きららダイアリー 毎日きらら☆ ヴァレンタイン特別号&GOGOGO!


2023年

2/2(火)



「ヴァレンタイン?!」


 私は素っ頓狂な声を上げていたように思う。作家へのファンレター。そして、ギフト。形は様々。でも、読者リテラシーで考えると、ナマモノはダメだ。もし食中毒にでもなって、がっ君の活動に支障をきたしたら――。


「あのね、希良々。クラス全員ががっくんちょの推しなワケじゃないからね?」


 呆れられた。沙絢先生の提案はこうだ。クラス全員で、チョコッとクジ大会を行う。全員がチョコを持参して、シャッフル。いわゆる、クリスマスのプレゼント交換のヴァレンタインバージョン。いわゆる、義理チョコパーティーだった。


「ノンノン」


 沙絢が、〝ちっとちっ〟と人差し指を揺らし、否定する。


「義理か本命か。そんなの狭量だよ。このクラスで過ごした想い出は、何よりかけがえがないって思うから。チョコッとサンキューでいいじゃん?(まぁ、希良々とがっくんちょはダイレクト交換確定だけどね)」


「ちょこっとなの?」


 つい沙絢の口調に唇が綻んでしまう。でも、最後に呟いた声は聞き取ることができなかった。


「希良々、手作りいっちゃう?」

「んー。ちょっと自信ない……」


「一緒に作ろうよ。こういうのは、楽しんだもの勝ちだからね」

「ま、そうだよね。私のチョコががっ君に当たるとも限らないしね」

「(当てるんじゃないの。もう当たってるの)」


 沙絢が、何かを呟いたが、クラスの喧噪にかき消されてしまったのだった。




✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩




2/14(月)




 ピッ。

(……楽しみにしていたんだけどなぁ。)

 沙絢と、作ったのはミニ生チョコ。がっ君が甘党なのは、リサーチ済みだった。

 それなのに。



 ――38.8℃。

 見事に感染してしまった。


 コロナウイルスってヤツに。

 流行にのってしまったのだ。


(なんてこった――)


 ぼんやり、とスマートフォンを見やる。

 幸い、言われるような呼吸器症状も、味覚障害もない。ただ、熱が高いだけ。ウイルスだから、感染する恐れがあるから、絶賛隔離状態だった。


 ――早く、よくなりなよ。

 沙絢からだった。


 ――希良々、がっくんちょのチョコ、引き当てたよ?

 思わず、体を起こしてしまう。


 ――がっ君のは誰が?

 誰なんだろう。


 これは【チョコッとthank you企画】


 ありがとうを伝えるだけなのに、がっ君のチョコを他の誰かが受け取ったというだけで、心が穏やかじゃない。モヤモヤしてしまう。


 ――ナイショ😎

 絵文字がチョー腹が立つ。


 と、今度はtwetterからの通知……ダイレクトメッセージだった。

 ――いつも応援してくれる【KIRARA】さんに、ハッピーバレンタイン。



 そこに描かれていたのは、イケメンな男の子がハート型にラッピングされたチョコを、差し出す姿で。私がいつも好きと騒いでいた【がっ君】美化エディションのイラスト。

 本人は、文面からも恥ずかしがっているのを感じる。


(でもね……本物のがっ君は、もっと――誰よりも格好良いんだぞ)


 そう言いたいのに。

 もどかしい。


 熱にうなされながら。

 ありがとう、って。

 文字をフリックした。











 ――大好き。







4/10(月)





