8/28(月)⛅ こんなに想われていたんだね


 窓を開ければ、室内を侵食してくる熱気。でも、日中に比べたら、まだ柔らかい。私はサンダルを履いてベランダに出た。


 窓ガラス越し、何度もしたセルフチェックをもう一度。


 髪良し。メイク、オッケー。制服は皺になっていない。着崩しているけれど、だらしなくはないはず。この微妙な感覚は絶対に崩さない。がっ君の視線を私に向けてもらうためなら、どんな努力だって惜しくない。


 ―― 希良きら、可愛いね。


 気を抜くと、いつもがっ君の声が脳内でリプレイされて。私の頬はすぐに緩んじゃう。


 その視線を私だけが、独占したい。

 自分でも重い女だって思うけれど、仕方ない。


(よいしょ)


 ベランダの敷地を跨ぐ。

 この瞬間、ふわっと、風に煽られて――慌てて、スカートを押さえた。


 7階は意外に風が強い。レギンスを履いているのに、思わず反射的に動いてしまう。むしろ髪の方が乱れて、テンションが下がる。


 ――希良々、お腹冷やしたらダメよ。


 従姉妹の小豆あずきお姉ちゃんが、そう諭してくれたのはお盆の時。それに追随するワケじゃないけれど、がっ君意外の人に見られたくない。どうせ見られるなら、がっ君が良い、と。

 とりとめなく、そんなことを考えて――体の芯が熱くなる。


 こんこん。

 窓をノックして。


 返事はない。

 そっと、窓に手をかけて、開ける。


「不用心だよ、がっ君」


 何度目だろう、この台詞。すーすー、寝息をたてるがっ君に、つい笑みが零れてしまう。


 がっ君は――というよりも、鷹橋家は朝が弱い。漫画家夫婦だ。締切が迫れば、深夜であろうといつだろうと、徹底的に自分達を追い込む。そんな環境で育ったからなのか、がっ君も食事に対しての欲求は薄い。

 時間を忘れて、絵を描いていることもしばしばで。


(私が認めませんけどね)


 ふんすっ。

 だから、こうやって起こしに来るし。何もない時は、早く寝せてあげる。

 規則正しい、生活のリズムは大事なのだ。


 ベランダから起こしに来るなんて、ラブコメの幼馴染み以上だって思う。

 隣の部屋なのに、寝つくまでスマートフォンで通話したり。


 私はがっ君の髪を撫でた。


「この夏、たくさん色々なことがあったね」


 宿題を終わらせて、ファミリープールに行った。いつものメンバーに、上川君と下河さんも誘って。


 男性陣が買い出しに行っている間に、ナンパされるというテンプレな展開に目を丸くして。慌てて駆けつけるがっ君より早く、不埒なナンパ君たちを、回し蹴りでぶっ飛ばしたのは――空手初段の下河さん。


 ――釣り合ってねーじゃん。

 そんな暴言を吐いた、彼らが悪い。

 好きな人をバカにした代償は、かくも大きいのだ。


 それから……バーベキューにも行った。


 がっ君の漫画描きを手伝った。

 トーンを貼ったり、ベタ塗りしたりといった単純作業しかできないけれど。がっ君のイメージ通りに塗ることができたと知って、私まで嬉しくなる。


 作業しながら、色々な話をした。


 バレンタインのチョコ。

 がっ君は私のチョコを。

 寝込んだ私に紗絢が持ってきてくれたチョコは、がっ君のだった。


(言ってくれたら良かったのに!)

