第18話 メイド、何かを見つける
わたくしはある物を見つけてしまいました。カーテンレールに掛かっていた、水色のイルカのストラップを。しかも、そのストラップからは微かに女の匂いがしてきました。
時は遡り、午前七時半頃。
祐介様のストーキングを終え、私は家に帰ってきた。相変わらず祐介様は一人で登校していた。でも、知ってるもん。祐介様に女友達がいることくらい。本当に消したくなる。
盗聴器からもあの女の声が絶えず聞こえた。私の言いつけを平気で破るなんて、私のことが嫌いなのかな? もしそうだったら、今すぐ死のうかな。
午前中は買い出しに出掛けた。
主に食材や日用品を買う。彼の好きな――そういえば祐介様の好きな食べ物、聞いてなかった。いや、聞いた。けど、好きな食べ物を聞いても「カップラーメン」としか言わないし、私が「それはダメ」と言ったら、「神崎の作る物なら何でも美味しい」と言うし。本当に祐介様が分かりません。
なので、無難なハンバーグと唐揚げとポテトサラダを作る材料を買った。そして序に私のお昼ご飯も買った。
そして家に帰る。因みに外に出る時もメイド服だ。今日は祐介様に可愛い、と言って貰えた水色のメイド服。だからか、人々の視線が私に集中する。今時、メイドって珍しい存在だもんね。
いや、私に視線が集中しているのは、それもあるが、彼女が美少女だからだ。本人はその事に気づいていない。
そして十二時になると私は一人ご飯を食べる。
「一人は寂しいです」
本当は大学のサークル友達とワイワイ食べたかったけど、この仕事をしている以上、大学にはなかなか行けない。大学卒業に必要な最低限の日数だけ、行こうと思っている。本当に私は何も考えていなかった。浅はかだった。メイド業と大学の両立だなんて。
食事が終わると仮眠を取る。
それから、目覚めて起きると、レポートを少しだけやる。レポートは通信制で、ポストに入れて送る事になっている。それか、大学に行って直接提出してもよし。私は前者を選択した。
レポートが終わると待ちに待った祐介様のお部屋の探索兼お掃除タイムだ。
まずは普通の基本的な掃除から始める。
いつものように私は埃に嫉妬する。だって、長い間、祐介様と共存していたと思うと……。埃だからって許しません!
「この世界には祐介様とわたくし以外、存在してはいけないのです」
そんな口癖をひとり口にする。
デスノートみたいに不要な人間を自由に消せたらいいのに。けど、祐介様と私以外の人類全ての名前を書いていくのは大変か。私は諦めた。
だが、ベッドの下にあるものが無い。
「にしても、高校生にもなってエロ本の一つも無いなんて。……あり得ない」
男子高校生なら、何冊かは持っているだろう。それに避妊具も無かった。私はきっとどこかに隠れているのだろう、と隈なく探す。が、見つからない。
そして祐介の部屋にはもう一つ、謎があった。
机の二段目の鍵が開かない。
きっとここにエロ本やら何やらが入っているのだろう、と私はその答えで終止符を打った。これ以上考えるとモヤモヤする。
実際は幼馴染との写真や学校の重要な書類などが入っているだけなのだが。
――突然、風が吹いた。
その拍子にカーテンレールに掛かった、水色のイルカのストラップが姿を現す。
「!?」
私は驚く。
前からこんなもの、あったっけ?
私はカーテンレールからストラップを取る。
女の匂いがする……。
嫌な予感がする……。
水族館のお土産?
私は知っていた。品川水族館にこれと同じ、ストラップが売っていることを。しかもペアルックで水色と薄ピンクの二色のイルカが売っている。イルカのストラップのサイズは中くらいで、ストラップにしては大きい。プラスチックで出来ている。
祐介様が一人で水族館に行く筈がない。ということは、誰かが薄ピンクのイルカを持っている。
私は最悪の想定をしてしまった。
祐介様が昔、彼女とデートした。
その考えに至ると私は発狂した。
許せない。許せない。許せない。許さない。
けど、まだ彼女と決まったわけではないので、イルカのストラップを固く握りしめただけ。
***
「ただいまー」
祐介が帰ってきた。
「おかえりなさい」
(また不機嫌だ……)
彼は彼女のちょっとした変化にも気づく。どこでスイッチが入って、しょっちゅう不機嫌になるのか、不思議に思っていた。
「今日は特別に『おかえりなさい』のハグ、してあげます」
祐介はハグされる。
初めての『おかえりなさいのハグ』。神崎の身体は温かかった。けど、眼差しが冷たいような。でも、『おかえりなさいのハグ』の存在があって、少し安堵した。
「ですが、ハグした対価として少し質問に答えて頂けませんか?」
「ああ、分かった」
手洗い等を済ませると、この前みたいに対面する形でソファーに座った。
ソファーのほうがやはり座り心地は良い。
(今回は何を聞かれるんだろう……)
すると、神崎はテーブルにイルカのストラップをそっと置いた。
(あ、それ……やば)
「先ほど掃除をしていたら、このような物を見つけてしまいました」
「これはいつ、どこで、誰と買った物ですか? 又は誰に貰った物ですか? 正直に答えて下さい」
目がもう既に怖い。逃げられない。
「えっとそれは……小学生の頃、品川水族館で幼馴染と買った物だ」
「幼馴染、というのは加奈さんのことですか?」
「ああ、そうだ」
嘘は吐けなかった。今更になって加奈の命が心配になってきた。
「わたくしはそれと同じ形の薄ピンクのイルカのストラップがある事を知っています。それを加奈さんは持っていますか?」
「多分。俺が以前あげたから」
(あげた? 何で? どうして? 小学生の頃はカレカノだったの? どういう想いで祐介様はストラップをあのゴミ女にあげたの? 好きじゃないとあげたりしないよね?)
「ふーん。そうですか」
(めちゃくちゃ不機嫌だ。終わった)
祐介が余計な一言を言ったせいで、更に彼女の不機嫌さが悪化した。
「念のためお聞きしますが、まさか二人きりで水族館に行ったとか言いませんよね?」
「二人きりで行った」
「健一くんは? ご両親は? 小学生二人じゃ危ないですよね?」
神崎は早口で
「加奈が二人で行きたい、って言ったから……」
(これは問い詰める必要がありそうね。回答次第では殺らないと)
「分かりました。あははっ。質問に答えて頂き、ありがとうございました。あはっ」
何故か「あはははは」という不気味な笑みを浮かべて、祐介から遠ざかる神崎。吸い込まれそうな栗色の瞳。そこには殺意が宿っているように感じた。
「あはは。あはっ。うふっ」
(怖い。とうとう壊れたか?)
夕食を食べ終わった後も神崎は包丁を肌身離さず持っていた。
祐介が疑問に思っていると、独りでに彼女は呟いた。
「今は包丁を持っていないと落ち着かないのです」
「?」
「祐介様、お風呂沸きましたのでどうぞ」
この時の彼はストラップがあんな事になるとは思いもしなかった。
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