第四話 隻眼の強者
赤い血が頬を伝って地面にぽつりと滴り落ちる。
「スイセイ!?」
「隊長!!」
グレンとセリがスイセイの傷を見て、心配そうな声を上げる。
スイセイはそれに目配せをして大丈夫だと伝えると、己の頬に傷をつけた人物の方を睨んだ。
サイレンサー付きのピストルを片手に持った、隻眼の男がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「お前が賊のリーダーか?」
「リーダーってのはちと違うなぁ。オレぁ現場監督ってところだぜぃ」
男は再びニヤリと笑うと、自分の頬をトントンと叩く。
「今のを避けるとは流石は"死神"と言った所かぁ」
「俺を知ってるのか」
「当たり前だぜぃ。俺たちの間じゃあ有名だ。なんせ、あんたの首には相当な額かかってんだからなぁ」
懸賞金──裏の世界では度々そういうものが出回るという噂はスイセイも耳にしていたが、まさか自分の首にまで値がついていたとは驚きだ。
スイセイは腰に吊るした『夜宵』に手をかける。
「それで、どうするんだ? 俺を殺すのか?」
「どうすっかねぃ。オレの仲間は随分とやられちまったしよぅ。あんたには仲間もいやがるじゃあねぇか。こいつぁ、オレに不利かもなぁ」
男はニヤニヤと、わざと焦らすような口調で語る。
男の芯のない態度にイラッときたグレンが一歩前に歩みでる。
「テメェの意見なんざ聞いてねぇんだよ! テメェがどう答えようが、俺たちはどの道テメェをとっちめて、アジトの場所を吐かせてやんだからよぉ!」
「グレン!」
こちらの作戦をわざわざバラしたグレンをスイセイが咎める。
すると相手の男はピューと口笛を吹いて、これまたわざとらしく後ずさる。
「いやぁ、怖い怖い。なるほどねぇ、オレはどの道捕まるのかぁ。そうかそうか……」
飄々とした態度で男が言う。
しかし、直後に男の纏う空気が一変した。
スイセイがホルスターから『夜宵』を抜く。
男も同じようにサイレンサー付きのピストルを構えていた。
「──だったら戦うしかねぇよなぁ!!」
男はおふざけはやめだと言わんばかりの気迫と共に叫ぶと、ピストルを握るのとは反対の手に持っていた煙玉を地面に投げつけた。
途端、スイセイ達の視界が白く染め上げられる。
「ケホケホ! あんにゃろぶっ殺してやる!!」
「落ち着け、グレン! お前はセリと共に退避しろ!」
「あぁ!? てめぇひとりで殺るってのか!? ざけんな!! あいつは俺の獲物だ!!」
「グレン、これは隊長命令だ。お前の戦闘を許可しない」
「ぐっ…………!!」
グレンがスイセイの部下である以上、隊長命令は絶対だ。それを破るということはスイセイの敵になるも同然。
グレンとてスイセイとは戦いたくないのが本音である。しかし、それと同じくらいスイセイの命令を受け入れ難いのも事実だった。
グレンがスイセイの命令に従いかねていると、横からセリが口を挟む。
「敵はひとりだ。なぜわざわざ相手の土俵で戦うんだい?」
「これは殺せば勝ちの戦争とは違う。求められているのは標的の生け捕りだ。もし俺たち三人が自由に攻撃をしたら、相手は確実に死ぬ。それにこの煙幕の中じゃあ共倒れになってもおかしくない。この盤面では一体一が最適だ。それも確実に相手を生け捕りに出来る実力者が適任だ」
「なるほど。グレン、納得出来たかい?」
「…………」
スイセイの言い分も分かるが、今ひとつ乗り切れないと言った沈黙が続く。
スイセイはため息を吐くと、二人に別の命令を下す。
「お前たちは煙幕の外側で待機しろ。敵が逃げないように見張っといてくれ」
「もし、敵が逃げようとしたら?」
「その時はお前たちの自由判断に任せる。頼めるか? グレン」
「──おう! 逃げようとしたら俺がヤツをぶち殺す!」
グレンはようやくスイセイの命令を受け入れると、気合いの入った声と共に煙幕の外へ出ていった。
二人が出ていったと思われるタイミングで、スイセイは眼前に視線をやる。
「わざわざ待ってくれたのか?」
「オレとしても一体一はありがたい提案だからなぁ」
「その言い方だと一体一なら俺に勝てるみたいだな」