 教室に貼り出された紙を見て、私は飛び上がる。


「お? クラス、一緒じゃん」

 沙絢はニッと笑む。でも、視線の先は、自分の名前じゃない。



 ――鷹橋學。



 私も、その名前に釘付けになっていた。

 奇跡だ。


 また、クラスが一緒で。


 沙絢と一緒なのも、もちろん嬉しいよ。

 だから、沙絢と一緒になった喜びに便乗して、がっ君とクラスが一緒になったことを喜んだ。



「鷹橋君がいる!」


 その子が、目をキラキラ輝かせて呟く、その声に私は息を飲んだ。


髙碕たかさきちゃん、やったね」


 友達と思わしき子が、肩をポンと叩く。髙碕純奈たかさきすみな――その名前を、貼り出された名簿からで見つけた。彼女も同じクラスだった。


「ずっと、気になっていたもんね」


 彼女の友達がクスクス笑う。純奈ちゃんは、頬をも 桃色に染めながら、でも真っ直ぐに名前を――それから振り返って。その目は間違いなく、がっ君のことを探していた。


「気になっていたって言うのは、ちょっと違うけど……」

「でも、もしかしたら、そうかもしれないんでしょ?」

「う、うん……」


 コクリと頷く。


「確信はあるんだけれどね」


 その目はやっぱり、ずっとがっ君を追いかけて。


「鷹橋君は、きっと【】なんだと思う。缶アートのイラスト、間違いないと思うんだ」


「本当に髙碕ちゃんは【がっ君先生】のマンガ、好きだよね」


 心臓が止まりそうになる。

 沙絢が私の名前を呼ぶのが、遠くから聞こえた気がして。


 鷹橋と髙碕。

 そして、笹倉。


 唇がヒリヒリ乾く。


 私は、髙碕さんの2席前。

 髙碕さんは、がっ君の隣。

 心臓が早鐘を打つ。


「あ……あの!」

「へ?」


 がっ君の、少し気の抜けた声。

 あれは、まさか自分が声をかけられるなんて、思っていない時の声だ。


「……私、髙碕純奈です。そ、その。鷹橋君、これからよろしくね」


 後ろで、彼女がはにかみながら。勇気を振り絞り、言葉を紡ぐ。


 振り向けない。

 聞きたくない。

 がっ君は――。


「あ、鷹橋です。よろしくね、髙碕さん」

「うんっ」


 彼女はきっと満面の笑顔を浮かべている。

 私は、ただ俯いて。

 がっ君と髙碕さんの会話を聞くことしかできなかった。



✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩✧✩



5/12(金)


 教室に居づらい。

 何かと、がっ君と髙碕さんの会話が聞こえてくるのが、余計にこたえた。


 ――今度、ご飯一緒にいかない?

 ――え?

 ――美味しい、隠れ家レストランを見つけたんだ。イタリアン、専門店なんだよ! ぜひ、鷹橋君に教えたいってずっと思っていたの。


 私は無言で、教室を出た。

 踏み出したのは、髙碕さん。


 何もできなかったのは、私。


 髙碕さんは、本当に女の子って感じがする。

 一方の私は、どうなんだろう。


 ラーメンを好んで。一人で食べて。

 男の子なら、きっとドン引きじゃないだろうか。


 目の前をカップルが歩いていた。


「良いなぁ」


 つい呟きが漏れて。

 聞こえてしまったのか、彼女さんが振り向く。それから、彼氏さんも。


 見覚えのある顔に、目をパチクリさせた。

 中学校から知っている下河さんと、その彼氏さん――上川君だった。


「あ、ごめ……本当にごめん。ごめんなさい、なんでもないの。気にしないで――」


 きゅっと、下河さんが私の手を握って、引き留めた。


「へ?」

「笹倉さんだよね?」


 コクコク頷く。声をかける程度の関係性。他人以上、知り合い未満。そんな私達は――。


「目を閉じてみて?」


 唐突に言われて、困惑してしまう。疑いのない眼差しで、下河さんは私を見る。私は、促されるまま、目を閉じた。

 あ、ダメ。こうやって目を閉じただけで、がっ君が――。


「誰か、見えちゃった?」


 にっこり、下河さんが言う。目を開けようとして、目元を――きっと、下河さんに撫でられた。


「ごめんね、余計なお節介で」

「そ、そんなことは……」

「でもね、ずっと追いかけている、その視線の先を見ちゃったらね?」

「へ……?」


 かぁっと、頬が熱くなる。

 そんなに、私はがっ君を目で追いかけていたんだろうか。


「諦めないで」

「え――」

「見えた人がいるのなら、諦めないで」


 下河さんが、まっすぐ私を見て言う。


「――九回の裏。二対一、ツーアウト、一塁三塁。最終回、一点を追うのは安芸楓メープル。ここでバッター、菊池きくいけ。どうします? メープルファンなら、ここで諦める?」

