第40話 閑話 メイドの好きな人


 祐介と神崎の仲も徐々に深まり、この日は長いソファーに二人並んで座って、ローテーブルを囲うようにティーパーティーをしていた。


 今日飲んだのはローズヒップティーとストロベリーティー。


 紅茶の仄かな香りが部屋中に漂う。まさに落ち着く空間。


 ゆったりと紅茶に浸っていた祐介の耳に飛び込んできたのは、神崎からの衝撃的な告白だった。


「わたくし、最近になって好きな人が出来たんです」


「そうなのか、良かったな。おめでとう!」


「は、はい。ありがとうございます」


 神崎は嬉しそうに赤かった頬を更に赤らめる。


「仕事仲間とか? 年上? 年下?」


 何故このように沢山聞くのか、祐介自身も分からなかった。けれど、神崎の恋愛事情に興味を持っているのは確かだった。


 神崎は両手を頬に添える。


 そしていつもとは違う、高くか細い声で返答する。


「仕事仲間じゃありません。年下です」


(へー、誰だろう……)


「心当たり、ありませんかっ?」


 彼女はつい噛んでしまう。


「んー無いなぁ……隣んちっていっても付き合い無いし、そもそも神崎のこと、あまりよく知らないし」


「左様ですか……」

「わたくし、今もその人に会いたいです……ずっとその人に触れていたい……」


 神崎はそわそわし始める。

 足をバタバタさせ、手を組み直したり、落ち着かない様子だった。


「そんなに会いたいなら、会いに行けばいいじゃん。俺、お留守番してるから」


 するとあろうことか、彼女は距離を縮めてきたのだ。祐介との物理的距離を。


 何故近づいてくるのだろうか。神崎の好きな人は外にいるんじゃないのか。はてなマークが頭に幾つも浮かぶ。


「まだ分からないですか? わたくしの好きな人は――」


 視界が激しく揺らぐ。

 気づいた時には神崎の顔が目の前にあった。


 祐介は押し倒されたのだ。


 そして、唇に小さくて柔らかいものが当たった。それはほんの一瞬で。


「つーかまーえた♪」


 恐ろしくも妖艶な声がしたと思えば、祐介は紅茶の良い香りと気持ちよさで眠ってしまった。



 眠りから覚めると、神崎は澄ました顔で窓際の椅子に座っていた。


「神崎は俺のことが好きなのか?」


 眠っても眠る前の記憶が無いわけじゃない。でも鮮明に覚えているわけでもなかった。


「やっと気づいて下さったのですね」


「それって恋愛の意味でか?」


「そうです」


「祐介様はわたくしのことが好きですか?」


「好きだけど、まだ恋愛感情は抱いていない」


「そうですか。でも絶対に一緒に暮らしていくうちに、恋愛感情も芽生えてくるのです。そういう運命なのです」


 そろりとソファーから立ち上がった祐介は神崎にバックハグする。こうしてると安心するのだ。


「神崎、好きだ」


「わたくしも祐介様が大好きです」


「祐介様の言う『好き』は恋愛感情とは違い、『人として』の好きなんですか?」


「今はな」


「でも、祐介様にって言われて、わたくし嬉しいです。もっと仰って下さい」


「神崎、好き」


「祐介様、好き」


「神崎、好き」


 そんな甘々なやりとりを繰り返して、幸せな午後は過ぎていった。


 誰かに好かれるのはとても幸せなことだ。

 だけど、神崎の祐介に対する『好き』はちょっとだけ重い。



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