第三話 死神の血


「作戦はいつもの通りだ。だが今回は地形が酷い上にそれは敵のホームグラウンド……俺たちは不利な状況に立たされている」

「へっ、それはいつもの事だろう? 俺たちはいつだって不利な人数で戦って、そして生き残ってきたじゃねぇか」


 ケンヨウが銃を構えて吠える。

 彼に頷くと、スイセイは全員の顔を見回して笑った。


「そう、これはいつも通りの事だ。だからいつも通り臨機応変に行こう。お前たち、平和ボケで鈍ってないだろうな?」

「お前と同じにするな」

「僕はいつだって国宝級さッ☆」


 スイセイがボケると、冗談の通じないグレンとセリが言葉を返す。

 スイセイは小さく吹くと、次にミュリファの方を見る。


「ミューリはここに残ってくれ。万が一負傷者が出た時は頼む」

「いつも通りね。それと、補助魔法も任せてね」

「あぁ、頼んだ」


 スイセイはミュリファから視線を外すと、最後にコノトの顔を見る。

 コノトもじっとスイセイの顔を見つめていた。


「勝って帰ろう」

「……うん!」


 コノトの小さくも元気な返事を受け、スイセイの中にやる気が漲ってくる。

 どんな激励よりも彼女の一言がどの戦場でもスイセイの灯火となっていた。

 その灯火が待つ所へ帰るために、その灯火を大きな火の国へ返すために、そのためにスイセイは戦うのだ。

 そう、これはいつも通りのこと。

 いつも通り、ただ敵を殺す。


「行くぞ!!」

『おぉ!!』


 スイセイの掛け声に全員が大きな声をあげる。

 そして各々武器を構えると、戦闘の火蓋が切って落とされた。



 男は自分の目の前で起こった出来事が現実のものとはとても思えなかった。

 何せここは自分たちのホームグラウンドで、標的は罠にかかった獲物だった。

 こちらは武器を携帯したものが十人。標的は六人いるが、内二人は女だ。

 負けるはずがない。男は仲間達と今夜の祝杯の話をしていた。

 丁度その時、罠小屋からフードを被った男が一人出てきた。先程見張り番をしていた内の一人だろう。

 その男は見える範囲では武器を持たず、交戦の意思はないように見える。

 男は自身のリーダーに指示をこうためにその方向を見た。


「──ッ!?」


 その時、男の全身を悪寒が駆け巡った。

 男は慌てて標的に目を向ける。すると、緑色の瞳と目が合った。標的が不敵な笑みを浮かべる。


「う、撃てえええ!!」


 男は叫ぶと同時に機関銃を乱射した。

 時を同じくして、標的がフードの中に隠し持っていた爆弾を辺りに投げる。

 仲間が一斉に打ち出した弾が爆弾を撃ち抜き、そこから紫色の煙幕が大量に吹き出した。

 その直後だった。その直後から地獄は始まった。

 まず右の窪地に隠れていた仲間の悲鳴が轟いた。

 続いて左奥の岩陰に隠れた仲間のいる方から爆弾が破裂する音が聞こえる。

 標的の小屋の方からは機関銃が乱射する音が聞こえ、仲間がそれにやられる悲鳴が聞こえてくる。


「あ、ああ……」


 男は半ば戦意を喪失していた。手に持っていた銃は地面に落とし、グレネードのピンを抜く気力も湧かなかった。

 男の後頭部に銃口が突きつけられた。


「もはや賊のプライドも持たないか」

「う、あぁ」

「憐れだな」


 それは死神の最後のセリフだった。

 言い終わると同時に銃声が鼓膜を破いた。男は衝撃で前に倒れ、地面に着くより先に意識は遥か彼方へ昇って行った。



戦闘が開始して一分も経っていないが敵は半分以下となった。

この煙幕の中、ご丁寧に大声を上げたりレーザーポインタでこちらの位置を探ろうとしていた者は片付け終え、今は隠れて隙を窺っている者どもの処理に当たっている。


「おい、キザ野郎! この煙幕濃すぎじゃねぇか!? 何も見えねぇぞ!」

「それはキミの目が悪いんだよ。僕には周囲がクリアに見えるよ」

「それはてめぇがゴーグルつけてるからだろうが!!」


あらかた敵を狩り終えたグレンがセリに食ってかかる。彼はゴキブリ退治などの細々とした作業がとことん苦手で、隙あらばこうして誰かに食ってかかる。

