第7話 メイド、トランプする


「……」


「…………」


 広い家の中に静寂が流れる。

 暫し二人はお互い見つめあっていた。気まずい。


 先に静寂を打ち破ったのは神崎のほうだった。


「暇ですね」


「うん」


 午後は暇だった。見つめあってる最中、祐介は何かする事はないかと模索していた。それは神崎も同じだった。

 趣味が無いわけではない。けど、スポーツは外でしか出来ないし、漫画読むにしても彼女を退屈させてしまうだろう。


「祐介様はわたくしとしたい事はないのですか?」


「うーん、そうだな……ゲーム、とか?」


「先ほど壊れたゲーム機を発見しました」


(そうじゃなくて……あっ!)


 彼は閃いた。

 確か棚にトランプとオセロが入っていたはず。祐介は棚の引き出しを開ける。


「……」


 言葉を失う。

 棚の中もぐちゃぐちゃになっていた。強引に物が詰め込まれているのが分かる。


「ここも整理整頓しないといけないようですね。まずは要るモノと要らないモノから……」


 いつの間にか祐介の隣に来ていた神崎が呆れる。


「神崎、悪いがここの中からトランプを出してくれないか?」


「承知致しました」


 神崎は地獄絵図のような悲惨な棚の中から、表情一つ変えず、トランプを取り出す。


 午後は神崎とトランプをすることになった。

 トランプの詳細は七並べとババ抜きに決まった。そして順番は七並べからすることになった。


「あ! そうだ! ゲームを盛り上げる為に罰ゲームとか用意しないか?」


「ば、罰ゲームですか……」


 すると、彼女の様子がおかしくなった。


「ううっ、ひっく……ううっ」


 彼女は目に涙を浮かべている。というか、泣いている。


(どうしたんだ?)


「急に泣き出してどうしたんだよ」


 彼は彼女の背中をさすった。


「祐介様が罰を受ける姿を想像したら、可哀想すぎて……なんて憐れなお姿……ううっ」


「何を想像してんだよ」


「罰ゲームはダメです、それを言うならご褒美です」


「じゃあ、罰ゲームとご褒美、両方にしよう」


「ぐすん。祐介様はわたくしの気持ちなど、分かってくれないのですね、悲しいです」


 というわけで、特別ルールは『勝った人がご褒美』だけとなった。


 早速、七並べを始める。

 丁度7は二枚ずつ振り分けられた。だが、メイドは強かった。なかなか勝たせてくれない。


「ここは置けません」


(ちっ)


 心の中で舌打ちをする。


 祐介が負けるという同じパターンの繰り返しだったが、次のゲームでちょっとしたハプニングが起こった。


 カードを置こうとした二人の手が触れ合ったのだ。


 これには冷静沈着だった神崎も動揺する。祐介は急いで手を引っ込めた。


「ご、ごめん……」


「いえ、わたくしの方こそ」


 神崎はドキリ、とする。


(小さくて柔らかい、ひんやりとした祐介様の手……いつまでも触れていたい)


 その後、七並べを再開したが、二人の動きはぎこちなかった。


 七並べの最終結果は祐介が0勝5敗。

 なかなか勝たせてくれない、のには思惑があるのか、ご褒美が関係してるのか。はたまた、単に神崎がハイスペックなだけなのか。それは彼女にしか分からない。


「それでは次はババ抜きをしましょうか。勝てるといいですね、祐介様」


 一瞬見せた神崎の、蠱惑的こわくてきな笑みが祐介には怖く感じられた。やはり何か思惑がある?


