きららダイアリー 毎日きらら☆ 踏み出す夏号Here we go✨


6/10(土)


「引っ越しの件だけど……私、一緒に行かないから!」


 言った。意を決して、言った。

 ようやく、言えた。


「「……希良々?」」


 両親と、


「お姉ちゃん?」


 妹――星伶奈が目を丸くする。困惑している顔を余所に、私はぐっと拳を固めた。色々手遅れかもしれないけれど、私はもう決めたんだ。がっ君と向き合うって。想うだけで、膝が笑いそうになるけれど。今度こそ、ちゃんと、がっ君に自分の気持ちを伝える、って。


「……ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん――お、お姉ちゃんっ! ちょっと聞きなさいよっ!!」


 いきなり、星伶奈が怒鳴り出すから、私の方が目を白黒させてしまう。


「言っておきますけど、ずっと呼んでいたからね」

「へ?」

「あのさ、ずっとお父さんは言っていたからね。腰を落ち着けるために、引っ越ししようって!」


 パパもママもコクコク頷いている。


「あのさ、もう一回言うけどね。俺も支店長になったわけで。そう異動もないと思うんだ。あったとしても、次は単身赴任を考えている。だから、希良々が心配することはないよ」

「本当に?」


 そう言いながら夢うつつ。信じられ――イタ、痛いっ! 星伶奈、頬を引っ張らないで。


「まぁ次に転勤になるとしたら、天音あまね君だろうけどね」


 パパは悩まし気に、顎を撫でた。


「それは、そうと物件について相談がしたいんだ。みんなの意見を聞かせてよ」


 4束、資料がテーブルに乗っていた。そのうちの一つに手をのばした。


「パパ! 私、コレが気になるっ」

「……え、それ、マンションだけど? 一軒家じゃなくて良いの? 便利は良さそうだけど。希良々、庭付きの一軒家に憧れていたじゃない?」


 ママが目を点にいする。よく、憶えてらっしゃる。


「もう、いつの話をしてるの?」


 ぷーっと頬を膨らます。何気ない素振りで言えたはず。ただ、星伶奈は、じーっと私を見やる。


「……あぁいう時のお姉ちゃんは、がっ君先生が絡んでいる時なんだよね……」


 す、鋭い。

 同じ住所だなんて、口が滑っても言えない。


 お隣は無理かもしれないけれど。


 同じマンション、エントランスで待ち合わせてをして。

 一緒に学校に――。

 私のテンションは、上がりっぱなしだった。










? その子は、希良々の大切なお友達なのかい?」

「……パパ、世の中には知らないことがあるんだよ」

「星伶奈?」

「大丈夫、骨は拾うから」


 パパと星伶奈の岩も、いまいち頭に入らない私だった。





✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩




7/23(日)



 いよいよ、引っ越しが二週間前に迫った。お隣さんへの挨拶。

 表札の前で、私は凍りついてしまった。


 ――鷹橋


「お姉ちゃん?!」

「いや、ちょっと、待って。これは、本当に知らないから! 本当に知らなかったの!」

「……あら? 毎年、コミバで學の本を買いに来てくれる子じゃない!」


 と言ったのは、がっ君のお母さんだった。


 漫画家、Takahasi1号先生と2号先生。1号がお母さん、2号がお父さん。特にナンバリングに意味はないらしい。


 二人で、ネームを作り。お話のカラーによって、どっちが主で描くかを決める。ファンはどっちのタッチか分かるが、初見ではなかなか判別できない。

 そんな、1号先生が、ふふんと笑む。


「あ、あの?」


 私は硬直してしまう。何回もコミバで、鷹橋家は見た。

 でも、プライベートで本人より先に、両親と挨拶をしてしまうのは、自分の許容量を越えている。


「あぁ、そういうこと」

「そういうことか」

「そういうことなのね」


 1号先生、2号先生、そしてママが微笑ましそうに、私を見る。がっ君先生のことを、ことあるごとに食卓の話題で上げていたのだ。そして、このマンションを熱烈に推薦したのも私だ。


(うぅ……星伶奈の視線が痛い)