 それなら、もっと大事に食べたのに。


 ――言っておくけど、私はちゃんと言ったからね。聞いてなかったのは、希良々だから。


 はい、3秒論破。

 あの時、ショック過ぎて、紗絢の言葉は耳に入らなかった私に苦言を申したい。


 でも、やっぱり。

 昨日の花火が忘れられない。


 線香花火が落ちて。

 暗闇に溶け込んで。


 がっ君が、優しく触れて。

 唇で触れて。

 考えてみれば、この夏はがっ君で埋め尽くされていた。


「がっ君」


 彼の頬に触れる。

 今日から新学期だ。


 でも、私の優先事項は変わらない。

 がっ君をずっと見てる。


 がっ君にずっと見てもらえるように、頑張る。

 付き合ったせいで、成績が落ちたなんて言わせない。


「……がっ君? でも、そろそろ起きて?」


 耳元で囁く。

 もぞもぞ動いて。それから、薄ら目を開ける。


「希良……? か、可愛い。でも……もう少し寝かせて――」


 そう言ってタオルケットを被ってしまう。真っ先に可愛いなんて言われたら、怒るに怒れないじゃないですか。でも、希良々さんは、これで引き下がるワケにはいかないのです。


「ふーん。彼女さんよりも、“オフトゥン”を優先しちゃうんだね、この彼氏さんは」

「んっ、あとちょっとだから……」


「良いよ。それなら、第二のがっ君とお話してるから。ね、がっ君?」

「にゃ、な――」


「こっちのがっ君が、すぐ起きてくれるのにな。ツンツン」

「ちょ、ちょっと! 希良、それはまずいって!」

「おはようのチューしちゃおうかなぁ、“オッキ”してくれた方の“がっ君”の方に」


 ニンマリ笑んで、口吻くちづけをしようとした、その瞬間。

 がっ君はがばっと、起きて。

 そして、ドアが開く。


「……朝から、何やってるのお姉ちゃん?」


 星伶奈せれなの冷ややかな目が、容赦なく突き刺さるけれど――起きてくれた、がっ君にキスをして。


(でも……これは困っちゃったなぁ……どうしよう……)

 私はとんでもない問題に気づいてしまう。


 授業中、がっ君と触れられなくて――ガマンするしかないけれど。

 私は耐えられるのだろうか?


「知るかっ!」


 ものの見事に、妹にデコピンされたワタシだった。






■■■





「ごちそうさまでした」


 がっ君が手を合わせる。


「お粗末様でした」


 私は、にっこり笑って返す。

 笹倉家――朝はこっちで。相変わらず、鷹橋家夫妻は、起きられないから、この人数で。


 夜は逆に鷹橋家で、全員で食卓を囲む。今までなかった時間を満喫している。私は逆に幸せ過ぎて怖いと思ってしまう。


 今日は、私が朝食当番。がっ君が、美味しそうに食べてくれたのが嬉しい。

 チーズオムレツ、美味くできたって思うから。なおさら笑みが自然に零れちゃう。


「、お姉ちゃん、幸せすぎるの分かったけど、顔面崩壊してるからね」

 失礼すぎだよ、星伶奈。でも……仕方ないじゃん。がっ君と視線があえば、自然と頬が緩んじゃうんだもん。


 お弁当は、いつもコンビニ利用のがっ君。


 今日は買わなくて良いと、事前に言ってある。本当はそこも含めてサプライズにしたかったんだけれどね。


(分かってないんだろうなぁ)


