第2章
第34話 メイドの部屋
うちのメイドは謎に包まれた存在だ。そして、病んでいる。背は高めで容姿は可愛い。頭も良くて運動も出来る。多分。※トランプの時の頭のキレとかから、勝手に祐介はそう推測した。つまり、ハイスペック。
だが、年齢も本名も住んでる場所も誕生日も何一つ知らない。
そんなミステリアスな彼女の秘密を知りたい、と思うのはごく自然な感情ではないだろうか。
その日、そんな思いに駆られた祐介はとある罪を犯してしまった。
「おはようございます、祐介様」
「おはよう」
「もう夏休み、近いですね。何処か遊びに行きますか」
「いいかもな」
いつものように雑談を交わす。
祐介は神崎のポケットの中を目で確認する。彼女がフライパンを返した時に、チラッと鍵が三つ入っているのが見えた。一つは玄関の鍵。二つ目は神崎の部屋の鍵。三つ目は……あれ?
また謎が増えてしまった。でも祐介が考えを巡らせていると――
(あ! 裏口の鍵だ! でもなんで?)
取りあえず、神崎が三つの鍵を持っている事が知れた。謎が増えてもポジティブに考える祐介だった。過去と決着がついてからは、ポジティブに考える頻度が増えた。それもこれも、謎めいたメイドのお陰だ。
彼は神崎のポケットからはずみで鍵が落っこちてくるのを期待していたが、なかなか落っこちない。しかも、彼女に疑われてしまった。
「先ほどからわたくしのポケットなんかを見てどうしたんです?」
「否、そのフリル、可愛いなって」
「ありがとうございま――ぶしゅっ」
鼻血だ。
可愛いとか好きとか言うと、こいつは簡単に鼻血を出したり、倒れたりする。どういう身体の仕組みをしてるのか、知りたいくらい。
「あとどのくらいで朝飯出来る?」
「何故、そんな事を聞いてくるんです? いつもなら、聞いてこないのに」
「否、何となく」
祐介はそそくさとリビングから逃げる。そして、神崎の部屋の前へ。
一応、神崎の部屋の鍵は隠し持っていた。予備用の鍵だ。
いけないことをしようとしているのは分かってる。けど、欲求が抑えられない。神崎は俺の全てを知っていて、俺は神崎のことを何一つ知らないなんて、そんなのおかしいじゃないか。いつしか祐介も彼女のことを知りたい、と思うようになってきた。
でも――
祐介は以前から散々、忠告されてきた。
「絶対にわたくしの部屋には入ってはいけませんよ?」
と刃物で脅される。
何度も何度も。毎日のように。
怖かった。神崎の部屋に入ったら、何をされるのか。どんな罰が待っているのか。想像しただけでも恐ろしい。
けれど、今日は恐怖より欲求のほうが勝ってしまった。
ガチャリ。
ドアを開けると中はカーテンは閉め切っており、薄暗かった。そして、暗がりでも分かる、部屋一面に貼られた大量の写真。勿論、祐介の写真だ。少しだけ海月の写真も混ざっているが。
カーテンが閉まっていては、殆ど何も見えないのでカーテンを開ける。
改めて部屋を見回してみると――気になる写真を見つけた。
それは切り取られた二枚の写真が合成画像のように繋がった、ツーショット写真。恐らく神崎の手によって作られたもの。その写真に写る二人は身を寄せ合っていて……。片方は祐介で、もう片方は……神崎?
