第35話 メイド、勉強を教える
夏休み直前。
多くの学生はこれから始まる夏休みに心を躍らせている。友達と行く海。恋人と行く花火大会。楽しみなイベントが盛り沢山だ。
高校生の夏休みは今しか味わえない青春だ。
そんな楽しい夏休みの前には学生達を苦しめる、とあるテストがある。――そう、期末試験だ。
「ゆーくん、夏休みどこ行く?」
「それより勉強しないとやばくね?」
「だよな」
「むー。せっかく忘れようとしてたのにー!」
加奈は勉強が大の苦手だ。成績は下から数えたほうが早いくらい。
かといって、祐介も勉強はそんなに得意ではない。健一も祐介と同じくらい。
「それで夏休みどこ行く?」
「加奈、お前は俺の話を聞いてたか」
「むー!」
頬を膨らませて不機嫌な加奈も可愛い。
可愛いけど、彼女は単位取らないとマジでやばいので、祐介らは本気で心配している。だが、そんな心配も
試験まであと二日。
ここからが勝負だ。残された時間はほんの僅か。
でも今回は強力な助っ人がいる、と祐介は信じてる。
***
「ただいまー」
「おかえりなさいませ、祐介様」
神崎に優しくハグされる。彼女の大きな胸で彼の顔が潰れそうになる。でも彼女からはとても良い香りがしてくる。窒息気味になりながらも祐介はリラックス出来た。
神崎はソファーに座る祐介を見て、彼が浮かない顔をしているのに気づく。
「どうされました? 、祐介様。学校で嫌なことでもありましたか? もし、その……いじめとかに遭っているのなら、このわたくしがいじめっ子全員を皆殺しに――」
「――神崎、勉強を教えてくれないか」
力強い声で彼はそう告げた。
一瞬、神崎は嫌そうな顔をした。何故だかは分からない。
「いいですよ」
でも快く受け入れてくれた。
祐介が神崎に勉強を教えて貰いたい理由として、テストで良い点を取りたい、補習を免れたい、という理由もあったが、実はもう一つ理由があった。
それは――勉強を教えて貰えば、年齢が分かるかもしれない、と気づいたから。祐介の学年の問題を理解していれば、年は祐介より上という事になる。そして、予習用に一学年上――高校二年のテキストも持っているから、それが分かると更に上。仮に神崎が高校三年だと考えると、悠長にメイドなんてしている場合じゃないから、高校生ではなくなる。といったように推理出来るから、勉強を教えて貰おうと思ったのだ。
「もうすぐ期末試験ですね」
「そうなんだよ。最悪だよ」
懐かしげに神崎は目を細める。
「お菓子タイムが終了したら、早速勉強しましょう」
今の時刻は16:50。
お菓子を食べ終え、テキストとノートを広げる。だが、彼女は勉強を始めようとする素振りを見せない。
「神崎? 始めないのか?」
「まず先に勉強する時間を決めましょう。17:00から18:00でいいですか。休憩は17:30から17:35で。そしてまた、祐介様がお風呂から出てきてから、もう一時間しませんか」
(ひょっとして、本当に神崎って頭良い?)
それを聞いて益々、心強く感じた。
「それでいいよ」
17:00になった。勉強開始だ。
神崎はタイマーを仕掛ける。
時間を決めて勉強をした事があまりなかった為、祐介は新鮮に感じた。
「分からない所がありましたら、いつでも仰って下さいね」
「ああ」
最初のほうは簡単な計算問題だったから、スラスラと解けた。けど、その次が応用問題で、早速分からない問題に直面してしまった。神崎を頼る。
「ここですね。ここはこの式を使ったほうが簡単です」
ちゃんと式までノートに書いてくれて、分かりやすく丁寧に教えてくれた。確かに彼女の言う通り、その式を使ったほうが簡単だった。
それにしても顔が近い。
頬と頬が触れそうで触れない距離。そりゃ、同じ問題集を見ているから、この距離は仕方ないんだけど。でも……。
それに神崎も頬を朱に染めている。
「どうかされました?」
「いや、その、顔が近いなって」
祐介の言葉を受け、更に顔を赤らめる神崎。
「その、口に出して言われると恥ずかしいです。我慢してるのに……」
「我慢?」
「いえ。キスがしたいなって、思っただけです」
「キス?」
「今は勉強に集中しましょう」
(神崎が言い出したのに)
タイマーが鳴る。
勉強会前半が終わった。数学が終わったので、次は理科だ。教科は一つに絞ったほうが良い、と彼女が言うのでその通りにしている。
今のところ彼女は高校一年で習う範囲は全て理解しているようだった。
この優秀さと見た目、塾の先生とか似合いそうだな……。
「神崎、塾の先生になる気は――」
「わたくし、そういう真面目なの、嫌いです」
どよーんとした目にさせてしまった。逆鱗に触れたっぽい。
恋愛絡み以外で不機嫌にさせたのは、これが初めてかもしれない。
休憩時間。