 未だに行動できない私。努力の方向を間違っていると思う。星伶奈どころか、最近じゃ沙絢に、クリ師匠。さらには茶羅にまで言われる始末だった。


「今日は學、アルバイトで不在なんだ。ごめんね」


 2号先生が、ふんわりと微笑んで頭を下げてくれた。笑い方が、がっ君にそっくりだった。


「いえ、あの! 大丈夫です! がっ君には改めて、ご挨拶しますから」

「そう、肩肘はらないの。僕は、コミバでの君しか知らないけれど、多分、自然な笑顔が良いと思うよ」

「そうだね、そう思うよ」


 にっこり、1号先生まで、そんなことを言う。

 

 ――トン。

 まるで背中を押してもらったような気分になる。


「だから、言ってるじゃん。お姉ちゃんは、変に格好つけるよりも、自然体がいいんだって」

 そう星伶奈は笑む。


「「でもね」」


 星伶奈と――そしてママの声が重なった。

 これは、ちょっとやり過ぎだからね?


 どれだけ、重い女なのよ。もう契約も済んでしまってるから、どうしようもなけれど。もし、上手くいかなかったら、どうするつもりだったの? ちょっと希良々、聞いて――。




 ママと星伶奈が心配してくれるのはよく分かる。

 でも、それより。


 まさかの、お隣になれるのが、嬉しくて。

 まだ、何も踏み出していないのに。


 頬が緩んで。

 どうしようもないくらい、私は幸せに包み込まれていた。





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8/14(月)




 引っ越しの作業も大詰め。

 今や、アパートは段ボールの山でいっぱいになっていた。


 お隣、お隣――。


 もう、ずっと頬が緩みっぱなし。放っておいたら、唇が綻んで、笑顔がこぼれてしまう。


 ホップ、スキップ、ジャンプ。

 そこからのトリプルアクセル。

 思わず、スーパーを通り過ぎてしまっていた。


(いけない、いけない)


 お昼ご飯の買い物を頼まれたのに、買い物をせずに帰宅するところだった。ただでえさえ、戦力外通告認定だというのに、これじゃ、トレードされそうな勢いだ。


 引っ越し作業って、どうしてもマンガや写真を見ちゃうよね。

 スマートフォンの写真データじゃなくて、銀塩写真で。

 空き缶アートを前に、みんなで記念撮影した写真会った。


 なぜか、私とがっ君の二人の写真も。沙絢が気を利かせてくれたんだけど。


 睡眠不足のがっ君は、寝ぼけた顔になっている。クラスで写真を見た時、恥ずかしがっていたけれど、そんながっ君も可愛いと思ってしまう。


 トレードされたら、このまま鷹橋家の子になっちゃおうかな。そう思うと、ますますニマニマ笑顔が止まらない。

 と、その足が止まる。




■■■




「……そっか。夏祭りはダメだったか」

「そうなの」


 髙碕さんの声だった。公園のベンチで、お友達さんと、話し込んでいた。藤の棚が日よけになっているとは言え、この暴力的な暑さの前では、あまり無意味な気がする。


 みぃんみぃん。

 蝉が鳴く。

 ところどころ、求愛行動に邪魔されて聞き取れない。


「夏祭り中、屋台のお手伝いをしていたんだ。そんな鷹橋君も格好良かったけどね」


 思い返すように、髙碕さんは呟いた。


「本当に、純奈は鷹橋君が好きなんだね」


 彼女の言葉が、ズキンと胸に突き刺さる。


「……否定はしないよ」


 髙碕さんは、柔らかく微笑む。

 私は、唇が乾くのを実感した。背中合わせ、ベンチに座りながら。盗み聞きしている私は、最低だった。


「遅くなったけれど、ちゃんと伝えたいって思ったの」

「そうなんだね。偉いよ、純奈は」

「そんなことない。もう後悔したくないだけだから」


 クピクピ。髙碕さんは、水筒に口をつける。


「お盆は田舎に帰省だから。戻ってきたら、ちゃんと伝えようって思うの」

「そっか。私は、純奈の決断を応援するよ」

「ありがとう――」



 私は駆けていた。

 何回、迷っては。やっぱり勇気が出なくて。今の現状の居心地の良さに甘えていたけれど。


 このままだったら、私は本当になにもかも、失ってしまう。

 スーパーで、頼まれたお弁当をなんとか、買って。


 また、走る。

 汗が流れて。


 目が痛い。


 蝉の声が五月蠅くて。

 今、行動したら抜け駆けそたみたいって思う。


 でも、髙碕さんは行動している。

 私は、燻ったまま、まだ何の行動もしていない。


(髙碕さんは、関係ない――)


 私だ。

 私の気持ちだ。

 私の感情なんだ。


 何回、繰り返した?

