第二話 雨宿り
バハラ王国を出発してから七日が経った。
地形と空気の悪さから何度も馬に休憩を与えたため、バハラ王国からはまだそれほど離れてはいなかった。
それでも隣国であるフーロ国を越え、次はサイラス帝国を目指して進んでいる道中だった。
「ったく、また地形がおかしくなるな」
グレンが空を眺めながらそんなことを呟いた。
スイセイ達は現在、雨宿りのためにかつては補給所として使われていただろう建物の中で休息を取っていた。
雨と言ってもただの雨では無く、強力な酸性雨である。
大気汚染の影響か、はたまた高濃度の魔力の影響かは分からないが、第十五次人魔大戦の頃から一滴で地面に穴を開けるほど強力な酸性雨が降るようになったのだ。
これのせいで世界地図というものの利便性が限りなく損なわれた。現在の地図の役割は大まかな方角を知らせる程度である。
「グレン、交代だ」
「えぇ……もうかよ。おい、キザ野郎いくぞ」
「りょーかい」
外から耐酸性のレインコートを纏ったケンヨウとミュリファが帰ってくる。代わりにグレンとセリがコートを纏い、外へ出る。
見張りである。この辺りは特に野盗による被害が多いため、そのためのものだ。
「それで? 異常は?」
「特にはなかったよ。例の野盗も現れなかった。まぁ、この雨だからね、奴らも迂闊には動けみたい」
「そうか」
ミュリファからの報告を受けたスイセイは、窓辺の椅子に腰をかけたケンヨウに目を向ける。
「止みそうか?」
「どうだか。俺はお天気キャスターじゃねぇからな。けど、当分は止みそうにねぇよ」
「そうか、それは困ったな」
「何か問題?」
「実は近くに大きな川があるんだ。雨で氾濫しなければいいんだが、最悪ルートを変更しなきゃいけない」
「そいつは面倒だな」
「あぁ。……くそ。……悪い、少し仮眠を取らせてもらう。見張り番の時に起こしてくれ」
スイセイがそう言うと、ケンヨウは返事の代わりに酒瓶を軽く持ち上げた。
どうやら昼から一杯やるらしい。戦時中なら咎めていたが、スイセイは軽くため息を吐いただけで注意はしなかった。
彼は奥の部屋へ向かうと、そこにあるベットに腰をかけた。
「お水をどーぞ」
「ん、助かる。……何か用か?」
水の入ったコップを持ってミュリファが部屋に入ってきた。
彼女からコップを受け取り、その中身を飲み干す。
ミュリファがスイセイの隣に腰を下ろす。それから彼女は手をモジモジとさせ、なかなか口を開かない。
「どうした? 用があるんじゃないのか?」
「あるにはあるんだけど、その……」
「……?」
ミュリファがスイセイの顔を見て、それから意を決したようにうんと頷いた。
「わ、私も一緒に寝ていい?」
「──いいわけない」
「うひゃあ!?」
覚悟を決めたミュリファの誘いは、突然二人の間を割って現れたコノトによって弾かれた。
あまりに突然彼女が現れたものだから、ミュリファが変な声をあげる。
ミュリファがきっとコノトを睨む。
「なんでコノトがいるのよ!」
「それはこっちのセリフ。どうしてミューリとスイセイが一緒にいるの?」
「私はスイくんと一緒に寝ようと思っただけよ」
「ダメ。スイセイとはわたしが一緒に寝る」
「なんでよ!」
ギリギリギリと睨み合う二人。当事者でありながら蚊帳の外へ追いやられたスイセイはいつもの事ながらその成り行きを見守った。
「えいっ……!」
「あ、ズルい!!」
不意にコノトがスイセイに抱きついて、彼の体越しにミュリファを睨む。
「だいたいなんでミューリがここにいるの? ミューリはエルフでしょ。エルフの里に帰るべき」
コノトがミュリファの耳を指さして言う。
彼女の指摘通り、ミュリファはエルフの里出身の純血のエルフである。その証拠に彼女の耳は横に長く伸びていた。
ミュリファが耳を弾いてコノトの質問に答える。
「私はエルフの里に帰るつもりだよ。途中まで一緒について行くだけ」
「嘘。エルフの里は色んなところに転移門があるって聞いた。バハラ王国の西に行けば直ぐに帰れた」
「大和国の近くにもあるのよ! どこの転移門を使おうと私の勝手でしょ!」
「だからそれなら別のところでも──」
コノトが珍しく声を荒げようとした時、大きな音を立てて扉が開いた。
「大変だ!!」とケンヨウが叫びながら入ってくる。
コノトとミュリファが喧嘩をやめ、スイセイはベットから腰を上げた。
「どうした?」
「囲まれた」
「何?」
「例の野盗だ。少なくても八……いや、十か。それくらいの人数がこの建物を中心に潜伏してやがる」
「なるほど、この建物は囮だったというわけか」
ケンヨウの説明を聞いたスイセイが壁に目を向ける。
分厚い壁だ。それに耐酸性のある素材で作られている。つまりこの建物は野盗どもが作ったもので、雨が降り、雨宿りのために中に入った旅人などを囲んで襲うためのものというわけだ。
「リーダー、どうする?」
「決まってる。返り討ちにして奴らの本拠地を喋らせる。全員武器を持て、戦闘だ」
『了解!』
スイセイが指示を出すと、酒に酔ったケンヨウも先程まで喧嘩をしていた二人も顔を引き締め、戦闘準備に取り掛かった。
スイセイは眠気がすっかり消えたのを確認すると、腰に下がった黒い拳銃を取り出した。弾の数を確認する。
「七発きっかりか。よし、今回はお前だけで十分だな。頼むぜ『夜宵』」
愛銃の名前を呼ぶと、それを再びホルダーに仕舞い、全員が集まる部屋へ戻った。
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