 奇しくもグレンに目をつけられたセリは彼の言葉をそよ風程度に受け流して、引き続き周囲に毒を撒き散らしている。

 セリは他国から『ポインズン・ボマー』の名で畏れられた兵士だ。

 その名の通り彼は毒を得意とし、特にそれを爆弾のような形にして用いる戦法を好んで使う。護身用に銃を一丁携帯しているが、それの出番が来ることは滅多にない。


「てんめぇ! 聞いてんのかゴラァ!!」


 セリに適当にあしらわれたグレンがキレて彼の胸元を掴みあげる。

 すると、流石のセリも無視できなくなったようで、ゴーグルの奥の薄い目が鋭く開いた。

 それを見たグレンが僅かに口角を上げる。


「手を離してくれないか? マスクが外れてしまうだろう」

「そんなに離して欲しけりゃ腕づくでひっぺがせば良いだろうが」

「……離せ」

「出るわけねぇよなぁ? 毒なんて言うせこい武器使ってるから筋力なんてアリンコレベルだろうからなぁ!!」

「離せと言っているだろう!!」


 グレンの挑発にセリが珍しく憤慨する。

 グレンが手を離すと、彼はすぐさま後ろに飛び退き、懐の爆弾をいくつか手に取った。

 グレンも手に持ったエネルギーガンを構えると、トリガーに指をかける。

 両者の間に緊迫した空気が流れる。一触即発とはまさにこの事で、誰かが何かをした拍子に二人は互いの全力を相手にぶつける事だろう。

 グレンとセリがその合図を待つ。

 遠くの方でグレネードが転がる音が聞こえた。

 セリの指がかすかに動き、グレンがトリガーを僅かに引く。エネルギーガンの口径に白い光が集まり始めた。

 グレネードが爆発した時。それが二人の戦いの合図となるだろう。


「…………」

「…………」


 爆発音はまだしない。

 まだ

 まだ

 まだ────


「──そこまで!!」

「え!」

「ちょ!」


 その時、爆発音とほぼ同時にスイセイが二人の間に割って入り、戦いを止めようとした。

 スイセイの存在に気づいた二人は慌てて構えた武器を下ろそうとするが、時すでに遅し。

 グレンのレーザーガンはトリガーを引かれ、セリの爆弾は空中に紫の奇跡を描いて飛び始めていた。


「たく、お前らは……」


 いつもの事ながらじゃじゃ馬のように言うことを効かない部下にため息を吐くと、スイセイは飛来する爆弾の位置とグレンまでの距離を確認して、地面に両手を突き立てた。


「【大地を覆う竜の屍よ 我が意に応え姿を変えよ】──"テラレクトル"」


 早口で呪文を詠唱すると、片手をグレンの方へ向ける。

 すると、グレンの足元の地面が突如凹み、彼はバランスを崩して前へ倒れる。

 レーザーガンの銃口が上を向き、丁度そのタイミングでエネルギーの充填が終わる。

 空へ向けられた銃口の先から極彩のエネルギー弾が発射された。

 エネルギー弾は目にも止まらぬ速さで空中を移動すると、セリが投げた爆弾を貫いた。

 毒ガスの入った爆弾が空中で爆発し、その爆風で地上の煙幕が霧散する。


「す、すげぇ」

「…………」


 たった一つの魔法でグレンとセリの攻撃を無効化したスイセイに二人は感嘆を通り越して呆れてすらいた。

 当の本人はと言うと、計算が上手くいった事にほっと胸を撫で下ろすと、ゆっくりと立ち上がり、二人の部下を睨みつけた。


「お前ら、ここがどこだか忘れたのか?」

「あ、これは……」

「ブチ切れだね……」


 スイセイの顔を見て、彼の内心を悟った二人はその場に星座をして反省の姿勢を覗かせた。

 しかしそれでスイセイの怒りが収まるはずもなく、彼はここが戦場ということも忘れて二人に説教をし始めた。


「だいたいお前らはなぁ──」


 スイセイの話が別件に飛び火しそうになったその時、彼の背中を確かな悪寒が駆け抜けた。

 スイセイは自分の直感に従って、首を僅かに傾ける。

 すると、頬の辺りを何かが一瞬で掠めて行った。

 頬に鈍い痛みが走り、赤い血が頬を伝って地面にぽつりと滴り落た。

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