園地に入ってすぐ、園のマスコットキャラのモニュメントの前で記念写真を撮った。古宮は神崎と違い、カメラを持っていなかったので、祐介のスマホでだ。
「ハイチーズ!」
カシャッ。
綺麗なツーショットが撮れた。
もう彼は偽りの笑顔じゃなく、ちゃんとした笑顔になれた。それもこれも神崎のお陰だ。あの日、つらい気持ちを全部吐き出せて、それを彼女が受け止めてくれたから。過去に決着がついたから。もう祐介は偽りの笑顔になる事はないだろう。
「笑ってるご主人様、素敵です」
「ああ、サンキュー。古宮も可愛いぞ」
「かっ、かわっ……バタッ」
古宮は倒れてしまった。大丈夫か? 、と手を差し伸べる。しばらくして、彼女は普通に戻った。
(極力、この人にも可愛いと言わないようにしよう)
そう心がける祐介だった。
そして二人はまず何に乗るかを決める。
「ご主人様は何か乗りたい物など、ございますか?」
「特に無い」
この遊園地はまったり系といえど、豊富なアトラクションが揃っていた。絶叫系のジェットコースターが無いだけで、子供用の小型のジェットコースターはあるし、唯一船が回転するアトラクションだけは絶叫系だった。
それに乗り物の絶叫系が少ない為、お化け屋敷は滅茶苦茶怖いらしい。けど祐介はお化け屋敷の耐性はある。古宮はどうだろうか。
「そしたら、わたくしが決めますね。メリーゴーランドはどうでしょう」
「いいな!」
メリーゴーランドは空いていた為、すぐに乗れた。
古宮が祐介の少し前に乗っているかんじだ。
「これさ、いきなり急発進とかしないよな?」
「いきなり急発進するメリーゴーランドなど、経験した事がありません。基本ゆっくりです。ですが、人によっては退屈に思ったり、目が回るかたもいらっしゃるかもしれません」
「そうか」
祐介はあまり乗り物酔いしないので、それに関しては心配要らない。
まもなくメリーゴーランドが発進する。
愉快な音楽に合わせて、回っている。
童心に返ったような気分だ。
「楽しいですね」
「……」
祐介には正直楽しいとは思えなかった。退屈に思う派の人間だった。
「何かが足りない」
「やはりご主人様には猛スピードで回り続けるメリーゴーランドのほうが良かったのかもしれませんね」
「それは絶対にやだ」
そういう次元の話ではない。
何だか装飾も女の子っぽくて、落ち着かないしただ回ってるだけじゃつまらない。
メリーゴーランドの回転が止まり、降りる。
古宮はメイド服で乗り心地悪そうだった。けど、意外と本人は楽しそうだった。
「次、何乗りますか」
「何でもいい」
(しゅん)
彼女は拗ねてしまった。
「そんなにわたくしとの遊園地デートがつまらないですか? 偶には自主性を持って下さい」
「どうせ、神崎さんと行く遊園地デートのほうが楽しいんでしょう。分かってます。わたくしはいらない人間……ご主人様に必要とされないのなら、生きている意味が無い。ぶつぶつ」
(めんどくさ)
そこまで言うなら、祐介が決めるしかない。
「ごめん、何でもいいとか言って。あれ、乗りたい」
「承知致しました」
古宮は神崎と違い、切り替えは早かった。
祐介が指さしたのはおもちゃの銃を使って、乗り物に乗りながら的に当てる、というゲームのようなアトラクション。祐介が選びそうなアトラクションだった。
「自信はあるのですか」
「あまり無い」
そう言うが、彼はこの手のゲームはかなり上手い。
「勝負ですね」
「ああ、引き受ける」
祐介が選んだアトラクションは人気で、少しだけ待った。
待ち時間、祐介はスマホの写真フォルダを眺めていた。それを古宮が覗き込む。
写真フォルダにはかなり昔の写真から最近神崎と撮った、水族館の写真まであった。勿論、今日古宮と撮ったツーショットもある。
だが、彼が眺めているのは水族館の時の写真。この時はまだ笑えていなかった。
「これはご主人様ですか? 表情が固い気もしますが……」
「ああ、そうだ。神崎が俺を心から笑えるようにさせてくれたんだ」
この時、古宮は悟った。
どんなに頑張っても、ご主人様は
(やっぱりご主人様には神崎さんがお似合いか……)
ボーっとしていると彼に問われた。
「今日の写真はちゃんと笑えてるだろ?」
「えっ、ええ。そうですね」