「そ、それ……」


 口をパクパクさせる。まさに昨日のメープルの試合だった。


 ――ずっと応援しているチームだよ? 弱いからって理由ですぐ鞍替えなんかしないよ!


 そうがっ君に啖呵を切ったのは私だ。

 そんな私は意気地なしで。

 未だ、勇気を出せなくて。

 一歩、踏み出せない。


 ぐっと、拳を握る。


 ――引っ越しを考えているんだ。

 パパの声が、耳鳴りのようにノリに響く。


 うちは転勤族だ。

 いつか、そんな日が来ると思っていた。

 

 それなら――。

 がっ君と髙碕さんはお似合いだ。きっと、それで踏ん切りがつくから。もう、大丈夫。そう思ったら、明日から笑えるから。また、いつものように。当たり前のように。


 うん、大丈夫。

 もう大丈夫。

 私は――。


(あれ?)


 どうして?

 視界が滲む。


 うまく見えない。


 光が乱反射して。

 眩しくて。

 目尻が熱い。


 がっ君の笑顔ばかり見える。


 あれ?

 どうして?


 諦める、って。


 がっ君の幸せを願うって。そう、決めたのに。

 なんで。

 どうして――?


「好き、なんだね」


 下河さんの声が響く。


「鷹橋君のこと、好きなんでしょう? 見ていたら、分かるよ?」


 そう、優しく言葉を紡いで。

 口をパクパクさせて。

 迸る感情が抑えられない。


「あ、あっ――」

「先輩からのアドバイス」


 同じ年だよ、下河さん。何を言って――。


「メープルファンは諦めない」


 ――メープルファンなら諦めない。


「最後まで応援するよね?」


 ――だってメープルファンだから。


「だって、好きなんだもん」


 ――だって、大好きなんだよ。


「どんなに先に点を取られても、諦めない」


 ――当たり前だよ。ずっと見てきたんだよ?


「信じるよね?」


 ――当たり前だよ。だって、大好きなんだもん。





 ぐっと、拳を握る。

 声に出そうとして。

 声にならなくて。





 ――引っ越しを考えているんだ。

 まずはパパに反抗するところから。

 そこから始めてみようって、思った。


 私は高校生だ。

 大人とは、まだ言い切れないけれど。

 もう、子どもじゃない。


 一人暮らしになっても。

 どんな状況になっても。

 どうにかする――どうにかしてみせる。




(だって、がっ君が大好きなんだもん)








■■■





「随分、笹倉さんに肩入れするんだね?」


「感情移入しちゃったのかな? 何もしないで諦めちゃうのは、ちょっと違う気するの。もちろん髙碕さんのことも、応援はしているけれどね。文化祭の缶アート、本当にすごかったから。あれは、鷹橋君と笹倉さんの功績だって思う」


「憶えてるよ。でも、鷹橋も、目で追いかけていないで……って思うけど。まぁ、その気持ちも分かるんだよな」


「見るだけじゃなくて、ちゃんと追いかけてって思うけどね」


「……その節は大変失礼しました」


「大丈夫。呼吸が止まりそうなくらい、現在進行形で冬君に恋しているからね? だって冬君は、私を放っておくつもりはないんでしょう?」


「当たり前」



 指を絡めながら。

 夕陽に照らされ、影が寄り添って。


 呼吸が止まりそうなくらい恋した二人が。

 また再会するのは、少し先の物語――。






 ――Rendez-vous auランデブー Café Hasegawaカフェ ハセガワ

(Cafe Hasegawaで会いしましょう)

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