「はぁ……」


 祐介は溜め息を吐く。


「どうかされましたか? 、祐介様。溜め息を吐かれると幸せが逃げてしまいますよ」


「いや、なんでも?」


 ジョーカーが手元にあったのだ。それだけで憂鬱になる。


「ふふっ」


 彼女は悪戯っぽくわらう。


 一回戦は惨敗だった。

 神崎が強すぎるのだ。なんというかポーカーフェイスとかいう次元じゃない。ポーカーフェイスを作っているつもりなのに、カードを引く彼女の手に迷いは無い。まるでジョーカーがどこにあるかを知られているような、そんな感覚。


「何でそんなに強いんだよ。ズルとかしてねーよな?」


「ズルですか? してませんよ」


「じゃあ、何で……? 何でジョーカーを一度も引かないんだ――」


「――それはえているからです」


「視えてる??」


「はい。いまジョーカーは祐介様のお手元の真ん中にありますね?」


 祐介は三枚カードを持っていて、その真ん中にジョーカーがある、と神崎は言った。そして実際に真ん中にジョーカーがあった。


「う、嘘だろ……」


(それってチートじゃん)


「祐介様のことは全て把握しております。祐介様の心も読めます。あなたの心を読めなくなったら、メイド失格なのです」


 この時、何度目かの恐怖を覚えた。


「続き、しますか?」


「……するけど……監視カメラとか仕掛けてないよな?」


「そのような事は一切しておりません」


 確かに監視カメラの形跡は無い。だったら、何故?


「じゃあ何でなんだよ……」


「祐介様のことなら分かるからです」


「それ、答えになってねーよ」


 やはりババ抜きも祐介が全敗した。


「それではお待ちかねのご褒美タイムですね!」


「チョコレートなら冷蔵庫に沢山あるぞ。好きなだけ食べていい」


「チョコレート……そんな物でわたくしが満足するとでもお思いですか?」


 上目遣い且つ低いトーンで彼女は問う。


 どうやら彼女のお願い(ご褒美)はそんな簡単なものではなかったらしい。


「これから祐介様はわたくしの指示に従ってもらいます」

「祐介様、わたくしと――」


「……」


 ゴクリ、と生唾を飲み込む。


「わたくしと、キス、して下さい……」


「!」


「えっ、キス!? 嘘だろ? 今? えっ。いやいや。じょーだん……」


「テンパってる祐介様、とても可愛いです」


「からかうなよ」


「ほっぺたでも唇でも、どちらでもいいのですよ?」


「わ、分かった。けど、心の準備が……」


「何分でも待ちます」


 心の準備が終わった祐介は彼女に近づいた。だけど、彼女の背が高くて、顔に届かない。


「神崎、その、届かない……」


「すみません」


 神崎は少しかがんだ。


 ドクンドクンと高鳴る心臓。頬の火照り。


 初めてのことで自信の無い祐介。でも、彼女の気持ちに応えたいから、今日は頑張った。


 ほっぺたにするのか、唇にするのか――


「んんっ!」


「!?!?」


 刹那、気持ちよさが溢れ出す。


 彼にとっては緊張したけど、初めてキスする事が出来た。ファーストキスが神崎で良かった、と心から思う。


「ほっぺたでも良かったのに……」


 神崎は儚げに呟く。


「でも、祐介様がその気なら――」


「んんっ!」


 今度は神崎のほうから祐介にキスをした。唇から糸が引く。


「俺、もうこれ以上は耐えられない」


「奇遇ですね、わたくしもです」


 熱が引いた所でキスを止めた。


 それからしばらくは二人ともリビングで頭を冷やした。


「祐介様が弱すぎるのがいけないのです」


 ぶつぶつと小言を言う神崎。


「……祐介様にもご褒美あげたかったのに」


「君が強すぎるんだよ」


「あら、聞こえてました?」


「ああ。あと褒美なら貰ったって。神崎とのキスが俺にとって最高のご褒美だ」


 澄ました顔で宣う祐介に、神崎は――


 バタン


 倒れてしまった。


「神崎、大丈夫か?」


「ふえっ。どうしてほっぺたでも良かったのに唇にしたんですか?」


「それは俺がルールは守る男だからだ」


 バタン


 また倒れる。


「俺からも質問いいか? 何でババ抜きでジョーカーを一度も引かなかったんだ?」


「それは……内緒です♡」


 結局何度聞いても教えてくれない。

 あと、祐介が無自覚イケメンセリフを言う度に倒れてしまう神崎だった。


 バタン


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