第36話 閑話 メイド、無茶ぶりに答える
「契約解除されたら死にます」がうちのメイドの口癖だ。だったら、「◯◯してくれないと契約解除する」と脅してみたら、彼女はどこまでしてくれるのか。祐介は非常に興味があった。
とある日の休日。
いつものように二人は朝食を食べていた。
「このサラダ、美味しいな」
「それは良かったです」
今日はシーザーサラダだった。
シーザーサラダは祐介の為に作ったのは、これが初めてだ。初めての料理に美味しい、と言ってくれるのは素直に嬉しい。いつも神崎の作る料理に彼は美味しい、と言ってくれる。だから、もっと好きになってしまう。
だが、その嬉しさムードはすぐに壊される。
「あの実は俺、明日君を契約解除しようと思ってるんだ」
「はっ?」
素っ頓狂な声を上げる神崎。
「な、何でですか!? わたくしの何処がお気に障ったのですか? わたくしを殺さないで下さい! 何でもしますから!」
「何でもする、と言ったな?」
「はい。何でもします……」
「じゃあ、コンビニで期間限定夕張メロンパンとプリン買ってきてくれないと契約解除する」
最初に与えられたミッションはコンビニでの買い物だった。コンビニは歩いてすぐの所にある。
「それって一人で行かなきゃダメですか?」
「そうだ」
玄関のドアがバタン、と閉まる。
何とか買い物に行ってくれたようだ。
***
コンビニに着く。
プリンは売っていたが、夕張メロンパンは売り切れていた。
(これも祐介様と私が離ればなれにならない為……!)
なんと、電車に乗って神崎は別のコンビニへと移動した。プリンはさっきのコンビニで買った。
何店舗か回って、ようやく夕張メロンパンを見つけた神崎。神崎はホッと胸を撫で下ろす。
帰路のこと。
(絶対おかしい。私、何もしてないのに契約解除だなんて。嘘だ。嘘に決まってる。祐介様の嘘つき)
完全に疑っていた。
一方その頃、祐介は――。
「神崎、遅いなー」
自分の為に別の駅まで行って、買い物してるなんて、露知らず。呑気に漫画を読んでいるのだった。
しばらくして、インターホンが鳴る。
「ただいま帰りました」
「おかえりー」
神崎はビニール袋を提げている。それを祐介に渡す。ちゃんと中にはプリンと夕張メロンパンが一つずつ入っていた。
「これで契約解除は免れたでしょう?」
「それはどうかな」
まだ何かあるようだ。
「それより神崎の分は?」
「わたくしは要りません。だって、数聞いていませんでしたから」
それに契約解除されることのほうが重要です、と彼女は付け加える。
「そうか」
彼女にとって、契約解除は命と同じくらい重いものなのかもしれない。
祐介は一人で、買ってきてくれたコンビニスイーツを食べる。食べながら、次の脅しも考える。
祐介には好きな女性歌手がいた。
若手で今をときめく人気歌手。歌声が綺麗なのは勿論、容姿まで整っていた。祐介は中学生の頃からその歌手のファンで、ライブにまで行った事もある。それくらい好きだった。
そして彼女のアルバムが昨日発売された。
(そうだ! これを頼もう)
「この子のアルバム買ってこないと契約解除する」
神崎は一瞬固まる。
そして気持ち悪いものを見るような目をする。
「女性はダメです。祐介様はその方と結婚するおつもりなんですか?」
「結婚なんてしねーよ。何でそうなるんだよ。でも買ってこなかったら、契約解除するからな」
「うう……」
神崎は涙目になり――
「分かりました。行ってきます」
取り引きを承諾するのだった。
***
祐介に教えてもらったCDショップに向かう。CDショップは以前二人で服を買いに行った、ショッピングモール内にあった。
(CDショップ……四階……ここか)
CDショップのフロアはかなり広く、沢山のアーティストのCDが揃ってそうだった。
彼の推してる女性歌手のアルバムもすぐに見つかった。
「これですね。あぁ、CD叩き割りたい……」
自分より容姿の整った、その女性歌手に嫉妬心を覚えるのだった。
そのままレジへ向かう。
店員さんは言う。
「このアルバムには希望者のみに特典が付きますが、どうしますか?」
「下さい」
きっと祐介も喜ぶだろう。だから、貰うことにした。特典はサイン入り色紙だった。サインもカッコよかった。
(絶対、呪い殺してやる……!)
熱を燃やす神崎。
自分もサインを書いて、彼に気に入られたい。そんな思いを抱きながら、家に帰る。
***
「ただいま帰りました」
「おかえり。ありがとな――」
祐介はサイン入り色紙の存在に気づく。
「――それ、どこで貰ったんだ?」
「特典でついてきました」
途端、祐介は感動のあまり泣く。
彼女はびっくりする。
「どうされました?」
「その……嬉しくて」
(ずるいです。その女性歌手。私も祐介様を泣かせたい……ん?)
