第13話 メイドは聞いている
祐介には幼馴染が二人いる。健一と加奈だ。健一は優しく穏やかな性格。加奈は明るくクラスのムードメーカー。二人とも彼にとって大切な友達だった。一緒にいて楽しいし、二人と会話するだけで日々が充実しているように感じた。
だけど、神崎は加奈のことを疎ましく思うのでは、と祐介は気が気じゃなかった。別に彼女のことが好きだから心配している、とかそういう事では無い。祐介に好きな人はいない。でも彼女のことを傷つけて欲しくないし、何か悪い予感がした。背中にゾクッと冷たいものが走るような。
「どうした? 、ゆーくん。ボーっとしちゃって」
加奈の声でハッと現実に引き戻される。
どうやら祐介はボーっとしていたらしい。
「そうだぞ、佐々木。顔色もあまり良くないな。保健室行くか?」
「いや、全然平気」
いつもと違う様子の祐介は幼馴染に心配される。
「でさー、昨日の
「「観てない」」
祐介と健一は口を揃えて言う。
「えー、何でよっ」
いつもの流れだ。そこで笑いが起きる。
一方その頃、神崎は。
(その樫野って俳優と付き合えば? その代わり、私の祐介様に近づくな、触れるな、話すな。あーまじでムカつく! 声も煩いし)
盗聴器越しに睨んでいた。
彼に友達がいた事は素直にホッとしていた。けれど、女友達はいて欲しくなかった。健一だけでよかった。女友達はいつどのタイミングで友達以上になるか、分からないから。
「あとね、駅前に新しくアイスクリーム屋さん出来たの、知ってる?」
「「知らない」」
加奈が残念そうな表情を見せた刹那、慌てて祐介は先の言葉を前言撤回した。
「――嘘。知ってる。あれだろ? ピンクの屋根が目印の。沢山の種類のアイスを選べるとかなんとか」
「そう! そこ! ……って何で嘘なんか吐いたのよ?」
いつもの否定から入るツッコミが面白くて、つい嘘を吐いてしまった。
祐介もアイスクリーム屋の存在は知っていた。確かチラシで知ったんだっけ。
前々から行きたい、とは思っていた。けど、一人で行っても楽しくないし、機会が無くてなかなか行けなかった。
加奈が誘ってくれるなら、勿論三人で行きたい。
これを神崎が知ったら、彼女はどういう顔をするだろうか。
「もし良かったら、放課後三人でそこ行かない?」
(どうしよう……私の祐介様が取られちゃう。放課後デートとか許さない。殺してやる……!)
祐介の家で神崎は盗聴用受信器を固く握りしめていた。
「いいね! 行こうぜ……って佐々木?」
祐介は険しい表情をしている。何か難しい事を懸命に考えているような、そんな顔。
「んー、今日は見送り……」
「えー、何でだよ」
「門限があるから」
「一人暮らしなのに?」
健一も加奈も、彼が一人暮らしで両親を失っていることは把握している。だが、メイドを雇ったことはまだ知らない。
「……」
「うー。そんなに嫌ならいいよ。私、健ちゃんと行くから」
「悪いな」
様子のおかしい祐介に対し、疑いの眼差しを向ける健一と加奈。前までそのような事は無かった。メイドを雇って祐介は変わってしまったのだ。
教室では不穏な空気が流れる一方、彼女はホッと胸を撫で下ろしていた。放課後デートは阻止出来た。
朝の休憩とHRが終わり、授業中。
(神崎が作ってくれた弁当、楽しみだな)
そんな事をぼんやり思う。窓を見ると、今日の空は快晴だった。加奈達とアイスクリーム屋に放課後行ったら、きっと夕焼けが綺麗なんだろうな。
授業中は寝なかった。
神崎が頭を撫でてくれたお陰で、昨晩はぐっすり寝れたから。彼女が家に来る前は度々、授業中に寝る事があった。教室でも悪夢を見るのは変わらなかった。
――けど、もう悪夢は見ない。
その思いが確信に変わりつつある。
午前の授業が終わり、やっと待ちに待った昼休み。
彼はいつものように幼馴染二人と机をくっつけて食べる。いつもと違うのは、コンビニのビニール袋じゃなくて、風呂敷な点。
風呂敷を開けると、黒色の弁当箱が入っていた。そして、弁当箱を縛るゴムに挟まれている紙切れ。これは一体、何なのだろうか。
食べる前に紙切れをチェックする。
そこには『女の子とは喋ってはいけません』の文字。
文面を見ただけなのに寒気がした。
(女の子って事はつまり、加奈とは喋っちゃいけない、ってこと?)