祐介が写真を眺めていたのは、『神崎に会いたい』という思いも秘められていた。
とうとう祐介達の番がやって来る。
銃を構えて、戦闘態勢になる。そして、アトラクションは発車する。
「当たった数、数えてて下さいね」
「勿論」
赤く点滅する的に当てればいい。的は全部同じ大きさで小さい。
初っ端から祐介は本気を出していた。今のところ、通った道の的全てに命中させていた。
一方、古宮は苦戦していた。
三発外した。どうやら彼女はハイスペックでは無いようだ。きっと神崎なら、祐介と良い勝負だっただろう。
その後も祐介は順調に的に当てていき、古宮は苦戦。でも祐介も一発外してしまった。
おもちゃの銃なので、実際には弾は出ないし、うてる数にも限りは無い。だから古宮は考え無しに取りあえず、連射しているのだが――これが祐介曰くいけないらしい。
連射は指や腕が疲れるから、ちゃんと的を狙って、最大でも二発くらいがベスト、とのこと。
アトラクションが終わり、手と腕と指が死に、終いには表情も死んだ古宮と澄まし顔の祐介が帰ってきた。
「何発撃てました? わたくしは七発です。必死になっていたので、数え間違いあるかもしれませんが」
古宮はヘトヘトだ。
「俺は二十四発かな。惜しかった……」
「二十四発ってあと一発でパーフェクトじゃないですか! わたくしの負けです。しゅん」
(またしょんぼりしてる)
古宮に付いた、空想上の犬耳が垂れ下がっているのが容易に想像出来る。
「次、何乗りますか。あ、疲れないものがいいです」
「そしたら、コーヒーカップとかどうだ?」
「いいですね! わたくし、コーヒーカップ大好きです」
(こいつ、回るものが好きなんだな)
とはいえ、古宮は神崎と違い、自分を全面に出している。全く秘密主義では無い。メイドにも色々な種類のメイドがいるのだと、考えさせられる。けど、共通しているのはヤンデレだということ。
さっきのしょんぼりモードからコロッと変わり、はしゃぎながらコーヒーカップに向かう古宮。
(ほんと、気持ちの切り替えはえーな)
コーヒーカップに二人で乗る。
乗ってから祐介はある事に気づいた。
それを先に彼女が代弁してくれた。
「コーヒーカップって疲れません?」
「……」
お互い見つめ合う。
そして首を傾げる。
「まあいいよ。俺、回すから。君は座ってるだけでいい」
「きゅん」
古宮はときめく。
ときめいたのも束の間、勢いよくコーヒーカップが回り始める。古宮の綺麗な水色の髪が風に靡く。
「わああああー、目が回りますー」
「もう少しゆっくり?」
「はい。ゆっくりでお願いしますー」
さっきから古宮の語尾が伸びている。相当目が回って、上手く話せないのだろう。祐介は少し速度を下げた。
ゆったりモードになり、後半は彼女の表情も落ち着いていた。
いま祐介は気づいたが、コーヒーカップとメイド服って滅茶苦茶合う。
祐介はすかさず、スマホのカメラで撮る。
(わたくしを撮ってくれた……!)
古宮は喜ぶ。
「どうされました? 、ご主人様」
「いや、コーヒーカップとメイド服って合うなって思って」
「ありがとうございます」
コーヒーカップは徐々に速度が緩くなっていく。もうすぐ終わりを意味している。
楽しいひとときはあっという間。
もう遊園地デートの前半が終わってしまった。
「もうお昼ご飯の時間ですね」
「そうだな」
「食べたいものとか、ありますか」
「まだ決められない」
「では、ゆっくり一緒に決めましょうか」
そうして二人は遊園地のレストランや食べ物エリアを散策するのだった。
空は快晴で夏の太陽が眩しい。
行列には出来るだけ並びたくない……。
*あとがき
この作品はこの部分でエタとなります。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
【連載版】一人暮らしは寂しいのでメイドを雇った俺、雇ったメイドがヤンデレだった件 依奈 @sss_469m
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【連載版】一人暮らしは寂しいのでメイドを雇った俺、雇ったメイドがヤンデレだった件の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。