 もう分かってるじゃん。


 私は、がっ君が好き。

 もう、言い訳しないでよ。

 行動しなかったのは、どうして?


(壊れてしまうのが、怖いから)


 でも、何をしないままで。がっくんと髙碕さんが、マンションの待ち合わせをして。指を絡めて、登校する姿――見たいの?


 うかうかしていたら、夏が終わっちゃう。

 秋になって、蝉が鳴くのを止めるように。

 ずっと、後悔して日々を過ごすの?



 一歩、踏み出したい。

 その一歩が出れば、きっともう一歩が出るから。







■■■







「お帰り、お姉――ちゃん?」

「ココにお弁当、置いておくね」

「あ……うん?」

「どうしたの、星伶奈?」


「いや……なんか、お姉ちゃんが。スッキリした顔になっているというか、戦う顔になった、ていうか。お姉ちゃん?」


「覚悟、決めたのかもね?」

「あ、あのさ……」

「どうしたの、パパ?」

「みんなのお弁当はあるんだけどさ。俺のだけ……お粥なの?」









 みんなの声に耳を傾けながら。

 私は腕まくりをする。


 踏み出すんだ。

 一歩を。


 この一歩を。


 そうしたら、自然と二歩目が出るから。

 私は、踏み出すんだ。

 がっ君の傍へ。

 一歩。もう一歩、踏み出すために。




 外で鳴く蝉の声に耳を傾けながら。

 私しか見えないくらいに。

 夏の想い出が、私でいっぱいになるくらいに――踏み出すから。

 

 



✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩




8/15(火)




 図書館で、がっ君は勉強をしていた。

 生徒会副会長と、それから図書館司書のお姉さんには、事前にリサーチ済みだった。その節は、本当にありがとおうございました。

 スマートフォンを見る。図書館で、捜査するのは厳禁。だから、こっそりと。



 ――がんばって。

 LINKでの沙絢のメッセージ。


 ――お姉ちゃん、ファイト!

 星伶奈からも。


 ――泣き言は後で聞いてやる。

 クリ師匠。


 ――がっちに振られたら、俺っちが彼女になってやる。

 茶羅、誤字だと信じたい。


 スマートフォンをカバンに戻した。

 深呼吸をする。


 目を閉じたら。

 やぱり、がっ君が瞼の裏に焼きついているんだから、君は本当にズルい。


 イヤなの。

 君の隣を、他の人が歩くの。

 絶対に嫌なの。


 この夏も――その先も。

 全部、その隣は私が良い。

 だから。


 もう一回、深呼吸をして。

 一歩、踏み出す。




「お隣、失礼♪」


 言えた。

 言った。


 がっ君が面食らっている。

 そんな、がっ君のことはスルーして、隣に座る。


 何気ない顔をして。


 本当は恥ずかしい。

 今すぐ逃げ出したい。


 でも、それじゃ今までの「弱い私」と何も変わらないから。


 一歩は踏み出した。

 あとは、二歩目を踏み出すだけじゃんか。


(お願い……少し、静まって)


 私の胸の鼓動。

 そう思えば、思うほど、高鳴って。打ち鳴らして。


 がっ君を見る。

 優しい眼差しで、私を見ている。


 拒絶はない。

 拒否もない。


(そうだった――)


 そんな君だから。

 そんな貴方だから。


 大好きなの。


 私、一歩踏み出すよ。

 だから、がっ君。

 全力で、受け止めて。


 私ね、もう迷わないから。

 絶対に、私からがっ君に「好き」って言うから。

 この気持ち。全部、受け止めて――。












「私、引っ越しをすることになって。この夏の想い出、作りたいって思ったの。がっ君、手伝ってもらっても良いかな?」



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