第41話 メイド、時間を大切にする


 ドライヤーが終わる。

 すると、彼女は祐介の手を両手で握りしめ、自身の頬に擦り合わせた。


「祐介様……」


「ん?」


「祐介様成分頂きました」


 神崎が何言ってるか分からない。


「おやすみ、神崎」


「おやすみなさい」


(今日は疲れてたから、言うの躊躇ったけど祐介様と添い寝したい……あれだけじゃ足りない)


 神崎は自室に戻る。

 先日、彼に部屋の中を見られてしまった。夥しい数の写真を見られたら嫌われるかも、と思ったが、嫌われなかった。


(祐介様の写真が無くても生きていけるかな?)


 心配だったので、お気に入りの四枚を実家に持っていくことにした。


「祐介様と四日会えないのか」


 きっとその日になったら、一日が長く感じるだろう。



 夜が明け、朝が来る。


 朝一で祐介はカレンダーに異変が無いか、チェックしに来た。


 カレンダーには✕印が追加されており、来週の水曜日から四日連続で✕印がしるされている。


「会えないって本当だったのかよ……」


 ここにきて初めて、確信に変わった。


 昨日の彼女の言葉――。


「祐介様としばらく会えなくなります」


 信じたくなかった。空耳だったら良かった。


 四日間も神崎と会えない。

 家事はどうなるのか。代わりの誰かがやってくれるのだろうか。


(でも俺は……神崎じゃなきゃ、嫌だ)


(そもそも四日も家を空ける用事って何だろう……。身内が亡くなったとか? 家族で旅行? ……そっか! 夏休みか!)


 そこで一つの正解こたえに辿り着く祐介。彼の中では腑に落ちている。


「あら、早いですね、祐介様。おはようございます」


 彼女が洗面所から出てきた。

 化粧もして、メイド服も着こなして、今日も完璧だ。


「おはよう」


 祐介はカレンダーの前に立っている。


「あ! 気づいてしまわれたのですね。そうなんです、カレンダーにもある通り、用事があってしばらくあなたとは会えなくなります」


「それって夏休みか?」


 一瞬、神崎は固まる。

 素直に言うべきか否か。最近彼女は素直になる事が多くなった。それは祐介と関わったからか、分からない。


 けど、祐介の「神崎のことをもっと知りたいんだ」という言葉が心に刺さっているのは確か。


「……夏休みじゃ、ないです」


「?」


 謎が深まった。


「じゃあ何だ?」


「それは……言えません。でも、外せない用事なんです」


「ふーん」


「ですので、わたくしが留守の間は代わりのメイドを派遣致します」


「……神崎じゃなきゃ、嫌だ」


 ボソッと祐介は呟く。それを神崎は拾う。


「そう仰って頂けて、とても嬉しいです。わたくしもそのメイドのことは嫌いです。ですが、きっと祐介様を守って下さると思いますから。仲良くしてあげて下さい」


「分かった」


 神崎は彼をぎゅっと抱きしめる。

 そして匂いを嗅ぐ。


(爽やかないい匂い。祐介様の匂いが詰まったモノも持っていこうかな)


 実家に祐介の服を何枚か持っていく事も決まった。


 朝食を済ませ、祐介を見送る。


 家に残されたメイドが一人。

 そう、このに慣れなければいけない。彼女にとって、祐介がいなければ一人でいるのと変わらない。


 このに耐えられるだろうか。

 祐介と一緒に暮らすようになってからは、この生活が当たり前になっていたけど、祐介がいなくても生きていけるだろうか。

「神崎じゃなきゃ、嫌だ」と言っていた彼は、新しいメイドと仲良く過ごせるのだろうか。


 色々な不安が募る。


 不安を掻き消すように、神崎はレポートを無心で解く。そして、ひと休憩。


(祐介様と連絡先交換出来たらいいのにな……)


 もし、祐介と連絡先交換してしまったら、それはメイド失格だ。メイドと主はあまり親密になってはいけない。本当はキスもハグもいけない行為なのだ。でも、気づけば二人とも一線を越えていた。

 だから、連絡先交換もいいんじゃ……と思うがそもそも神崎のスマホは手元になかった。近くにいるから、SNSでのやりとりは必要ないと思っていた。まさか離れるなんて想像もしていなかったから。


 昼になり、神崎はサンドイッチを食べる。彼女はサンドイッチが大好きだ。サンドイッチを食べると祐介とマッチングが成立したあの日を思い出す。初めてマッチングが成立して、嬉しかった。いま思えば、マッチングが成立したのも美味しいサンドイッチを食べたから、なんじゃないかって勝手に思ってしまう。それからというもの、彼女にとってサンドイッチは勝負飯という認識に変わっていった。


 ***


(夏休みじゃない用事って何だ?)


