第一話 帰国志願部隊
窓から外を眺めてみた。
広場には子供たちが笑顔で玉蹴りをして遊んでおり、その近くでは人の並んでいない配給のテントがあった。
「まったく平和だな」
外を眺めていた少年は呟いた。
白髪の少年だ。彗星のように青い目をしており、身に軍服を纏っていた。
少年の名前はスイセイ。御歳十九の若造だ。
彼が徴兵されたのはおよそ九年前。まだ十歳のことである。
しかし、それは決して若い訳ではない。長きに渡る戦争を経て人類の総数は極端に減少した。そのせいで各国は子供から年寄りまでなりふり構わず出兵させた。中にはまだ五歳になったばかりの子供を招集させ、爆弾を括り付け敵地に送り込む……なんて非道な真似をしていた国もあるくらいだ。
そう考えると十歳というのはまだ優しい方だろう。
もっとも少年は十九という若さで一部隊の隊長にまで登りつめた実力者だ。
戦場では『死神』の異名で呼ばれ、それは彼の容赦のない戦いぶりを見た敵が畏怖と敬意を込めてつけたものだった。
「失礼するぜ〜」
不意に扉がノックされ、スイセイが返事をするよりも先に扉が開かれた。
入ってきたのは黒髪のおっさんだ。面長の顔に無精髭を生やしているのが特徴的で、全体的に飄々としたお調子者の雰囲気が漂っていた。
「ケンヨウ、開けるなら俺の返事を待ってからにしろ」
「相変わらず堅苦しいねぇ。まぁそれくらい厳しくねぇとリーダーってのは務まらんのかも知れんけどね」
「お前みたいなのがいるからこういう性格になったんだよ。……それで? 何の用だ?」
「お前さんがあまりに遅いんで呼びに来たんだよ。もうみんな出発の準備終わってるぜ」
「そうか、それはすまなかった。すぐ準備して行くよ。お前は先に行っててくれ」
「へいへい。……あ、みんなとは言ったけどコノトは相変わらずだからちゃんと呼んできてくれよ。様子見に行った時はもう準備終わってたから呼べば来てくれるとは思うぜ」
「そうか」
「んじゃ」
ケンヨウは手をひらひら振ると、スイセイの部屋から出ていった。
ケンヨウに急かされるというのは珍しい事で彼は少しだけその余韻に親しんだ。
これも戦争が終わった影響だろう。
色んなものが少しずつ変わっていっている。それはめでたいことだが、同時に寂しいことでもあった。
「故郷は変わらず残っているだろうか……」
スイセイはもう一度窓の外を眺めた。首にかけられた懐中時計を手に取り、そのリューズを回す。
すると時計の針が方位磁針のように不安定に揺れ、スイセイが眺める方角を指して停止した。
それを確認すると、リューズを元に戻し、時計をしまう。
それから顔を軽く叩くと、ケンヨウに言われた通り準備を急いだ。
必要なものをバックに詰め、銃を二丁、それぞれ左右の腰のホルダーに収める。
二本のナイフを背面の腰に装着すると、その上からコートを羽織った。
バックを持ち、ガスマスクを持ち、軍用の帽子を持つ。
そうして準備を終えると、長いこと世話になった部屋に早々に別れを告げ、部屋の外へ出た。
「さてと、コノトを呼ばなきゃだったよな」
スイセイは自身の部屋の真向かいにある扉をノックした。
すると、一秒もせずにドアノブが回り、ゆっくりと扉が開いた。
中から一人の少女が現れた。
小柄な少女だ。黒い長髪は腰まで伸び、薄い紫色の瞳は眠そうに薄く開かれている。
女物の軍服を纏った彼女の名前はコノト。スイセイとは幼馴染で彼女の方は一歳年下である。
「おはようコノト。準備はオーケイか?」
「問題ない。スイセイは?」
「オーケイだ。どうやら他のみんなももう準備を済ませて集まっているみたいだぞ」
「そう、なら急がないと」
「だな」
コノトの喋り方は無機質な機械音のようであるが、それ故に淡々として聞き取りやすい。
コノトの言葉に頷いたスイセイは、しかし「あ」と声を上げた。
「すまん、その前に少し寄り道していいか?」
「構わない。どこ?」
「総司令室」
「…………わたし先行ってる」
スイセイが行き先を告げると、コノトはそそくさとみんなの所へ走っていった。
その後ろ姿を苦笑しながら眺めたスイセイは背を翻すと、総司令室へ向かった。
総司令室にたどり着いたスイセイが扉をノックすると厳格な声が聞こえてきた。
「失礼します」
スイセイがそう言って中に入る。中へ入ると、目の前に机が置いてあり、そこに一人の男が座っていた。
ガタイの良い男だ。顔にはよくそれで生きてるなとツッコミを入れたくなるほど大量の傷痕がついており、とても怖い印象を与えられる。
男の目がスイセイを見る。
「ん……スイセイか。何の用だ?」
「出発の前に挨拶をと思いまして」
「そうか。コノトはどうした? お前にくっついていないと死んでしまうのがアイツの特性だろう?」
「知ってるでしょうに人が悪い。アイツは総司令官が怖いんですよ。入隊当初のトラウマを未だに覚えてるんですよ」
「あれはただの挨拶だ」
「初対面の強面のおじさんにいきなり銃を突きつけられて脅されれば子供でなくてもトラウマですよ」