写真に写っている美少女は制服を着ていて、笑っている。黒いミディアムヘアーに栗色の瞳。どこか、というかかなり神崎に似ていた。
けれど、着ている制服はセーラー服で中学生なのか、高校生なのか見分けがつかない。
とはいえ、この写真は神崎の年齢のヒントに繋がる、有力な手がかりだ。
現在進行形で学生なのか、そうではないのか。でも彼は、自分より年上だというのは薄々察している。
そして写真の真ん中にはピンク色の蛍光ペンでハートが描かれていた。
(相当俺のこと、好きなんだな。てか、絶対この子、神崎じゃん)
証拠も無いのにそう確信する祐介だった。
写真を見終えた祐介は今度は机を探った。というか、この部屋、机と椅子とベッドしかない。もう少し物を用意してあげるべきだった、と反省する。
机の引き出しを全部開けようと試みたが、どの段も全て鍵が掛かっていた。
机の上には筒状のケースに入れられた筆記用具たちと手帳が一冊。勿論、手帳にも鍵が掛かっていた。
手帳の外側からでも分かる情報をチェックする。
『No.』の所には記載無し。名前欄にも何も書かれていなかった。
(名前、書いてない、か……もしかすると、中に書いてあるのかな)
恐らく、祐介に見られる事を危惧して敢えて書いていないのだろう。それにこの手帳は使い古されてない。つまり、新品の可能性もある。年号は2020年。今年だ。メイドになってから、使い始めたのかもしれない。
「うーん」
祐介は唸る。
正直、メイドの部屋に行けば名前くらいは分かるものだと思っていた。年齢もおおよその年齢を推測する事しか出来ない。彼は確実な情報が欲しかった。
唸る祐介の元にタイムリミットと危険が迫ってくる。
「祐介様ー、朝ご飯出来ましたよー」
抑揚の無い、作った明るい声。そこには怒りや嫉妬などが含まれる事が多く、祐介が最も嫌う声だった。
「祐介様、いるなら返事してくださーい」
神崎も既に彼が自分の部屋にいる事は予想がついていた。
階段を上る足音が徐々に大きくなっていく。こっちに近づいてくる。怖い。動悸が激しくなる。
けれど、この恐怖も祐介のせいだ。
「祐介様、何処にいるのですk――」
扉が勢いよく開け放たれる。
刹那、彼女と目が合う。
終わった。
包丁を持った神崎が近づいてくる。同時に問い詰められる。
「何故、祐介様がここにいるのですか?」
ニヤリ、と悪魔的な笑みを浮かべる神崎。
「……」
「わたくし、前々から『絶対にわたくしの部屋には入ってはいけませんよ?』と言いませんでしたか?」
「言ってた。けど、君の秘密が知りたかったんだ。ごめん」
「言い訳は結構です」
彼女は怒っている。それも当然だろう。勝手に自分の部屋に入られたのだから。
「殺されたいのですか?」
神崎は彼の首に包丁を突きつける。
「……」
「何も仰らないと殺してしまいますよ?」
「殺されたくは、ない」
以前の彼なら「殺されても殺されなくてもどちらでも構わない」と答えていただろう。いつ死んでもいい、と思っていたから。でも今は違った。ちゃんとハッキリ、「殺されたくない」と言えた。
ハイライトの消えた瞳で呆然としつつも、彼女はコクリと頷いた。
「まあ、今日は一回目ですし、許してあげます。但し――」
「これらの写真のことを周囲にバラしたら殺すから」
「次は無いですからね?」
「それと、メイドの秘密を探ろうとすると、命の危険に晒されるので、やめたほうがいいかと思います」
続けざまに彼女は告げた。
(命の危険に晒されるって……)
祐介は何度目かの恐怖を覚えた。
「朝ご飯、出来上がっているので食べに来て下さい」
一階に行き、朝食を食べる。
「あの夥しい数の写真を見て、さぞ引いたでしょう」
「ひ、引いてない」
「嘘ですよね?」
「わたくし、あの写真を見られたら祐介様に嫌われる、と思ったんです」
「俺はそんなことで君を嫌いになったりはしないよ」
「本当ですか?」
完全に疑っている様子。
そして思い出したかのように、彼女はポンと手を打つ。
「……14万」
声が小さすぎて聞こえない。
「え?」
「14万。わたくしの部屋を見た代として14万円下さい」
14万円というのはメイドを雇うのに必要な、一ヶ月分の支払い額だった。
祐介にはこの14万は部屋を見たとか、そんなの関係ないように思えた。何か彼女が切羽詰まっているように見えた。気のせいかもしれないけど。
「いいけど。あとででいいか?」
「ええ」
終始、彼女は不機嫌だった。
今日『いってらっしゃいのハグ』はしてくれなかった。
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