 朴念仁と、みんなに口を揃えて言われる彼氏さん。


 でもね、みんなが言うほど、悪いことばかりじゃない。

 自覚して、真っ赤になった時の、がっ君は本当に可愛いんだから。


 ――だから楽しみにしていてね、今日のお弁当。


 コンビニのお姉さんとの毎朝の挨拶。そんなフラグはへし折ってやるのだ。コミバで、あのお姉さんと出会ったのは絶対、偶然じゃない。


「希良、先に行ってるね」

「うん」


 私はニッコリ頷く。そんな私を、両親も妹も、まるで狐に化かされたような目でみていた。


「え? 良いの?」

「希良々、がっ君クンと喧嘩でもしたのか?」

「お姉ちゃん……もしかして、私が覗いちゃったから、気まずくなっちゃった?」


 三者三様、反応が酷すぎる。まぁ私自身、自覚はあるけれど。だって、もうがっ君が傍にいない生活なんか想像できないから。

 でも、これは私からのワガママだから。


「ごちそうさまでした」

 私も手を合わせて――それから席を立った。






■■■






 エレベーターを出て、エントランス・ホールへ。

 ベンチに腰をかけて、スマートフォンを見ているがっ君を見やる。


「待った?」

「待ってないよ?」


 まるでデートで待ち合わせのような会話。

 私のやりたかったことの、一つ。そう、待ち合わせて学校に行くのだ。


 私はつい唇が綻んで――珍しく、スマートフォンに釘付けになっている、がっ君に首を傾げた。耳まで、真っ赤。そして、私と視線が交じると、目が泳ぐ。


「……がっ君? こんな朝から、エッチなサイトを見ているんじゃないよね?」

「ち、違うから――」


 彼女としては複雑だ。がっ君が他の子をそんな目で見るの、絶対にイヤって思ってしまう。


 がっ君は、パパに義理立てをしているのか、高校生の間は、健全な交際を心がけると言う。ふ~んと、思う。別に良いけどね、と。ちょっと拗ねてみせながら。


 でもね、がっ君。

 高校生の男女が、親に義理立てをして、関係を進めない方が不健全だと思うの。

 チロッと舌で唇を舐めて。


 ――別に良いけどね。

 小さく微笑んで。


 がっ君は頑張ったら良いと思うの。私は、全力で誘惑するから。

 私以外の女の子に視線を運ばせないからね。


「じゃあ、何を見て――」

 そう言いかけて。今度は私が絶句する番だった。




 ――ギャル系オタの推し活日記 きららダイアリー 毎日きらら☆




 私は、硬直してしまう。

 口をパクパクさせて。


 思考は、オーバーヒート寸前で。

 目の前のがっ君のことを言えないくらい、きっと私は顔が真っ赤だ。


「が、が、がっ君っ! な、何を見ているの!」


 そ、それ。それ、私の日記。がっ君のこと、包み隠さず書いた私の日記だ! 去年の私の行動は黒歴史として封印したかったのに――。


「ど、ど、ど、ど、どうして……」

「いや、その。丸亀さんが、新学期突入前、必読の書だって」

「沙絢?!」


 親友に八つ当たりしたい。でも、それ以前にがっ君の顔をまともに見られない。

 自分が重すぎる女だって自覚はある。


 どれだけ前から、がっ君のことを想っていたんだろう。

 幻滅されるんじゃないかって、怖くなる。


 だって、仕方ないじゃないの。そう何度も言い訳をしてきた。


 好きなんだもん。

 理屈じゃなくて。

 誰でも良いワケじゃなくて。


 がっ君だから、好きになっちゃったんだ。

 でも、重すぎると退かれたら――。


「僕、こんなに想われていたんだね」

「え?」


 私は予想もしていなかった言葉に、目を丸くする。

 がっ君に引き寄せられた。


「希良に、twetterツエッターのきらりんさん。ラーメンを食べに来てくれたメーブルさん。クラスメートの笹倉さん。そして、カケヨメのkirariさん。これ愛されている、って言っていいのかな?」


 がっ君はそう言いながら、私を抱きしめる。

 誰も通らない、エントランス。


 数字が動く。


 エレベーターが、降りてくるのが見えた。

 でも、それがどうでも良いくらい、がっ君の温度に包み込まれて


 蒸し暑くて、汗がつーと頬を伝う。

 私の一方通行じゃない。


 こんな私を知っても、がっ君は幻滅するどころか――こんな私を全部、受け止めてくれる。


「「好き」」


 言葉が重なって。

 私が先に伝えたかったのに。


 ズルい人だよ、がっ君。


 こんなに私を好きにさせておいて。際限なく、もっと好きにさせちゃう。

 あの扉の向こう側。もっともっと、がっ君と色々な景色を見たいと思う。


 ――離さないよ、離してあげない。


 夏が終わって。

 残暑が、きっと今年も厳しくて。


 気づいたら、秋になって。

 冬になる。

 そしてまた、春がきて――。


 どれだけ、季節がめぐっても。

 貴方の隣は私だから。


 好きだったの。

 ずっと好きだったの。


 日記を読んでくれただけじゃ、全然足りないから。

 私が、どれだけがっ君のことを好きなのか。これから、たくさん囁いてあげる。


 囁けば、囁く以上に。

 際限なく、とめどなく。

 もっと君を好きになっていくの、ズルいと思ってしまう。


 (不公平だよ)


 だから。

 今度は私が背伸びをする。君にキスをして、それからもっともっと囁くの――。







 

 ■■■




 ちん。

 まるで、鈴を鳴らすように。

 まるで、新しい物語の始まりを告げるように。

 エレベーターのドアが開いた。








【一週間後に引っ越しして●●になる彼女と想い出作りをする話ボーナストラックSide Kirari 了】







________________


これにて、二週間連載を続けてきた、一週間後に引っ越しして●●になる彼女と想い出作りをする話

完結です。


ボーナストラックの方が、文字数多いとは、これ如何に(笑)


これは本編後書きでも書きましたが。


何気なく。

本当にTwitterで連載されている漫画のような気軽さとシンプルさ。それを小説で表現できないだろうか。そう思い巡らしていたら、ふと降りてきたのが本作でした。






エレベーターのドアが開いて。

次に、どんな物語が始めるのは、皆様にお委ねたいと思います。

ここまで、お読みいただき。

たくさんの応援、レビュー。

本当にありがとうございました。


実は8/21。

カクヨム夏の創作祭り最終日で、完結するつもりが。

もう一話書きたくなっての、最終話。

8.22で終了となりました(サブタイトルは8/28ですけどね)




またドコかで、がっ君と希良々達と再会できることを願って。

あと、ブックカバー当たるの願って

(煩悩まみれw



本当にありがとうございました!







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