 祐介は悶々とする。

 するとそこへ、加奈が背中を押してくる。


「どうしたの? 、優等生くん。難しい顔して」


「その呼び方、やめろって」


 テストで良い点を取ってから、加奈と健一は祐介のことを『優等生くん』と呼ぶようになった。本人はその呼び名を滅茶苦茶嫌がっている。けれど、言っても直してくれないので、しばらくはその呼び名で呼び続けるだろう。


 健一は加奈と祐介の様子を遠くから見ていた。


 今日は終業式だった。

 学校が休みになるのは嬉しい。


 帰りのHRが終わると、彼は急いで帰る。

 加奈の誘いも断って。


「優等生くん、打ち上げしよ! カラオケで沢山曲、歌お」


「悪い。俺は一秒でも長く、神崎と一緒にいたいんだ」


「えっ!? 神崎さん死ぬの?」


「マジかよ」と健一。


 本当にこいつらの思考回路がよく分からない。語弊を招く言い方をした祐介にも非はあるが、死ぬ、とは一言も言っていない。


「じゃ、またな!」


「説明も無しですか」


 廊下を走る祐介の足音を聞きながら、彼女は肩を落とす。


 ***


「おかえりなさいませ、祐介様」


「ただいま」


 強くハグされる。

 そして、今日は頭を撫でられる。


「……神崎」


「何ですか」


「いや、何でも」


 ただ名前を呼びたかっただけだ。


「今日は終業式、ですよね。夏休みはご友人と何処か遊びに行くのですか」


「まだ決まってない」


 そうして、今日という日があっという間に過ぎる。週末も夢中になって漫画を読んでたら、日付が変わっていた。



 神崎がいなくなる週の月曜日。

 彼女が映画を観たい、というので映画を借りてきた。彼女が新しく買ってくれた大きなテレビで、二人で映画を観る。


 映画のジャンルは恋愛だった。

 きっと彼女は祐介とこんな恋愛がしたい、と思っているのだろう。頬が赤い。


 二人は恋人繋ぎしながら、映画を観ていた。ソファーに座って、身体を密着させて。


 お互いキュンキュンしていた。


「いいですね、こういうのって」


「だな。主人公が羨ましい」


「わたくしじゃ、ダメですか?」


「ん?」


 すると、神崎は彼の肩に頭を乗せた。


「祐介様のそばにいると、安心して眠くなってきちゃいました」


「俺もだ。神崎のそばにいると、安心する」


 神崎は少しの間だけ、眠りに落ちた。

 でも、クライマックスシーンの頃にはぱっちり、と目を開けて興奮しながら観ていた。


 映画が終わる。


「良い映画だったな。また観たい」


 祐介は感想を告げる。


 でも、彼女の様子がおかしい。

 もじもじして、唇を噛んでいる。


「わ、わたくし、我慢出来ません」


「え? 大丈夫か?」


「襲っても……いいですか?」


「へっ?」


 気づいた時には押し倒されていた。少しだけ性的な事もされ、激しいキスを何度もされ。けれど、会えなくなるのだから、今のうちに彼女の欲求を全部発散させてあげたい、というのもあったから、許した。それに我慢出来ないのは祐介も同じだったから――。


 そうして、最高の月曜日が過ぎていった。



 神崎がいなくなる日の前夜。火曜日夜。

 彼女が「添い寝がしたい」というので、急遽祐介の部屋で二人で寝ることとなった。

 涙目で一生のお願いです、と言った彼女の顔が頭から離れない。そんなに祐介と寝たいのか。


 ずっと神崎は「祐介様成分が足りない」、「足りない」とぶつぶつ繰り返し、呟いている。壊れたロボットのように。


 狭いベッドに二人並んで横たわる。


「しばらく会えなくなりますけど、絶対帰って来ますから」


「ああ」


「祐介様、好きです」


 そう言い、彼女は彼の腰に腕を回してきた。


「!」


「祐介様、好きです。大好きです。死ぬほど愛してます。好きです、好きです、好きです――」


「好きです」と繰り返す神崎。甘々超えてホラーになってきた。


「神崎、ちょっと、否だいぶ怖い」


「『好きです』と言っていないと落ち着かないのです」


「そうか。でも心の中だけにしておくれ」


 祐介は眠くなってきた。けど、寝れない。彼女に抱きつかれた状態だから。


「寝るから、離してくれないか」


「すみません。でも、今だけはこのままでいさせて下さい」


 彼女の満足いくまで抱きしめられて――


 気づけば二人は眠っていて――


 きっと二人はイチャイチャしている夢を見ているのだろう。


 そんな幸せな夢から醒めて、とうとう離ればなれになる日が来てしまった。


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