第39話 メイド、告白される


「神崎さん。貴女のことが好きです。付き合って下さいませんか」


 月明かりの下、とある男子生徒からそう告げられた。


 告白されるのは嬉しい。でも、答えは決まっている。


「ごめんなさい。私、好きな人がいるので」


 そう言ったら、男子生徒の目が変わった。フラれるとは思っていなかったのだろうか。


「……」


「最後に一つだけいいですか。何故私のことが好きになったんですか」


「一目惚れしたんだ。入学式の日。貴女の美しい瞳を見て、心臓の鼓動が早くなった。そして気づいたんだ。俺、神崎さんのことが好きなんだって。ずっと貴女に会いたかった。だから、諦められない」


「そうですか」


「だから、付き合ってくれませんか?」


「無理です。そもそもあなたの名前も知りませんし」


「俺、木積こづみ翔太しょうたといいます。よろしくお願いします」


 木積は一学年上の先輩だった。ダンスサークル所属。茶色い瞳に茶髪。別に特段モテるわけでもない、平凡な男子。けれど、恋愛に関してはしつこいことで有名だった。


 木積を無視して彼女はスタスタと歩く。


「ちょっと待って下さい! いまフリーなんだろ? だから俺と付き合えよ」


 虫酸が走った。

 フリー、という情報は友達にしか教えていない。なのに、なんで木積が知ってるの?


「何故、私がフリーだってこと、知っているんですか?」


「偶然、聞こえちゃったんだ」


「……気持ち悪いです」


 神崎はドン引きする。


「どうせ、その好きな人と付き合ってもすぐに別れるんだろ? だったら、俺と付き合ったほうが人生楽しいって」


 神崎のガラスのハートに亀裂が走った。

 彼女は激怒する。


「あなたに祐介様の何が分かるんですか? 軽はずみに冒涜ぼうとくしないで下さい。祐介様とは一生を添い遂げると誓いました。だから、永遠に別れることはありません。死んで下さい」


 神崎は包丁をちらつかせる。

 木積はビビる。


「何だよ、それ」


「祐介様はあなたのようなゴミとは違う。祐介様は神聖なお方。そんな祐介様を馬鹿にするなんて許せない。許さない。死ね」


 包丁の刃が木積の頬を掠った。


「いてっ」


「二度と私の前に現れないで下さい。さようなら」


 神崎は身を翻して歩き出す。



 もう真夜中。辺りは真っ暗。

 クズに付き合っていたせいでもっと遅くなってしまった。

 腕時計を確認すると21時過ぎ。


(祐介様どうしてるかな……)


 夕飯は冷蔵庫に用意しており、「食べてね」と伝えてはいた。あとは電子レンジで温めるだけなのだが、電子レンジくらい、使えるよね? 家事全般出来なくても、それくらい出来ないと彼の将来が不安になる。


 大学の近くのコンビニに寄る。

 夜遅くても、ある程度の在庫は残っていた。

 適当にサラダとおにぎりを買った。万が一、祐介が電子レンジが使えなかった時用におにぎりは二つ買っておいた。


 そして電車に揺られる。

 疲労により寝てしまったが、ちゃんと最寄り駅に着くと降りれた。



 一方その頃、祐介はというと――


(神崎遅いな)


 一応、電子レンジで温めることは出来た。けど、先に食べずに待っていた。寂しいのはいやだから。


 シャワーだけ先に浴びた。


(ここまで遅く帰ってくる用事って何なんだろう……本当に帰ってくるのか?)


 少し心配になってしまった。


(神崎がいないだけでこんなにも違うんだな)


 両親を失ってすぐの昔の自分に戻ったみたいで嫌な気がした。


 神崎は彼の人生に彩りを与えてくれた。温もりや優しさを教えてくれた。そんな彼女が家から居なくなるのは寂しい。


「一人は寂しい。腹減った。神崎に会いたい」


 そうして彼は食卓で眠ってしまうのだった。


 ***


 最寄り駅で降りた神崎は、祐介の家に帰る前にまた寄らなければいけない場所がある。


 玄関の扉を開け、家の中へ入る。


 幸い姉は居らず、母だけがリビングにいた。


「遅かったわね」


「ただいま」


「彼氏は見つかったの?」


「さっき告られたけど、振った」


「何で振るのよ!」


 神崎母は神崎をビンタした。


「せっかくのチャンスじゃない。私みたいになりたいの?」


「……」

「それと、来週の水曜日から4日間、実家ここに居座る事になったから」


「あっそ」


 頑張って帰ってきたのに、お疲れ様も言わない。彼女を除け者のように扱う。愛情の一欠片も無い。


 メイド服に着替え、荷物を置いて実家を出る。


「泊まっていかないの?」


「うん。あっちのほうが居心地良い」


「ふーん」


 バタン、と玄関の扉が閉まる。


 そこからは猛ダッシュだった。祐介をこれ以上待たせてはいけない。そんな思いで彼女は走る。


 疲れて足が痛くても。


 ***


 祐介の家に着いた。


「ただいま帰りました」


「……」


 祐介の返事は無い。


 リビングに行くと、食卓で寝ている祐介を発見した。パジャマ姿だけど、どこか寒そうで。上着を掛けてあげた。髪も乾かされていない。


 寝ている彼を彼女は起こさなかったが、数分後彼は起きた。


「神、崎……? おかえり」


「大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」


「謝る事じゃないよ」


 神崎はしゅん、とする。

 そして、食卓に並べられている夕飯に気づく。


「ひょっとして、電子レンジの使い方、分からなかったですか?」


「ああ。分からなかった」


「それにしてはお皿が温かいですが……何故嘘を吐くのです?」


「食べずに神崎を待ってた、だなんて言うの恥ずかしくて……」


 神崎の頬に一筋の涙が伝う。


「え、どうして神崎が泣くんだ?」


「その、わたくしを大切に思ってくれる人がいるんだって、改めて思えて。それが嬉しかったんです」


「神崎は戦場にでも行ってきたのか?」


「行ってませんよ」


 神崎は微笑む。


「さて、食べましょうか」


「ああ」


「わたくしはコンビニで買ったご飯があるので、そのおかずは全て祐介様のですよ?」


「俺が神崎を待った意味とは……」


「だから、先に食べてていいですよ、と申したじゃないですか」


「でも、孤食は寂しいから」


 食事が終わり、もう寝る時間だ。


「祐介様が電子レンジを使えなかった時用に、おにぎり買ってきたんです。梅味ですけど明日の朝、食べますか」


「ああ、頂く。あと、電子レンジくらい使えるよ。ナメるな」


 祐介は寝る為に自室へと向かおうとしたが、彼女に引き止められた。


「髪、乾かさないと風邪、引いてしまいます」


 神崎に髪をわしゃわしゃ、と乾かされた。


 ドライヤーの雑音で掻き消されていたが、彼女は何か言った。

 それが祐介にはこう聞こえた。


「祐介様としばらく会えなくなります」


 信じたくなかったから、ドライヤーの雑音のせいにして、聞き間違いだと思うことにした。







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