第37話 メイドは忙しい


 祐介はリビングに掛けられたカレンダーの異変に気づいた。特定の日にちに赤く✕印が書かれている。昨日までは無かった。恐らく神崎が書いたのだろうが……何の為?

 祐介は気になって仕方がなかった。


 階段から降りてきた神崎に早速、聞いてみる。


「あのカレンダーの✕印って何だ?」


「あ、ああ、あれはメイドの休日です」


(メイドに休日なるものがあるのか……)


 初めて新事実を知った祐介。メイドの休日はこの家特有なのかもしれない。


 と、ここで新たに気づいた事があった。

 今日の日にちにも✕印がついている。これはどういう事だ? 休日なのに仕事場いえにいる。神崎が分からない。


 これは家事全般を俺にやらせて、わたくしは部屋で寝てます的なことなのか? と彼は思ったが、朝食はテーブルに並べられているので違う。


「でも何で、休日なのに家にいるんだ?」


「そ、それは……言いたくありません」


 また神崎の謎が増えたよ。

 彼女は物凄く秘密主義なのだ。


「さて、食べましょうか」


 二人は席に着く。


 今日も美味しそうなメニューだった。

 だけど、彼女は悲しそうな目をしていた。悪い予兆に怯えるような。未来を不安がっているのが分かる。


 食事中は祐介が話しかけない限り、彼女はずっと黙っていた。


「せっかくの休日なんだし、もっと楽しもうぜ」


「そ、それはそうですけど……」


 本当は休日なんかじゃない。

 大学の受講日だ。必要最低限の日数は登校しないと単位が取れない。卒業出来ない。いま彼女はピンチなのだ。

 メイド業をしていた為、大学はしばらく休んでいた。


 単位がやばい事に気づいたきっかけは、大学から届いた書類だった。書類には成績表なども含まれており、夏の試験を受け忘れている事まで記載されていた。

 というわけで、今日、受け忘れていた試験を追試扱いで受けに行き、そしてその他に授業二教科も受けに行くのだった。


「あーやばい。何で私、こんなヘマしちゃったんだろ」

「というか、何で単位なんて取らなきゃいけないんだろ」

「私はもっと祐介様のそばにいたいのに……」


 枕に顔を埋める神崎。


 泣き言ばかり言ってても、現実は変わらない。


 ***


 食事が終わり、皿を片付ける。


 もし、大学に行く日が増えて祐介に会えない日が続いたら――


 考えただけで胸が苦しくなった。


(このまま大学中退しちゃおうかな……)


 神崎は憂鬱になる。

 大学に行く意味が分からなかった。けど、大学卒業しないと就職が不利になるし、お金が無い。かといって、彼からお金を貰うわけにはいかない。だから、辞めるのは難しい。


 片付けの手が止まっている事を祐介に指摘される。


「手止まってるけど、大丈夫か? さっきから様子がおかしいから、心配なんだが」


 すると、神崎はこのように切り出した。


「もし……もし、祐介様はわたくしと会えなくなったら、どうしますか?」


「寂しくなる、かな」


(そこは居場所を突き止めて強引に会いにいく、じゃないんですね……)


 哀愁漂う目をする神崎。

 ヤンデレと一般人の発想は違う。



 ――そろそろ、学校に行く時間だ。


 いつものように『いってらっしゃいのハグ』をする。

 彼女の身体は小刻みに震えているように感じた。


「今日は……帰りが遅くなるかもしれません。祐介様を一人にさせたら、ごめんなさい」


「帰りが遅くなる?」


 彼女はコクリと頷く。


「いってらっしゃい」


 玄関の扉が閉まり、一人になった室内で彼女は呟く。


「大学、行きたくない」


 そう思いつつも、ゆっくりと大学に行く支度をするのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る