不機嫌ながらも神崎は焼き立てのクッキーを持ってきてくれた。
「手作りクッキーです。良ければお召し上がり下さい」
このメイド、有能過ぎる。
勉強教えてくれる上に、休憩時間はお菓子を提供してくれるなんて。
「ああ。有り難く頂く」
クッキーを食べると、口いっぱいにバターの甘さが広がった。それに焼き立てだから、尚更美味しい。
「美味い! 神崎は食べないのか?」
「わたくしは祐介様だけで充分です」
まるで話が噛み合っていない。
「ん?」
「ん?」
お互いはてなを浮かべる。
「そうだ! この前の中間試験の結果。はい」
祐介はテストの書類を神崎に見せる。
この前の中間は散々だった。60点とかあまりにも低すぎる。神崎も呆れることだろう。
ところが――
「凄いじゃないですか! 60点も取れて。よく頑張りましたね」
褒めてくれた。
頭をポンポンされる。祐介は照れる。
何故神崎が低い点でも褒めるのか。
それは……神崎は親に百点以外は認めてもらえなかったから。彼女は褒められた経験も無かった。
だから、不器用かもしれないけど、褒めてあげようと思ったのだ。自己肯定感を育んであげたい。テストの悪い点は決して恥なんかじゃない、と思って欲しい。頑張った結果だ。そんな思いから、褒めた。
きっと神崎は0点でも100点でも褒めるだろう。
そんなこんなであっという間に休憩時間は過ぎ、勉強会後半が始まった。
理科も苦手だ。
祐介には得意教科というものが無かった。苦手教科なら、わんさかあるけど。
勉強会後半は前半に比べてあまり集中出来なかった。
その様子に気づいた神崎は。
「集中出来ませんか」
「ああ、うん」
「それなら、お風呂上がりにまたしましょう。集中出来ない時に無理してする必要はありません」
「でも時間が……」
彼は時間が無い事に焦っていた。だって明後日テストなのだから。
「わたくしを何だと思っているのですか」
でも祐介には神崎がいる。
その目は自信に満ち溢れていた。
風呂から出ると、疲れが取れたのか勉強のモチベが上がっていた。今なら集中出来そうだ。
「さて、始めますか」
高校二年生用のテキストを開く。
高2の理科も難なく彼女は教えていた。
そこでふと、彼女はあることに気づく。
(もしかして、祐介様は私の年齢を探ろうとしてる?)
気づいたけど、これまで通り彼女は祐介に勉強を教えた。
集中すること二時間。
気づけば外は真っ暗だ。もう寝る頃。
「今日はこの辺で終わりにしますか」
「そうだな」
祐介が自室に寝に行こうとすると――
「ちょっと待ってください。ご褒美、下さい」
「ご褒美……?」
「その、お互い勉強頑張ったんです。だから、キス、してくれませんか」
「!」
祐介は神崎に近づく。
顔を近づけただけでも、凄くドキドキする。美しい彼女の顔が目の前にある。
「わたくし、さっきからキスがしたくてうずうずしてたんです」
静かに目を閉じる。
そして――唇と唇が触れ合った。
やっぱり神崎とのキスは安心する。というか、神崎といるだけで安心する。
勉強の疲れが一気に吹っ飛んだ。今日はよく眠れそうだ。
「テストでどの教科でもいいので80点以上取れたら、もう一回キスしてあげます」
翌日も彼女と猛勉強した。
そして迎えた試験当日。
神崎のお陰で、どの教科もスラスラと解けた。問題を解き終え、時間が余ったのはこれが初めてだった。余った時間は仮眠を取った。
そして流れるように日は過ぎ、試験期間が終わった。
あとは結果を待つだけだ。
「ふぅ〜、やっと終わったよー」
加奈が祐介に抱きつく。
(そういうの誤解されるから、まじでやめてくれ)
「何だ何だ。佐々木、余裕そうな表情浮かべてるけど、頭でも打ったか?」
(頭が良くなると心配されるの、なんかおかしくね?)
「いや、そんな事は無い」
そしてあっという間に、答案返却日が訪れた。
「えー、ゆーくん凄いよ。頭おかしいよ」
「何でだよ」
「佐々木の身に何が起こった!?」
「お願いだから、スクープ取るような仕草、やめてくれ」
加奈は補習確定。健一はいつも通り、平均点に近い点数を取った。そして、祐介は全教科80点超え。一番高いのは国語の94点。クラス順位は五位。神崎のお陰で優秀な成績を修めた。
だから、二人が驚くのも無理はない。
「これも神崎のお陰かな」
そんな呟きを二人は拾う。
「「!」」
「いいなー。私も神崎さんに教えて貰いたい」
「俺もー」
「多分だけど神崎は俺にしか勉強、教えてくれないと思うよ」
そう言うと二人はきょとん、とした顔をする。
家に帰ると約束通り、彼女はキスをしてくれた。
「よく頑張りましたね」
彼女はそっと微笑む。
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