「出来ないと思っているのかぃ?」
煙幕の中で相手の声が至る所から聞こえてくる。
後方から静かに放たれた弾丸がスイセイの腿を浅く抜ける。
「……魔法か。こいつは厄介だな」
「へっ、それはお互い様だろぅ」
スイセイが魔法を使えることは先程グレンとセリの喧嘩を止めた時に見せてしまっている。
あの時に使ったのは土魔法だけだが、恐らく全属性の魔法が警戒されているだろう。
つまり、この戦いで魔法は使えない。
左右から放たれた弾丸が両肩を掠めていく。
スイセイは『夜宵』をホルスターに仕舞うと、前へ目掛けて走り出した。
「あぇ? なんだぁ? 逃げんのか?」
スイセイは真っ直ぐ前へ走ったと思へば、今度は左に急転換。今度は右に曲がり、左、右とジグザグに走っていく。
「おいおい、まさかそんな小細工でオレを出し抜こうなんて、思ってねぃよなぁ!!」
真正面から飛んできた弾丸が耳たぶを撃ち抜く。背後から飛来する弾が今度は反対の耳にヒットした。
どうやら敵は煙幕の中でもスイセイの位置を正確に把握する手段を持っている。
それなのに先程からわざと急所を外して狙ってくるのは、敵がスイセイを甘く見ている証拠だ。
弄ばれている。だが、それでいい。
スイセイは流れる血の熱を意識外へ追いやり、走ることにのみ集中する。
「……あんたさっきから静かだなぁ。もっとお喋りを続けようぜぃ? じゃねぇと──つまらなすぎてあんたを殺しちまうだろ!!」
「ぐっ…………!」
男の放った弾丸が真正面からスイセイの腹部に命中する。
防弾チョッキを着ていたおかげで致命傷とはならなかったものの、重たい衝撃が彼の膝を折った。
「おいおい、どぅしたぁ!? まさかこんなんで終わりじゃねぇよなぁ??」
男の煽りがだんだんと強くなり、打ち出す球数も多くなる。
スイセイは急所を狙う弾だけを避けると、他は構わずに走り続ける。
弾の一つがスイセイの太ももを貫いた。体が前に倒れ、無防備になった背中に弾が三発撃ち込まれる。
「ぐああああ!!」
その時、初めてスイセイが悲鳴らしい悲鳴を上げた。よく響く、絶叫だった。
それを聞いた男が嬉しそうな声を上げる。
「それだよそれ。死神もいい声で鳴けるじゃねぇかぁ。オレぁ、人間のその声を聞くのがたまらなく好きなんだぜぃ」
男が続けざまに三発。スイセイの背中を撃ち抜く。スイセイから再び声が上げられた。
いくら防弾チョッキを着ているとは言え、気絶しそうになるほどの衝撃を連続で喰らえば、どんな過酷な訓練にも耐えてきたスイセイとて声は出る。涙が出ないのが不思議なくらいだ。
スイセイはキッと前を睨むと、負傷した足を引きずりながら、地面を這って前へ進む。
「おいおい、悪あがきはよそぅぜぃ。みっともねぇよ」
「はぁ、はぁ…………」
「……オレぁ、ガッカリだなぁ。まさかあの死神がこんな逃げ腰野郎だったとは……」
男の纏う空気が再び変化した。
氷のように冷たく残忍な、殺人者の纏うそれと同質の空気。
スイセイは全身でそれを感じながら、しかし、這いずる足は止めなかった。
背後で次弾が装填される音が響く。
「もう飽きちまった。これで終わりにしてやるよ」
「──誰が何を終わりにするって?」
不意にスイセイの口が動いた。
トリガーを握りしめた男の手が硬直する気配を彼は感じた。
スイセイが不敵な笑みを浮かべる。
「死神ぃ、今なんて言ったんだ?」
「終わるのはお前の方だと言ったんだ」
スイセイは大胆にもそう言い放つと、健在の足で地面を蹴ってその場から離れた。
男の戸惑う様子が空気越しに伝わってくる。
そして直後に男が驚く様子も。
スイセイはちらりと、先程まで自分がいた場所を見た。そこには自然に発光する石が置かれていた。スイセイが先んじてそこに置いておいたのだ。
彼は後ろに飛びながら大きく息を吸うと、ひとりの名前を大声で叫んだ。
「やれ──コノト!!」
一拍遅れて、遠くの方で銃声が響く。
直後、スイセイが置いた発光石が、その下の"目標"と共に射抜かれた。
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