第14話 メイド、不機嫌になる
家に帰るとメイドが不機嫌だった。
どのくらい不機嫌かというと、貧乏ゆすりをしながら机を棒でバンバンと叩き、最大限の睨みを利かせているかんじ。とにかく怖い。
「ただいま」
「おかえりなさい」
そう言う彼女の声は冷たさを含んでいる。
「おかえりなさい、のハグは?」
「今日はしてあげません」
そういう気分なのだろうか。それとも『おかえり』の場合はしないとか。後者だったら、嫌だなあ。
祐介は学生カバンを床に置くと、そこから弁当箱を取り出した。そして、そのまま神崎のいるほうへ。
「弁当、美味しかった。ありがとな」
これで彼女の機嫌が良くなる、と思う人もいるかもしれないが、神崎はそんなに簡単じゃない。
「それは良かったです」
神崎は表情を崩さない。さっきから、生気の無い、光を失くした無表情だ。声も作った明るい声。作っているから益々、彼に恐怖を与える。
「それより、祐介様は先にお風呂に入られた方がいいのでは?」
「風呂!? まだ時間的に早くないか?」
「いえ、その。失礼ですが、今の祐介様、かなり臭います」
「へっ? 臭いか、そんな。走って帰ってきたわけじゃないのに……」
「ええ」
神崎にそう言われてしまったので、急いで風呂に入る。
(ふぅー落ち着くな、家のお風呂は)
(にしても、何であんなに不機嫌なんだ? 朝は良好だったのに。何か神崎の機嫌を治す方法はないのか……)
一方その頃、神崎は祐介が脱ぎ捨てた制服の匂いを嗅いでいた。
(なんか女の気持ち悪い臭いがするんだよね。気のせいじゃない)
『かな』という名前はちゃんとメモしておいた。いつか戦うから。勝って祐介を自分の物にしたい。
「祐介様の衣類は祐介様とわたくしの匂いしかしなくていいのです」
「なんか言ったか?」
「い、いえ」
気づけば声に出していたらしい。反省。
祐介が出てくる頃なので、彼女は急いで洗面所を出る。
祐介が風呂を浴び終わると、神崎から「話し合いをしましょう」と言われたので、対面する形で椅子に座った。
「まず、『女の子と喋ってはいけません』というメモ、渡しましたよね? 言いつけは守っていますか?」
「ああ。誰とも喋ってない」
「嘘ですよね?」
「何で嘘って言えるんだ?」
「眉が少し動きましたもの。祐介様は嘘を吐く時、眉が動きます。祐介様の仕草は全て把握済みです」
――なので、わたくしの前では嘘を吐いても無駄です。
そう言いたいのだろう。怖すぎる。
「……」
祐介が黙っていると。更に彼女は話を展開し始めた。
「わたくしが作ったお弁当を女の子に食べさせようとしませんでしたか? 女の子が祐介様のお弁当、食べたい! と仰ったら、そこは怒るべきですよ? だって、わたくしが作ったお弁当は祐介様だけの為に作ったものなんですから」
「分かった。でも食べさせたりはしていない」
「どうして嘘を吐くんですか?」
彼女の目が怖かった。
けど、怖気づいてても仕方がない。
「ああ、確かに俺は嘘を吐いた」
ここで祐介のほうが折れた。
彼は言葉を続ける。
「でもどうして女子とは喋っちゃいけないんだ! 喋る相手くらい、自分で決めさせてくれよ! 君には関係ないだろ!」
「関係、ない、ですか」
ここで更に彼女の睨みが増した。
「関係なくないです。わたくしは一生あなたのそばにいる者。祐介様が女の子と喋っているのは見過ごせませんし、はっきり言って不愉快です」
束縛の激しい女だ……。
祐介は困り果てる。
「……」
「祐介様はこの前『好きな人はいない』と言いましたよね? その女の子のことは好きなんですか?」
「恋愛感情は抱いていない。けど友達としては――」
「聞きたくありません!!」
神崎は彼をビンタしようとした。だが、間一髪で祐介は
静寂が暫し流れる。
先に静寂を打ち破ったのは神崎のほうだった。
「――わたくしの気持ち、少しは分かって下さいましたか? わたくしが何故怒っているのか、お分かりですか?」
「分からない」
祐介は突き放すような言い方をした。
「わたくしは祐介様のことが大好きなんです」
そう告げて彼女は祐介をぎゅっと抱きしめる。
「大好きで大好きで仕方ないんです。だからこそ、祐介様を悪女達からお守りしたいんです」
(加奈は悪女じゃない)
心の中で強く思う。
一方彼女は逡巡したのち、こう問うた。
「祐介様はわたくしのことが怖いですか?」
「少し」
「そうですよね、震えてますものね。怖がらせてしまい、申し訳ありません」
「いいよ。それより、どうしたら機嫌、良くしてくれるんだ?」
「そうですね……これから一緒にアイスクリーム屋さんに行ってくれたら、許してあげます」
「え?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
偶然だろうか。さっき加奈達と新しく出来たアイスクリーム屋の話をしていた。神崎も偶々知ってたのかな? でもそんなピンポイントで来るだろうか。
それに『アイスクリーム屋に行ったら許す』というのも何だか不自然だ。
「駅前に新しくアイスクリーム屋さんが出来たでしょう? わたくし、そこに祐介様と二人で行きたかったんです。付き合ってくれますか?」
「ああ、いいけど」
すると、ぱあぁっと神崎の表情が晴れた。先ほどの陰りも無い。
「さあ、それでは支度でも始めますか」
神崎の機嫌が良くなり、ホッとする祐介。
二人は夕食を食べずにアイスクリーム屋へ行った。
(先越されたら困りますもの)
彼女は心の中でそう呟く。
この後、予想もしなかった展開が待ち受けている事をこの時の二人はまだ知らない。
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