語弊が生じて、神崎は首を傾げた。
「もういいよ」
「何がです?」
「俺、実は試してたんだ。契約解除を用いて脅したら、君がどこまでしてくれるのかを」
「!」
「ふーん、そうだったのですね。メイドを怒らせるとどうなるか、分かっていますよね?」
「ごめん」
神崎は怖い形相で祐介の肩を揺さぶった後、スタスタと別室へ行ってしまった。なんていうか、怒り方が可愛い。
それからは一言も口を利いてくれなくなった。
「神崎、このコーンスープ美味しい」
「……」
「サッカー日本勝ったって! 凄くね? 9連勝だって」
「……」
(本当は祐介様のセリフに答えたいのに。イケボは聞いてるだけで癒やされるけど……。何ていうか罪悪感がすごい。でも我慢)
「神崎、今日も可愛いな」
「ぶしゅっ」
バタン。
ここはいつも通りだ。
けど、今日が終わるまで彼女は一言も言葉を発する事は無かった。
「おやすみ」すら言ってくれなかった。
***
おまけ①
「あの実は俺、明日君を契約解除しようと思ってるんだ」
「はっ?」
素っ頓狂な声を上げる神崎。
「何でですか!? わたくしの何処がお気に障ったのかは分かりませんが、祐介様はわたくしを契約解除出来ないようになっています」
そう告げ、彼女は録音テープを流す。
「〜絶対、俺は君を契約解除しないから〜」
いつかの祐介の声。
神崎は契約解除の話が出た時用に、常にこの録音テープを肌身離さず持っている。
「祐介様は以前わたくしと、どんな理由があっても絶対に契約解除しない、と約束しました。この音声が証拠です」
「でもな、美少女メイド館のオーナーが神崎を解雇するって言ってるんだ」
「オーナーからそのようなご連絡を頂いた覚え、ありません」
(そもそも祐介様は何も知っていないんです。美少女メイド館はマッチングアプリなので、登録も登録解除もユーザーの意思に委ねられます。だから、解雇機能は無い!)
(ガードが固いな……何言っても論破されるに違いない。諦めよう)
「やっぱ、契約解除の話は無しにするわ。もう少しだけ、君と一緒に居たいからな」
結局、契約解除を持ちかけてどこまでしてくれるのか、試すことは出来なかった。
「それはそうですよね。あなたは意地悪なことを考えていたのですから」
メイドは全てお見通しだった。
***
おまけ②
俺はメイド服姿じゃない神崎を見た事が無かった。私服の神崎を見てみたかった。だから、こう脅してみた。
「メイド服を脱いでくれないと契約解除する」
「あ!」
後になって気づく。自分はこう言いたかったわけでは無いと。色々言い方はあった筈だ。『メイド服以外の服を着てくれないと契約解除する』とか。
「!?!?」
それに彼女がこの無茶ぶりに答えてくれるとは思いもしなかったし。
神崎は赤面して、目をぐるぐるさせている。
「わ、分かりましたっ」
「ち、違うんだ神崎! 俺はメイド服以外の君を見たかった、と言いたかっただけで……」
「祐介様はちょっと後ろを向いててください」
「違うんだ、神崎ー!!」
しばらくして「いいですよ」と言われたので、振り向いてみる。
するとそこには、下着だけを身に纏った神崎の姿があった。黒いブラに黒いショーツ。神崎は黒が好きなのか……って、そうじゃない! 俺はこんな彼女の姿を見たかったわけじゃない!
でも、露出された肌は透明感のある白肌で、大きな胸も美しかった。
それに下着もお洒落で、拘っているのが伝わり、好感が持てる。
やはり外観だけでなく、内観も重要というのが、改めて分かった。
彼女はもじもじしながら、顔を両手で覆っている。
「あんまりじろじろ見ないで下さい」
彼女が可哀想だったので、俺はこう告げる。
「もういいよ」
「へっ? わたくしの身体はそんなに魅力無かったですか」
「そういうわけじゃ……」
むしろ大アリだ。
あまりにも短い時間で終わらせてしまうと、「魅力無いの?」と勘違いさせてしまうので、しばらく全方位を舐め回すように見た。
「これで終わりにしますか」
「うん。ありがとう。良いものが見れた」
「祐介様の変態」
「あはは」
ここでネタばらしをする。
「俺、実は試してたんだ。契約解除を用いて脅したら、君がどこまでしてくれるのかを」
すると、こんな返答が返ってきた。
「メイドで遊ばないで下さい」
確かに遊び過ぎたかもな。
反省はするけど、メイドは契約解除を賭けるとどんな無茶ぶりにも答えてくれる事が分かった。
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