第8話 メイド、嫌悪感を抱く


 空が暗くなり始めた頃。

 神崎は台所に立っていた。包丁を持って。


(何だろう。普通の人が包丁を持っているのは怖くないのに、包丁を持ってる人物が神崎ってだけで、恐怖を抱いてしまうのは俺だけだろうか)


「今日の夕飯は海老フライにしましょうか」


「いいな! 海老フライ」


 直後、ジュワワっと海老フライの揚げている音が聞こえてくる。それだけで食欲をそそられる。


 ほんの数分足らずで料理が出来上がり、食卓にご飯が並べられた。

 あのカップラーメン三昧の日々とは大違い。女性に手料理を作って貰えることが、どんなに幸せで嬉しい事かを改めて実感した。


「「いただきます」」


 手を合わせて食べ始める。

 海老フライがカリッとしてて美味しい。さすが神崎。


 料理に夢中になっていたら、不意に彼女が――爆弾を投下してきた。


「先ほどのトランプ、楽しかったですね」


「ブフォッ」


 祐介はお茶を吹き出す。

 まだあのキスの余韻が残っている。思い出される光景に興奮が抑えられない。


「あれ? 楽しくなかったですか?」


「楽しかったけど、そのあとが……」


「もう。キスくらいで動揺し過ぎです。……これからもっと、わたくしとキスするんですから」


 最後のほう、ボソボソ言っててあんまり聞き取れなかった。


「?」


「何でもありません」


「それはそうと、祐介様はお風呂より先にご飯を食べる派なんですね」


「ああ。それがどうした?」


「いえ、その。その習慣はとても良いと思います。ですが……」


「ん?」


「先ほど、洗面所兼お風呂場に行ったところ、床や洗濯機の中、それから至る所に祐介様の衣類が散乱しておりました」


「はあ」


 祐介は見られちまったか、と嘆息する。


「そこで問題なのが、あの服たちは綺麗にお洗濯されたモノなのでしょうか」


「ギクッ」


「まさか毎日同じ服を着ている、とは仰らないですよね?」


「ハハ」


 手を挙げて降参する祐介。

 気づけば食事の手も止まっていた。


 食事を終え、二人で洗面所へと向かう。

 酷い有り様だった。


「今日と明日分のお下着とパジャマとお洋服もなさそうですね。タンスとかにも綺麗な衣類は無いかんじですか?」


「無いと思う」


 祐介は基本、家でも制服で過ごしている。だから、殆ど私服が無いのだ。それにより、タンスにも必要最低限の衣類しか入っていない。そしてその必要最低限の衣類も3日で使い切ってしまった。


「そうですか……それでしたら、今からわたくしとショッピングへ行きましょう!」


「へ? 今から?」


「はい、今からです!!」


 神崎は半ば強引だった。

 祐介は彼女に腕を引かれ、玄関へ飛び出し、外へ出る。


 ガチャ――


 ――鍵をかける彼女の手が止まった。


「どうした?」


「少し忘れ物をしてしまったようです。ここで待っていてもらえませんか?」


 彼女はそう告げると洗面所に行く。

 そして、床に落ちていた彼の制服のシャツを鼻に近づける。


(はぁはぁ……これが祐介様の汗の匂い……)


 神崎はひとり、祐介の衣類を堪能していた。


(でもどうして、洗濯機があるのに洗濯しないんだろう……洗濯機の使い方、知らないとか?)


 神崎はちょっぴり祐介に嫌悪感を抱いてしまった。そしてそんな自分も嫌いになった。








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