加奈を一瞥する。
そしたら彼女と偶然、目が合った。
「どしたの? 私の顔なんか見て。ちょっと変だよ、ゆーくん。いや、だいぶ変」
訂正されて、更に失礼な言い回しになって祐介は傷ついた。
「お? とうとう佐々木も芽生えちゃったか?
「ちょっと! 酷くない?」
「アレって何?」
「分からないなら、いい。何でもない」
何だか腑に落ちず、モヤモヤした。
それはそうとて、「加奈と喋るな」はあんまりだ。束縛が激しすぎる。喋る相手くらい自分で決めたいし、学校にいる以上、女の子と全く喋らない、だなんて不可能だ。
「おい、お前……その、弁当箱」
不意に祐介の異変に気づいた健一がそう口にした。
弁当箱の蓋を開けてみると、ブロッコリーやトマト、レタス等の栄養的な野菜やカリカリサクサクの唐揚げ、ハンバーグといった美味しそうなおかずが綺麗に盛り付けられていた。きっと下の段は白米が入っているのだろう。
「美味しそう……!」
思わず、祐介はそう零していた。
「おー! 、ゆーくん、とうとう料理が作れるようになったんだね! すごいよ! 私、感動泣きしそう……」
(俺を何だと思ってるんだよ。作れないけど)
「あのな、冷静に聞いてくれ。俺、メイドを雇ったんだ」
冷静にの部分が日本語おかしい気もするが、祐介はそれどころじゃなかった。
「め、メイドってあの使用人のメイドか? すげーな、ファンタジーじゃん」
「両親の遺産で雇ったの?」
「ああ、そうだ」
「やっぱ一人暮らしって寂しくてな。家事も全然出来ないし」
「えー、寂しいなら言ってくれれば私が一緒にいてあげられたのに。でも良かった。ゆーくんはゆーくんで。急に料理出来るようになったのかと思って、びっくりしたよ!」
(あ?)
メイドは堪忍袋の緒が何本も切れていた。
「ああ、ごめんごめん」
「てことは、この弁当はメイドが作ってくれたって事か?」
「そうだ」
「食べてみろよ。見るからに美味しそうだよ」
祐介は喋っていたから、手が止まっていた。早速楽しみにしていた、神崎からの弁当を一口食べてみる。恐らく家で食べている味と同じだろうけど。
「どうだ? 美味いか?」
「うん、めっちゃ美味しい!」
(祐介様、ありがとう。作った甲斐があったよ)
「そんなに美味しいの? 私も食べていい?」
(はぁ? そのお弁当は祐介様だけの為に睡眠時間を削ってまで、日々育まれた愛情をたっぷり詰め込んだお弁当だから、祐介様以外が食べるなんて、
「それはダメ、かな。一応俺の弁当だし」
「まあお金払ってるもんな」
健一は祐介の肩を叩く。
(金、払ってないけどな。実際は。そんな事、知れたら羨ましがられるから、言わないけど)
「そっかー、残念」
続いて下の段を開けると、祐介は驚愕した。
そこには白米の上に赤文字で『あいしてる』と描かれていた。かなり狂気じみている。
「どうしたんだよ。そんな驚いた顔し――」
弁当箱を覗き込んだ加奈と健一は固まった。何も言えないのだろう、と予想がつく。
「そ、そのメイドとはそーゆー関係なのか?」
「違うんだ。何ていうか俺の雇ったメイドが少し変わってて。多分俺のことを凄く大切に思ってるんだけど、大切な余り、言動が度が過ぎてて」
「そう言うゆーくんも変わってるけどね!」
「うるさい」
祐介は赤文字の部分を箸で
(何これ……)
恐る恐るご飯と一緒に赤文字の部分も一口食べてみる。
甘くて調味料のような味。このドロッとした食感。――間違いない、ケチャップだ。でも何故、白米にケチャップ??
「どうだ? そのケチャップライスは」
「微妙」
いやいや、滅茶苦茶不味い。全部食べられるか、不安になってきた。
(ひどーい。折角愛情込めて作ったのに。血のほうが良かったのかな?)
一応、全部食べきってその日の昼休みは終わった。
机を戻す時に隙が出来たので、祐介は加奈に告げた。
「加奈、君とは今までと変わらず接しようと思ってる。だからあまり、深く考えないでくれ」
「?」
(やっぱり変だよ、ゆーくん)
そう思ったが、口には出さず心の中に留めておく加奈だった。
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