第38話 メイド、友達と喋る
大学までは一時間掛かる。
でも、大学に行く前に寄らなければいけない場所があった。神崎が最も恐れている実家。祐介の家と滅茶苦茶近い為、簡単に行くことは出来る。けど、なるべく行きたくない。
今日は荷物を取りに行くのと着替えに行く為だけにそこを訪れた。
『神崎』と書かれた表札の前で一度立ち止まる。そして深呼吸。心の準備が出来た所で玄関の扉を開ける。
「おかえり――って、何その格好。痛すぎ。頭大丈夫?」
帰宅早々、姉に罵倒される。
メイド始めた、なんて口が裂けても言わない。
「彼氏出来た? 早く作って結婚しないと私みたいに寂しい人生送ることになるわよ」
何故か母に結婚を急かされる。
神崎の母はシングルマザーで二人の子供を産んですぐに離婚している。
「今日は荷物取りに来ただけだから」
神崎は急いで着替えて、荷物を持って家を出た。
電車内。
ラッシュ時なのに運良く席が空いていた為、神崎はそこに座った。
今までの疲労もあってか、彼女はサラリーマンのおじさんの肩に頭を乗せてしまう。そして、妄想に浸る。
(この電車に乗っている人全てが祐介様だったらいいのに……)
虚ろな彼女の目には本当に乗客全員が祐介に見えてしまったらしい。だから、隣にいるおじさんも祐介。
(祐介様の肩、気持ちいい。もっと触れていたい)
更に距離を詰めてくる神崎におじさんはびっくりする。でも神崎が美少女だから、おじさんにとってもウィンウィンだった。
まもなく大学の最寄り駅。
神崎の意識は徐々に現実に引き戻される。おじさんの肩に頭を乗せていた事に気づき、吐き気を催す。急いで頭をタオルで拭く。そして電車から降りる。
十分ほど歩くと大学に着いた。
前と変わらない大学の校舎。大学に来るのは三ヶ月ぶりだ。神崎が最後に訪れた時には桜が咲いていた。今はもう散っている。
広いキャンパス内をまた歩く。
神崎はB棟。B棟までは少し遠い。
やっとの思いでB棟に着いた。足が痛い。
渡り廊下で教授とバッタリ会った。
「久しぶりだねー。神崎君、金銭面はだいぶ落ち着いてきたか? あと、試験は個室でやるから。講義は講義室。いいな?」
休学理由として、神崎は『金銭的に余裕が無く、親の借金を返さないといけない為、バイトに勤しむから』としている。
「分かりました。金銭的にはまだ余裕がありません」
「そうか」
教授は眉を下げる。
早速、試験を受けに個室へ向かう。
試験の内容は割と難しい。でも神崎の手にかかれば容易く解けてしまう。彼女は真面目と言われるのが嫌だけど、真面目で知的なのだ。祐介の家でもレポートしたり、参考書を読んだりしていた。
授業を受けてないのに、ここまで解けるのは天才と言っても過言じゃない。
試験は一時間ほどで終わった。
授業は午後だ。
現在時刻は午前11時。
少し早いけどお昼休憩。
食堂で学食を頼み、待っていると友達二人と再会した。
「あ! 久しぶり。元気にしてた?」
「うん」
「
彩芽というのは神崎の本名の下の名前だ。
「まあ何とか落ち着いてきたよ」
「「良かったー」」
本当に神崎の友達は優しい。
ずっと会えない日が続いても、再会したら忘れずに仲良くしてくれる。だから、彼女は大学は嫌いじゃなかった。一つの居場所だった。
「学食、テラス席で食べない?」
「いいね!」
学食をシェフから受け取り、テラス席まで運ぶ。ちなみに神崎が選んだ学食はコッペパンと和風サラダだった。
「彩芽の、美味しそうじゃん」
「えー、二人のも美味しそうだよ」
「じゃ、分ける?」
「そうしよ」
仲良く学食を分けて食べる。
勿論、この楽しいひとときでは会話も弾み――
「彩芽さー、最近彼氏と上手くいってる? あ、でもバイトで忙しいから、遠距離なんだっけ」
「彼氏とは別れた」
「え!? 嘘。彼氏くんのほうが振ってきたの?」
「うん、そう」
「なんでー? こんな可愛い彩芽ちゃんを振るなんて、あたし許せない」
「あはは」
直後、笑い事じゃないよ! とツッコまれた。
友達二人は神崎がヤンデレである事を知らない。優しくて可愛くて、文武両道で何一つ欠点の無い女の子だと思っている。
「てことは、いまフリーってこと?」
「うん。彼氏はいないけど、好きな人ならいる」
(また謎が増えたよ)と二人は思った。
