第42話 新メイド
とうとうこの日がやってきてしまった。今日から神崎がいなくなる。
そんな日の朝食。
「……」
「……」
お互い無言だった。そして、二人ともテンションが低い。祐介を元気づけようと神崎は無理して笑顔になって告げた。
「三日後には必ず帰ってきますから。そんなに落ち込まないで下さい」
「どこに行くんだよ。俺もついて行っちゃダメなのか?」
「ついて来ても何も面白いこと、ありませんよ」
神崎はそっけない。
確かに彼女の発言は間違ってはいない。そもそも祐介は大学内に入れないし。
食事が終わると二人は抱き合った。少し長めのハグ。温もりを感じ合う。
彼女は泣いていた。
彼女は涙声で――
「今日は『いってらっしゃいのハグ』ではなく、『いってきますのハグ』です。だから……少し長いんです」
「神崎、ありがとう」
祐介は神崎の頭をポンポンする。それを受けて、彼女は気持ちよさそうな顔になった。
「で、新しいメイドはいつ来るんだ?」
「もう来てますよ」
「へっ?」
まさか代わりのメイドがもう既に家の中にいるなんて、普通思いもしない。
玄関のほうへと行くと、水色の髪のメイドが玄関扉の前で佇んでいた。
(存在感消しすぎだろ)
どうやら、影の薄いメイドらしい。
背は神崎より低く、平均的。瞳は碧眼で透明感が凄まじい。これまた美人なメイドだ。メイド服は神崎が着ているものと同じものを着ている。この人も美少女メイド館のメイドなのだろうか。
「初めまして。佐々木祐介といいます。よろしくお願――」
「祐介様。わたくし以外のメイドに対しても話し言葉ですよ」
「ああ、悪い。よろしく」
「よろしくお願い致します、ご主人様。神崎代替のメイドの
「それでは行ってきますね、祐介様」
神崎は古宮とすれ違う。
すれ違いざまに、神崎は耳打ちした。
「祐介様に手を出したら許しませんからね?」
「ええ、勿論」
二人は怖い笑顔を浮かべていた。
それを見た祐介は少し
(こいつも神崎の
残念なことにその予想は的中してしまう。
神崎が完全に祐介家から出ていった後、古宮は美しい所作で靴を脱ぎ、部屋に上がった。
「邪魔者はいなくなりましたね。これからはご主人様とわたくし、二人だけの時間です♪」
祐介はぽかん、と口を開ける。
理解不能といった様子。それに俺の大切な神崎を邪魔者呼ばわりしないで欲しい。だから、
「それでは、ご主人様。お風呂にしますか? ご飯にしますか? そ・れ・と・も――」
「今から部屋の案内をする。ついてこい」
その「ついてこい」という彼のイケボセリフに古宮はときめく。
「承知しました! ご主人様ぁー」
部屋の案内を済ませ、対面するかたちでソファーに座る。
何故か古宮はメモ帳とシャーペンを手にしている。
「ご主人様のこと、もっと知りたいんです。だから、教えて下さい」
つまり、これは自己紹介をしろ、という意味だ。
「何から教えればいいんだ?」
「では、ご主人様のお名前をどう書くのか、教えて下さい」
ここに書いて下さい、と言われたのでシャーペンを借りて、古宮が持つメモ帳に名前を書いた。
(わぁー、ご主人様の字! 綺麗ー。ちゅっ)
彼女はメモ帳にキスをした。
行動が理解不能過ぎて、祐介は首を傾げる。
「ご主人様のご年齢は15歳ですよね?」
「そうだけど、もうすぐ16歳になる」
「16歳になったら、手を出し――いえ、何でもありません」
「?」
時々メイドはおかしなことを言う。もうすっかり慣れたが。
「好きな食べ物は何ですか」
「うーん。オムライスかな」
「それでは今日の昼食はオムライスにしましょう」
「作ってくれるのか?」
「ええ」
このメイド、ちょっとおかしいけど有能だ。
午前中は主に二人でテレビを観て過ごした。やっていたのは朝のニュース番組だったけど、それはそれで良かった。天気予報とか知れるし。録画しているアニメは何作かあったけど、古宮がいるから遠慮した。
テレビを観ている最中も古宮は話しかけてきた。
「ご主人様はわたくしのこと、知りたくないですか?」
「えっ」
てっきりメイドは守秘義務があるのかと思っていた。神崎を見てきたから。
「知りたい情報、何でも聞いて下さい」
「古宮の下の名前は?」
「それは言えないお約束になっております。
「年齢は?」
「24歳です。メイド歴は二年です。経験が浅いので、ちょっとしたミスをするかもしれません」
「古宮も美少女メイド館のメイドなのか?」
「はい」
「だったら給料の14万――」
「ご主人様は一円も払わないで下さいっ♡」
ここは神崎と同じだ。過保護過ぎる。
「古宮の好きな食べ物は?」
「……ラーメン、ですかね」
「何ラーメンが好きなんだ?」
「豚骨とか醤油とか」
「へー、いいな!」
「ありがとうございます」
ふと、テレビの時刻を見ると12:10分。もうすぐオムライスが食べれる。祐介のテンションは上がる。
「そろそろお昼ご飯の時間ですね。ご主人様も一緒に作りますか?」
「えっ」
(そこは過保護じゃないのか……神崎なら、火は危ないし、祐介様が火傷したら可哀想過ぎて、死んでしまいます、とか言いそうなのに)
「ご主人様は神崎さんとわたくしが同じ人間だと思っておりませんか」
「あ」
彼はヤンデレという属性で一括りにしていた節があった。
「神崎さんとわたくしは違う人間です! あんな変態と一緒にしないで下さい。気分悪いです」
「ごめん」
(神崎も変態だと思うが、さっきのメモ帳にキスしてた君も充分変態だと思うぞ)
「それでご主人様も一緒に料理……」
「悪いが俺、家事スキルゼロなんだ」
「では、わたくしが教えてあげます、一から」
そうして何と、祐介が台所に立ったのだ。これから一緒に料理を作る。神崎とは違ったタイプのヤンデレなのかもしれない。
調理を始める前に古宮は最後の質問をした。
「神崎さんとはどこまでしたんですか」
キスやハグや恋人繋ぎをした、だなんて言えるわけがない。メイドと主同士の恋愛は禁止されているから。
だから嘘を吐いた。
「何もしてない」
「嘘ですよね?」
古宮は包丁を振りかざす。
(やっぱりこの人も怖い……)
「正直に仰って下さらないと、オムライス、作ってあげませんよ?」
その目は狂気に満ちていた。
けど、正直に言ったら古宮は間違いなく嫉妬するだろう。
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