かつてのコノトは僅か九歳だ。そんな子供にそのような所業をすれば嫌われるのは当然と言えるだろう。
スイセイの言葉に総司令官は残念そうにため息を吐いた。
「結局誤解は解けぬままか」
「いずれ解けますよ」
「そうだといいがな」
総司令官は絶対に誤解を解いてくれとスイセイに念押しをした。
なんだかんだ言って総司令官はコノトの事を実の娘のように可愛がっていた。
だから娘に嫌われ続けているというのはメンタル的にしんどいのだろう。
そう勝手な解釈をした。
総司令官はコホンと咳払いをし、寂しげにスイセイを見た。
「本当に行くんだな?」
「えぇ。故郷が心配ですから。それに隊員達を連れ帰らねばなりません。アイツらには俺が必要なんです」
「そうだな。戦争が終わった今、もうお前たち兵士は不要な存在となった。我が国のために多大な貢献をしてくれたお前たちに相応の報酬を支払えぬことを許してくれ」
「いえ、俺が隊長になった時に俺のワガママを後押しして頂いた恩があります。それに戦争の残り火の消化もまだ残っているのに故郷への帰還を許可して下さったことも。報酬は既に十分すぎるほど頂きました」
スイセイが頭を下げる。それは総司令官へ多大な感謝を込めたものだ。
総司令官が頭をあげるように言う。
「そうだ。お前の故郷は確か東にあったよな?」
「えぇ。そうです」
「ではひとつ頼まれてはくれないか?」
「ひとつと言わずいくらでも聞きますよ。俺はあなたの部下ですから」
「嬉しいことを言ってくれる。しかしこのひとつで十分だ」
総司令官はそう言うと、引き出しから紙とペンを取り出した。
「少し待ってくれ。今手紙を書く」
「手紙ですか?」
「あぁ。ここから東に向かった所にマレイラ王国があるだろう」
「はい。確か総司令官の戦友がいるとか」
「そうだ。お前にはソイツにこの手紙を渡して貰いたいのだ。頼まれてくれるか?」
「それくらい容易い御用ですよ」
「感謝する」
総司令官は一度筆を止めて微笑んだ。
それから少しの間手紙を書き続け、書き終えるとそれを封筒に仕舞い、蝋を垂らした。
国の紋を押し終えると、その手紙をスイセイに手渡した。
総司令官がスイセイの肩を叩く。
「頼んだぞ」
「はっ!」
スイセイが敬礼をし、踵を返し、扉に向かう。
最後に総司令官がスイセイに言葉をかけた。
「またどこかで会おう」
「もちろんです。俺はこの国の兵士ですから」
「失礼します」とそう言ってスイセイは総司令室を出た。
総司令官に渡された手紙を丁寧にバックに仕舞うと、今度こそ仲間が待つ元へ向かった。
▼
彼らは宿舎の玄関前にある小さな広場に集まっていた。
スイセイがゆっくり歩いていくと、まず初めに叱責が飛んできた。
「遅ぇぞ!!」
「すまない。総司令官と話をしていたんだ」
叱責を飛ばしのはグレン。赤い短髪の男である。
彼に言葉を返すと、それに金髪の端正な顔立ちのミュリファが反応した。
「総司令官様? スイくん最後に何か悪いことしたの?」
「別れの挨拶をしただけだ。ついでにひとつ頼まれ事もしたけどね」
「頼まれ事? それは重大な任務かい?」
今度は緑色の髪をした気障っぽい青年──セリが首を傾げる。
「いや、それほどのことは無い。総司令官の知人に手紙を届けるだけだ」
「んだよ。総司令官なんだからそんなもん適当な部下に頼めよ。なんでよりによってオレ達なんだよ」
「まぁまぁいいじゃねぇかグレン。最後くらい総司令官の頼みを聞いてやろうぜ。な?」
愚痴を垂れるグレンをケンヨウが宥める。
それをミュリファとセリが遠巻きに眺め、コノトは我関せずとスイセイの隣に立っている。
これがこの隊の日常だ。
グレンが落ち着いて全員の視線が隊長であるスイセイに向かう。
スイセイは全員の顔を見回した。
「我々はこれから故郷に帰る。よってこのバハラ王国第一部隊という所属からはおさらばとなる」
「それじゃあこれからなんて隊になるの?」
「隊長交代か? やっぱ次はオレだよな?」
ミュリファが首を傾げ、グレンが馬鹿なことを言う。
スイセイは再び全員の顔を見回すと、満を持してその隊の名を告げた。
「今日から我々は帰国志願部隊『レディーレ』と名乗る! 隊長、副隊長、以下役割について変更は無い」
スイセイが隊の名を宣言すると、反応は様々だった。
名前がダサいと言うやつがいれば、自身の役割に不服を申す奴もいる。
しかし、これが隊長の決めたことであれば隊員のすることは一つである。
ひとしきり文句を言った彼らは直後、示し合わせたように同時に敬礼をした。
『我らレディーレ! これからも隊長について行きます!!』
彼らの言葉を受け、スイセイはふっと微笑んだ。
それから東の方を向く。
「それじゃあ、帰るとするか」
そしてスイセイを隊長とするバハラ王国第一部隊改め帰国志願部隊レディーレは彼らの故郷である東洋の島国『大和国』を目指して出発したのだった。
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