どこまでも彼女はミステリアスだ。
「好きな人って大学にいる人? それとも学校外?」
「大学にはいない。年下」
また更に友達二人は驚いた。
今まで神崎は年上か同学年の人としか付き合ってこなかった。甘えたがりなのだ、神崎は。年下だとなかなか甘えられないだろう。
「分かった! 彩芽の好きな人はバイト先の後輩くんだ!」
「そういうことにしといて」
神崎は乗り気じゃない。友達二人は表情を曇らせた。
「でも、彩芽は一途で良いと思うよ。何で恋愛が続かないのか不思議なくらい」
「ねー。不思議だよねー」
そう言われると少し傷つく。自分でも原因に気づき始めたから。
話に夢中で気づかなかったけど、学食はもう食べ終えていた。あと少しだけ友達と話す。
しばらくして――
「そろそろ行こっか」
友達の一人が立ち上がる。
それに続いて、神崎含む二人も立ち上がった。久しぶりの学食は美味しかった。また食べたい。
「彩芽はこれから授業なんだっけ?」
「うん」
「あたし達はサークル活動があるから、ここでお別れだね」
手を振って友達と別れる。
神崎はどのサークルにも所属していなかった。人付き合いがめんどくさい、っていうのもあるけど、その間に男と遊んでいたかったから。それにメイド業を始めた今は時間が無い。
ゆっくりと講義室に向かって歩き出す。
講義室に着くと彼女は一番後ろの端っこの席を選んだ。ここは全体が見渡せて、落ち着く席だ。神崎は目が悪くないので、一番後ろでも平気。
時間に余裕を持ち過ぎたので、適当に問題集でも解いて時間を潰す。
授業は真面目に受けた。
約四時間の講義だったけど、何とか耐えた。
神崎にとって、そこまで難しい講義じゃなかったが、どっと疲れた。
講義を終え、講義室を出る前に教授に捕まった。
「神崎君、ちょっといいか。お手数だが個室に来てくれ」
「……分かりました」
教授と共に個室へ向かう。
「席に座ってくれ」と言われたので、彼女は席に座る。向かい合わせで教授も席に座った。
「神崎君には大事な話がある」
嫌な予感がした。
彼と一緒に居られなくなるような、そんな予感が。
「まず試験の結果は明後日出る。提出されたレポートは完璧だった。流石だ」
「承知しました」
「それでだな……」
(嫌だ。聞きたくない)
「来週の水曜日から4日間、大学に来て欲しいんだ。講義を受けに。いくら神崎君が優秀だとしても、卒業に必要な単位がまだ足りない。それにしてなかった、進路の説明とかもしたいし」
「祐介様、ごめんなさい」
小さな声でそう呟く。
「ん? 何か言ったか?」
「何でもありません」
「それで、なりたい職種とかは決まったか?」
神崎は大学二年生。もう成人している。
就職先を決めるのはまだ早いけど、ある程度のプランは立てておいたほうが良い。それに資格も取っておいたほうが良い。一応彼女は五つ資格を持っている。
「私はメイドに、なりたい、です」
「メイド? まさか神崎君からそんな単語が出てくるとはな」
「ダメですか?」
「否、本当にメイドになりたいのか?」
「はい」
「少し心の整理をさせてくれ」
(なんで?)
真面目でメイドのイメージとはかけ離れた彼女がそう言ったのが、意外で驚いているのだろう。それに今どきメイドという職業は数少なく、珍しい。
驚かれるのが嫌だから、彼女はいつも素直じゃない。寛大な教授だから、『なりたい職業がメイド』と言っても受け入れてくれるのだと思っていた。けど、実際はすんなり受け入れてくれるわけじゃない。
(素直にならないほうが良かったかな……?)
気まずい空気のまま、話は終わり、解散となった。後から羞恥心が込み上げる。
「浮かれすぎてたのかな、私。恥ずかしい。久しぶりの学校だったしね」
B棟の校舎から出る。
もう夕陽は陰り、銀色の月が出ている。
「祐介様としばらく会えなくなるのか……つらい」
月を見て悲観的になる神崎。
そんな彼女の元へ誰かがやって来る。
後ろから駆け足で
「あの、神崎さん」
聞き慣れない男子生徒の声。
神崎は反射的に振り向く。
「神崎さん。貴女のことが好きです。付き合って下さいませんか」
「……」
そんな二人を優しく月は照らす。
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